47 春嵐、紅蓮の鳥は納得した。
朝目を覚ましたら、ごとごとといろんな物の音が聞こえて来ていた。
そして火の匂いがする。誰が火を起こしたんだろう。隣のかーちゃんは眠っている。
かーちゃんは割と朝に弱いのだ。どうしてかって言われたら、薬の調合とかは夜にやった方がいい物が多いから。
材料によっては、日の光のものでつぶすと途端に変質して、使い物にならないっていうことも多いのだ。
日の光の下で作るくすりよりも、周りが寝静まって静かな夜の方が、薬の声を聴きやすいってかーちゃんは言う。
薬の声って何だろうって思うかもしれないが、つまり鍋の煮たつ音とかだ。
それがどういう風に鳴っているかで、薬が今どんな状態か、知ることができる。
「誰が火を起こしたの」
あたしは起き上がって、かまどの上から身を乗り出し、そこでごそごそしている男の人二人に目を丸くした。
なんとあの男の人が、ルー・ウルフに火の起こし方とかを教えていたのだ。
「こうだろうか?」
ルー・ウルフが、最近やっとましになってきた手つきで、火打ち金と火打石をこすり合わせる。火花が飛んで、もう一回、火口に火が付いた。
かなり手際が良くなったんだな、とあたしは感心した。前まで火花を飛ばすことだってできなかったんだから。
男の人は、そう言った事情は知らないはずだ。ただ感心した声で言う。
「なかなか様になってんな。でもあんたなら、ちょっと念じるだけで火を起こせるもんじゃないのか、紅蓮鳥」
一体全体どんな理由で、使える力を使わないのだ、と彼は言いたそうな声だったのだが、ルー・ウルフはとても真剣な声で答えた。
「加減が分からなくて、この家を丸焼きにしてしまったら、私はどんな償いをすればいいんだ」
加減が分からなかったら、この家丸焼きになるの? それってどれだけの力なの?
でも、あの燃え上がる鷹の力を見た後だからか、その真剣な声に納得した。
あれを制御できないで使ってしまったら、きっとそうなってしまうだろう。
あの力は、すごく強い。
「なるほどなあ、紅蓮鳥は親がいなかったんだっけか?」
「物心ついた頃に一緒にいたのは、異母兄なんだ。異母兄が教えてくれた事として、あなたの言い方で言うところの紅蓮鳥は、二度と会えない母なんだ」
「なるほどなあ。紅蓮鳥ってのはわりあい家族を大事にするし、番を大事にする鳥だから、滅多な事じゃ子供の元を離れられないわけだが、その紅蓮鳥はやっちまったんだろうなあ」
「やってしまったとは?」
「紅蓮鳥の魔法の掟というか、抗えない血の力があるんだよ。こんなことを、よそ者の春嵐の獅子に聞かされても、あんまり気持ちのいい物じゃないだろう。だから言えないけどな」
「私はそれを聞いていた方がいいのだろうか」
「あんたは何度も毒を飲んでいるわけだ、まあ紅蓮鳥の血の力で、毒は大体消滅してるから、毒を飲んだ計算にならないけどな。……やっぱり紅蓮鳥を倒すには物理ってわけか」
「あなたは私の羽でも引きちぎりたいのか?」
考えもしなかった、私の羽根にそんな価値なんてあるのか? って言いたそうな声だ。
ルー・ウルフは、悪ふざけとかなしに、そう聞いているのだ。
「そんな事したら即座に、おれとあんたで、この街が丸焼けになる争いが始まるだろうよ。紅蓮鳥は羽をむしられるのが生理的に大嫌いなんだ。羽が抜け落ちる時じゃねえと、火の羽根は手に入らない」
「火の羽根? それは実在するのか? お伽噺の中のものだろう。どんな暗闇でも明るく照らす、とても美しい羽根。一本でも国の宝になるという」
あたしもその話は知っている。北の国ではすごく有名なお伽噺の中に出て来る、主人公のけちのつきはじめのものだ。
それをうっかり拾ってしまったから、主人公はたくさんの厄介ごとをこなさなくてはいけなくなった。
美しい、周りのものが明るくまばゆく照らされる、きらきらした光を放つ尾羽だ。
「紅蓮鳥の尾羽がそれにあたるんだよ。紅蓮鳥ってのはそう言う価値の高い生き物でもあったんだ」
「私の父はまるきり人間なのだが」
そりゃそうだ。だって王子様なんだから。お母さんが紅蓮鳥だったっていうなら、お父さんの方に王族の血筋がなきゃおかしいし、王子様、と言われているんだから、前の王様の子供じゃなかったら矛盾する。
「ようはあんたが混血なだけだろう。血の匂いとかから察するに、あんたは四分の一紅蓮鳥だ。紅蓮鳥としての姿を制御しきれないのも、持って生まれた焔の力を使いこなせないのも、そのせいだろうな」
「あなたも人間だというのに、血の匂いからそこまで判断するのか?」
血の匂い、って言い方にぎょっとしていたら、同じようにルー・ウルフもぎょっとしていたんだろう。声に驚きが混ざっている。
「おれの春嵐の獅子は、腐っても獅子だからな。血の匂いをかぎ分けるのなんて得意だ。まあ、狼には負けるけどな。顎の力では互角だろうよ」
にしても……
昨日あんなにピリピリした空気の二人だったのに、普通に会話している。
ルー・ウルフにどんな心境の変化があったんだろう。
そんな事を思いながら覗きこんでいた時だ。
あたしが起きたのに気付いたんだろう。
「ああ、おはよう、ヴィ。うるさかっただろうか」
元王子様が声をかけてきたから、あたしは普通に返事をした。
「別に、全然うるさくなかった。ルー・ウルフも火を起こせるようになったんだ」
「いま教えてもらっていたんだ。前にヴィに教えてもらった時も、難しいと思っていたが、やはり慣れないうちは簡単にはいかない」
「でも昨日はあんなに警戒してたのに」
「嫁さん、当事者がいるのにそれ言えるって大した神経だな」
「だって事実でしょう」
あたしと彼のやり取りを聞いて、元王子様が笑った。
あたしたちが黙ると、笑った声を落ち着かせて、彼が言う。
「私も気付いてしまったんだ」
「何に」
「春嵐の獅子が、ヴィを妻にするのに私が邪魔だと思ったら、昨晩のうちに、誰にも犯行を気付かせないで殺せると。私が息をしているという事実から考えて、春嵐はこの家の住人に危害を加える事はないのだろうと」
「おれからすれば、昨日からちゃんと喋ってんだけどな、と思う中身だがな。まあ実体験で納得した方が分かるんだろうよ」
春嵐が言う。それにしても、名前が分からないのは呼びにくい。何か名前はないだろうか。
あたしはしばし考えた後、あだ名でもつければいいか、と思い至った。
「ねえ、春嵐。あなたの名前がないのは呼びにくくってしょうがない。アスランとでも呼んでいい」
「また直截な名前だな」
「そうなの? ここまで来る商人に、多い名前だったんだけど」
異国の、乾いた砂の匂いがする商人の大半の名前として、アスラン何とか、っていう物があるから、ありきたりだと思ったんだけど、直球ってどういうことだろう。
「アスランは、異国の言葉で獅子を意味するんだ」
流石王子様だった過去があるわけだ、外国の名前にも詳しかった。
「あー、それを聞いたら、なるほど単純な名前だって思うわね」
「だがどこの出身か聞かれた時、名前がアスランだったら、それだけで大体察する分かりやすい便利さもあるんだぞ」