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5 ねーちゃんと顔そっくりなだけだから

「……」


井戸から戻ってきたルー・ウルフを見て、あたしは驚くしかなかった。


「傷ないんだけど」


そう、先ほどまで生傷だらけだった彼の顔にも手にも、傷が一つも見当たらなかったから驚いたのだ。

一般的にそれってあり得ないし、この辺にそんなに簡単に治療できる魔法使いは住んでいない。

魔法使いの人口は少ないし、それに大部分が貴族の血筋で、国で管理されているといってもいいくらいなのだ。

もぐりの医者だって、こんな朝っぱらから出歩いていないだろうし……どうしてつるぴかの肌なのか。

まじまじと見つめてしまったせいか、ルー・ウルフはいたたまれなさそうな顔をした。


「そんなにじろじろと見られると、何を言えばいいのかわからなくなってしまうんだ」


「じゃあさっきも言ったけど繰り返すよ、なんで傷なくなってるの」


「……」


ルー・ウルフは数秒口を開けて固まった後に、とても小さな声で言った。


「聞いても、いきなり刃物を突き付けたりしないだろうか」


なんだその言い方。まるでその中身を聞いたとたんに、あたしが刃物を向けてくると思っているような言い方だ。

それとも誰もが、彼の話を聞いて刃物を向けてきたのか。

どっちにしろ、あたしはそう言うつもりはない。

だって。


「あたしのことを心配した男を、どうしてあたしが怖がるの?」


少なくともこのルー・ウルフは、あたしが危険な目にあうかもしれない事を嫌がった。

つまりあたしやかーちゃんに、危害を加える考えを持ってないって事だ。

だいたい、あたしを人質にしてかーちゃんにいう事を聞かせたい奴は、一目につかない場所に行かせたがる。森なんて格好の場所だ。

そこに行かせたくない、と言った時点でルー・ウルフの危険性は低いとあたしは判断したのだ。

逆に聞いたあたしの言葉で、彼は瞳を揺らした。炎の色が少し変わる。

かまどの炎がちろりと動く。


「……本当に?」


「ごちゃごちゃ言って、中身を言わないなら、それでいいけど」


「いいのか?」


「だってそれだけ言いたくないんでしょ、そんないじめてるみたいなこと出来るわけないでしょ」


「彼女は知りたがりだった」


「ねーちゃんは人のあら捜しとか弱みを握るのとか好きだったから。あと人の知られたくない所をいじるのも大好きだったし。それにさ、あたしねーちゃんじゃないから、考え方も全然違うっていい加減理解しようよ」


「すまない。どうしても比べてしまう」


「まあこの顔じゃしょうがないとは思うけど。なきぼくろがあるか口元にほくろがあるか以外、自分でもねーちゃんとの顔の違い分からないし」


彼が何度も、あたしやかーちゃんと、ねーちゃんを比較してしまうのはある意味仕方がないのだ。

だってあたしがねーちゃんとそっくり過ぎるから。

ねーちゃんは右側になきぼくろがあって、あたしは左側の口元にほくろがある。それくらいしか造りに差がないから、ちょっとしたことでも比べてしまっても仕方ない。

そっくりっていうのはそう言うことで、常に比べられる物なのだ。


「言いたくなったらいつでも聞くよ、でも言わないままでも追い出すとか、それはないから安心して」


あたしはかまどの火がちょうどよくなったから、切れ目を入れたジャガイモをかまどの中に放り込んだ。あとやかんを置く。


「ご飯が出来るまでに、自分の寝床の整え方くらいは教えておくよ」


「……?」


寝床を整える、と言う意味が分かっていなさそうな王子様に、あたしはにやっと笑った。


「寝心地全然違うから。起きたらやるといいよ」


「あんたは整えないで巣みたいにしてるくせに」


かーちゃんが茶々を入れる。事実だけど、あたしは一応反論する。


「かーちゃんが見てないときに整えてるから」


「それはいつのことやら」


「……二人は仲のいい親子なんだな」


王子様がうらやましそうに言う物だから、かーちゃんが笑った。


「人間の相性によるさね。親子でも毛嫌いしている家もあるし、絶対に関わりあいになりたくない身内も世の中にはうじゃうじゃいる」


「私も、父と母からあまり好かれていなかったから、あなたたちのやり取りが少し、うらやましいかもしれない」


「ああ、こんなの簡単だよ、相手に嫌われるかもしれないのを承知で、じゃんじゃん言いたい事を言いあうだけさ」


「そのうち加減を覚えていくし、嫌われたらそれまで。人との付き合いなんてね、正解はないんだよ」


あたしとかーちゃんは、親子だし、小さい頃からかーちゃんこうだったし、付き合い方を知っているってだけだ。

それがうらやましいなら、近寄ろうと努力すればいい。

かーちゃんは彼のこと嫌ってないから、楽しいお喋りだってできるようになるだろう。

取りあえず、二階の客間の寝台の整え方を教えたら、悔しい事にルー・ウルフの方がきれいに敷布を直せた。


「あたしよりきれいに直すね」


「そうだろうか」


出来上がりを見て、よく分かってない彼がそれでも、うっすら笑った。

その笑い方はとてもきれいな笑い方で、いい笑い方でもあった。

ただし、ルー・ウルフは丸焼きのジャガイモの皮の剥きかたを知らなかった。

あたしは丸ごとかじるんだけど、彼は真剣にジャガイモを見てる。


「丸ごとかじると、顎が外れる気がするんだが」


「ヴィの真似するんじゃないよ、こういう風に半分に割ってかじるんだ」


かーちゃんがぴしゃっと言うのを横目に彼を見ていると、彼は熱いジャガイモを簡単に半分に割って、ふうふう冷まして食べ始めた。


「この家はよく手づかみでものを食べるのだろうか」


「この子の料理のネタが少ないからね。何かましな物を食べようと思ったら、仕事先の誰かに紹介してもらいな。あいつらは安くておいしい物をいくらでも知っているからね」


「あなたは食べに行かないのか」


「食べる金があったら、私は薬の素材を買うね」


「あたしは端切れを買いに行くかな、かーちゃんの服、そろそろ継ぎを当てても着れなくなりそうだから」


「おや、そのための糸を切らしてたんじゃなかったかい」


「あ、そうだった。紡がないとね……」


あたしはかーちゃんに言われて思い出した。麻を紡いだ糸を切らしたから、服に継ぎを当ててなかった事を。

流石に材料を買ってこないとできないか。糸ってだけで高いんだ。原料で買って作った方が安い。そしてあたしは日中は暇な店番でもあるから、時間はあるのだし。


「二人は、魔法使いみたいだ」


ルー・ウルフは不意に言い出す。あたしとかーちゃんの顔を見て、続ける。


「ない所から何でも作る。貴族学校の魔法使いよりもよっぽど……魔法使いみたいだ」


「そりゃあ光栄なことだ。でも、これがあんたがこれから生きる世界だよ、忘れると大変だからね」


「肝に銘じておく」


真面目な声で彼はいい、ジャガイモを食べ終わって、かーちゃんお手製のお茶を飲む。


「……どうして見た目は紅茶でも、味は全然違うのか」


「素材が全く違うからさ。あんたは鼻も悪ければ眼も悪いのかい、五感を研ぎ澄ませな、生き延びるコツだよ」


「……考えた事もなかった」


「五感を磨くと、いち早く危ない事に気付くから、得だよ」


研ぎ澄ませすぎると、世界がうるさいけどね。

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