49 春嵐、かーちゃん元はお嬢様
春の前、食べ物がなくて大変な時期にこの大盤振る舞いは、隣近所どころかあたしたちが暮らす地区の人間をこれでもかというほど集めてしまった。
そして皆やっぱり食べ物を少しは持ち寄ってきていたから、何にも食べられないという人は出なかった。
そして豆と蕎麦の実は、はっきり明言しよう。余った。
ものすごくたくさん使ったのに、アスランが何袋も担いだのに、うちの中にあと大きな樽一つ分くらいの袋の豆と、蕎麦の実があまった。
「これで何か月食べられるんだろう」
「しばらくこれで飢えないね、じゃがいもなくても」
かーちゃんは誰かが回してきた、度数のきついお酒で頬が赤い。
色が白いから、その赤さがよくわかる。
皆で集まって、みんな一斉に帰ったから、うちの外の広場は静かなものだ。
さっきまで、ありったけの人が食べていたなんて感じられない。
アスランは近所のおじいちゃんたちが、荷物持ちにちょうどいいと言い出し、連れ去って行ってしまった。
本人は毛嫌いされるよりずっといい、と言いたそうな酔っぱらった赤い顔で、いろんな子供にじゃれつかれたり、このあたりの人では見かけない髪型を引っ張られたりしつつ、始終笑っていた。
「ここは怖がられない区域でいいなあ。地元じゃ誰もが怖がるんだ」
「あんた苦労してきたんだねえ」
なんてやり取りもしていた。周囲に溶け込むのが早すぎる、って思ったけれども、それだけ彼が周囲に溶け込むという技能に特化した結果なんだろう。
隠れていたり逃げていたりする年数が長かったら、きっとそれは必需品の技能だったに違いない。
余所もの、というのは色々な人から助けてもらえない事が多い。
でも、馴染むのが上手だったら、助けてもらいやすいのだ。
そう言う物だとあたしは知っている。
見てきたように言うけれども、実際にどこかでやらかして追い出された余所者が、このあたりの人のやり方になれないまま、冬を越せないで死んだり逃げ出したりするのは見慣れたものなのだ。
その点で言ったら、ルー・ウルフはおじさんの所という仕事場があってそこで、身元が確定したからもう余所者じゃなくなったし、アスランは自分の話術だけでこのあたりにあっという間になじんでしまった。
アスランのそれは、とてもすごい事なのだ。
「ただいま」
かーちゃんと二人でかまどの近くにいた時、食べている途中で仕事だとかで、おじさんの部下に連れ攫われたルー・ウルフが戻って来る。
「疲れた……」
「ひどい顔しているよ、何したの」
「王族の使用するものの、明細が持ち物と合わないとかいう話を聞かされた上司が、私なら大体の予想もつくからと引っ張って行ったんだ。まさか兄弟の財産の計算の依頼が今日から続くなんて思わないだろう。今日だけ返してもらえたが、明日から泊まり込みで、数字が合うまで計算だ」
「それって大変だよね、うちに戻ったら何が食べたいか考えておいて、用意できる物があったら作ってあげるから」
「じゃああれがいい、酸っぱいキャベツのスープ。お城では出してもらえないんだ。あと茸の酢漬けのおいしいの」
「ルー・ウルフはすっかりこのあたりの食べ物に舌が慣れたようだね。いい事だ」
かーちゃんがほろ酔いの顔で、くすくすと笑う。
「王族の、財産管理を洗い直すってのは、恐ろしいほど大変なんだ。なにせ奴らは値段を考えないで買い物をすると決まっているからね。担当の経理だのなんだのは常に必死なのさ。あんたを選んだあいつは正解さ。あんたはモノの値段が恐ろしくよくわかるように育っている」
「……そうだろうか?」
「ゼロが七つの計算を瞬時にそらんじられるってのは、貴重な能力なのさ。ああいった職にはね。苦手な奴はいつまでも苦手なもの」
「かーちゃんはなんか実感ありそう」
「私もお嬢様だった頃は、そう言うお小遣い管理の使用人がついていた物だよ。まあ、うんと昔だけれどね……」
かーちゃんお嬢様だったの本当だったんだ。って、かーちゃんが昔の話なんて珍しい、酔っぱらっちゃったからかな。
そんな事を思っているうちに、かーちゃんは机に突っ伏して眠ってしまった。
しょうがない。
「ルー・ウルフ、疲れている所を申し訳ないんだけれど、かまどの上まで運ぶの手伝ってくれるかな」
「わかった。にしても、すごく強い匂いの酒だな、……わっ!」
彼が近寄った途端、かーちゃんの飲み残した陶器のコップの中のお酒に火が付いた。
「え、何が起きて?」
「度数が強すぎるんだ。ものすごく強いお酒は、火が付くものなんだ」
「いや、それはわかってるんだけど、今火の傍でもないよね!?」
「私が酒の匂いでびっくりした時に、火花を散らしたんだろう」
「……それって火の鳥体質と関係ある?」
「たぶん。はっきり調べたわけではないのだが、私が何か感情的になると、周囲に火花が散るんだ。あとかまどとかの火の勢いが変わる」
「目玉が赤いのは伊達じゃないんだね……」
「そうだな、目玉が赤い人間は、だいたい火の術に優れているから、目の色通りというわけではある」
彼はちょっと不便だけれど、と付け足してから、ちゃんとかーちゃんをかまどに運ぶのを手伝ってくれた。
お酒の量もちょっぴりだから、あっという間に火は消えたし。
「そうだ、道中でアスランが、あちこちの人を家に運んでいたぞ。体力自慢は本当らしいな、周りの奥様方が感謝していた。本人も、うれしくされて悪い気はしないようだった」
「人に喜ばれる事がうれしいのは、いい事だよ」
「彼を旦那様にできそうか?」
「そこは保留」
保留、と言ったあたしの顔がよっぽど変な顔だったみたいで、ルー・ウルフが噴出した。
「そんな顔で悩まなくても」
「人生の一大事だからね?」
「王族は結婚しても愛人をたくさん持つから、結婚相手にさほど縛られないからな」
「うっわ、王族ってただれてる」
あたしが顔をしかめたら、彼がちょっと切なそうに笑った。
「母は、王の隠れた愛人だったそうだから、あんまりそれを嫌がらないでほしい。私の生まれた理由も嫌がられるのは、寂しい」
「……ごめん」
ルー・ウルフが嫌なら、その話題はもうしない。そう決めた。