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45 春嵐、毒が利かぬもよし悪し

「待ちな、ヴィ、どこをどう見てそうなったんだい」


「だって、ねーちゃんのこと、可哀想ってだけで、自分なげうって助けちゃうお人よしが、怖い人にはならないよ」


あたしの言葉に、かーちゃんが、ルー・ウルフが、口を開けて動かなくなる。


「そう言う考え方もあるか」


かーちゃんが頭を抱えて、情操教育とか、基礎教育とか、ぶつぶつ言いだしてしまった。

ルー・ウルフは自分の口を元に戻して、じっと考えていたあと、そうだ、と言った。


「それこそ、陛下の褒美を使う時ではないだろうか」


「オウサマの?」


「ああ。ヴィが薬草園に行くよりも、やっぱりたくさんの金貨が欲しいと言えば、陛下は支払うのではないだろうか。薬草園に新しい人間を一人入れるよりも、金貨を支払った方が手続きが簡単だ」


「手続きが簡単って、薬草園で働いた方が、後々面倒事になりそうなの?」


「王立の薬草園に入れるってのは、一種の階級だからな、それもとびっきりいい階級。いきなり現れた、嫁さんみたいな可憐な女の子は、前からいた奴らにとって面白くないだろう。怖いのは毒よりも、毒を使う人間の心ってものだからな」


彼が脇から言い出す。そんな見方もあるのか……と考えてしまったあたしは、やっぱり世間知らずの側面がありそうだ。

でも、それを学ぶために、薬草園でひどい目に会いに行くってのは、よくない。

誰も好き好んでそんな目に遭いたいわけがない。あたしだってただの人間なのだ。被虐趣味があるわけではない。

痛いのも辛いのも大嫌いだ。


「それに、もう一つ」


彼が指を立てて言い始める中身に、さすがのかーちゃんもぎょっとする。


「王の城で、毒物が出た時に真っ先に疑われるのは、薬草園の関係者なんだよ。それも貧乏な奴が先にやり玉にあがる」


「何でそう言い切れるんだい。外からやって来る毒も多いじゃないか」


かーちゃんが反論する。


「私だって毎年、毒の目録が増えていくんだ。薬草園の関係者ばかりが疑われるのは、おかしいだろう」


「だが、どこの国の薬草園でも、常に新たな毒や薬の研究のために、色々な調合がされているって有名な話だろう」


お茶を一口、喉を湿らせて、彼が続ける。


「もしも、すでにある毒と異なった症状の毒で誰か死んだら、まず疑われるのは薬草園の人間だろう? あいつが材料をこっそり持ち出したんじゃないか、とかな」


それを聞いて、ルー・ウルフの顔付きが変わった。


「……それは、知っている。実際に罰せられた人を知っている。まさかそう言う事だったのか?」


「おう、あんたは知っているのか。どこの薬草園でもよく言う話だと思ったんだがなあ、ここではそんなに広まらない話なのか? まあこれだけ冬のきつい国だ、持っている薬草で精いっぱい、新たな物のために使える材料も限られてるって事なのか、どうだか」


ルー・ウルフの顔に、痛々しい色がよぎった。誰かを、罰せられた人を思っているんだろう。

すごくつらそうな顔をしたのは、その誰かが、友人だったのか。


「従者が食事に毒を混ぜて殺そうとした時、やはり毒の出所として、薬草園の人間が疑われた。そこで、私の事を王子だと知らず、丁稚よろしく鍬を持たせていたお爺さんが、毒を渡したという話で、……死んだ」


「……あんたは、よく死ななかったね」


かーちゃんの言葉に、ルー・ウルフが瞳の中の炎を陰らせて言う。

その感情に左右されたみたいに、かまどの炎が、揺れた。かすかに、周囲になにか、焦げる匂いが広がるのは気のせいなのだろうか。

ルー・ウルフは不死鳥だから、周りを燃やすんだろうか。あたしたちを燃やすとは思えないから、怖くないけど。

魔法を持っている相手は、危険でない人の場合は、とても不思議だ。

仕組みはまったく分からないけど、男の人が両目を細めて、指を鳴らす。

じゅうん、という何かの重圧がかかって、ルー・ウルフの周辺の焦げる匂いとか気配が、押し込まれたのが分かった。魔力の事に関しては、全く知識がないようなあたしでも。


「紅蓮鳥らしい後悔の仕方だ。紅蓮鳥は苦しい時、焔をまとう」


男の人が指先をこすり合わせて、そんな事を言った後、ルー・ウルフをまじまじと見て言いだす。


「だが紅蓮鳥相手に、よくまあそんな真似をしたもんだ。毒はどうせ体の中で燃やし尽くされて、無効化されるのがおちだろう」


「ああ。私は死ななかったんだ。食べても死ななかったし、飲んでも死ななかった。……私のおこぼれを欲しがった召使たちが、軒並み死んだが」


「……」


意味が分からない。おこぼれってなんだろう。おこぼれを欲しがって召使が死ぬって何。

理解の外側の世界だと、あたしの顔に出ていたんだろう。

ルー・ウルフが説明する。


「王族の日常的な食事は、基本的に大量に残飯が出る事になっている。五人分ほど同じメニューが出されて、食べたい所だけを食べる作法があるんだ。だからどうしたって残飯が出る。……王族の残飯は、使用人にとってとても人気のあるおさがりなんだ」


かーちゃんが鼻を鳴らした。


「なるほどね、あんたが食べているから大丈夫だと思って、毒の入った残飯をもらった召使が一家全滅とかそんなものか」


否定してほしいと思ったのに、ルー・ウルフは否定しなかった。


「立て続けに五度ほど同じ事が起きた結果、陛下は私の食事のみ作法を変え、私の分は常に一人分のみ、という事になった。この作法を覆す事はかなり大変だったらしい。王族の食事のおさがりは、召使たちにとってこの上ないご馳走だったし、残り物を売る店にとっていい収入源だったのだから。だが死人が出過ぎた」


「よくまあ、その程度の死人ですんだもんだね」


「私の食事だけだったからさ。そして私の食事のおこぼれは大体全部、私の使用人たちで食べきってしまうものだった。一時期は疫病神とも言われてしまったけれども」


「あんたがなかなか悲惨な人生だったのは伝わってきたな、今ならあんたも、おれが嫁さんを薬草園に出すのを嫌がる理由が、よく分かるだろう?」


「まあ、わかる。ヴィは絶対にそんな真似をしないが、ヴィを気に入らないと思って、裏で取引して、ヴィを追い落とし、殺そうとする人間はある程度出て来てしまうな……」


「なら答えは簡単になるね」


あたしはとりあえず、明日来るであろう兵士たちに言う返答が決まった。


「ねーちゃんの借金があってそれの返済のために大金が欲しい。薬草園で働くよりも緊急でお金が欲しいから、やっぱりそっちがいい、これでよし。代金があれば、あなたはあたしを嫁にするの諦めるんでしょう?」


「支払ってもらったから、あんたをあきらめるってのはちょいと方向が違うな。おれはもう元の町には戻れないから、ここでまた少しは暮らすしな。あんたはとびきりの素敵な女の子で、そっちの紅蓮鳥が大事に大事にしている娘でも、春嵐の獅子が求婚してはいけないというものじゃない」


あ、この人代金支払っても、あたしのこと嫁にするのはあきらめない予定なんだ……


「話が違わないか?」


「ばかやろう。品物には代金が必要で、代金を支払い終わったらそこから、おれと嫁さんの立場は対等だ。対等になってからどうどうかき口説くののどこがいけない」


「じゃあ、ぜったいに、ぜっったいに、ヴィが嫌な事をするな。そう約束してくれなければ、私は貴方を焼き殺す未来をもたらしてしまう」


ルー・ウルフが念を押す。彼は噴き出した。


「おどろいた、自分の恋人だとかいうんじゃないのか。さすが紅蓮鳥、愛情の深さは人間と方角が違う」


「ああ、そう言えば、貴方は諦めたのか」


「まあ、恋人がいる女の子に、無理やり嫁になれって強いるのは、おれの信念に反するからな。そう言われれば、代金だけもらって、近くに家借りて、ちょくちょく顔出して構うだけにしたぜ。あんた馬鹿だな」


「それは……失敗した」


流石にこのやりとりに、かーちゃんが笑いだす。


「ああ、奇跡使いがましな人間性を持っていてよかったよ。春嵐の獅子はかなり危険なんだって聞いていたから、これだけ話が通じる相手が春嵐の獅子を宿しているのはありがたい」


「仕方がないだろう。こいつを長年蓄えていたのは、一夫多妻の国だ。こいつに蓄えられた知識や観念が、それに添うのは当たり前の事だ」


「……ねえ、聞いてもいい?」


あたしはついに、色々な物が分からなくなりすぎたから、問いかけた。


「その、春嵐の獅子って何者なの? 紅蓮鳥とかもわからない。誰かあたしにちゃんと教えてよ」

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