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42 春嵐、怖くないのはどうしてだ。

これってどう対応すればいいんだろう。

そんなものうちには、関係ないって踏み倒すべきなんだろうか。

あたしはもう一回、男の人を見てみる。

この人は、長い旅をしてきたのがよくわかる姿だ。

一体どこに隠れ住んでいたのかはわからない。

ほかの国だろうか、それとも、この北の国の奥地、辺境と呼ばれるような土地だろうか。

どう考えても売り物じゃなかったんだろうな、と思う縫い目の出来が悪い毛皮の外套とか、擦り切れかけている、でも丁寧に手入れされているんだろうな、と思わせるなめし皮の道具袋とか、とにかく、あたしの分からない色々な物が、この人があたしを探してきた道のりを示している。


「まいった」


あたしが彼を見て、これからどういう風に言えば、お引き取り願えるか考えていた時だ。

かーちゃんが困ったようにため息を吐いた。


「うちには、関係ないよ、と言いたいんだが。奇跡使いに非礼を働いて、この先平穏無事な生を送れるとはとても思えない」


「奇跡使いってそんなに物騒な職業なの? 確かに、魔法を封じちゃえるのはすごいとは思うんだけど」


あたしも、魔法と言う魔法を分解してしまう体質、と言うとても珍しい体質だ。

自分を脅威に思ったりはしないからか、この奇跡使いを、怒らせたらとても危険な相手とは思えない。

はっきりいって、自動的に分解しちゃうあたしの方が、ずっとおっかない生き物だと思うのは、あたしの気のせいなんだろうか。

改めて自分の体質を、魔法使いたちから見て考えると、自分の危険の度合いがずば抜けて高いと気付かされる。

奇跡使いのこの人だって、何らかの手順を行って、魔法の大本を封じ込めるのだ。

あたしはその手順さえなしに、一定の範囲であれば、魔法を分解してなかった事にしてしまう。

そこまで思って、あたしははっと我に返った。

あたし、薬草園に行けないじゃないか。

……こっちはちょっと脇に置いておこう。

今はこの人の対応をするべきだ。

あたしはそうやって物事の順番を決めて、そして。

あたしが今言った事で、びっくり仰天しているかーちゃんと、男の人を見て、何かえらくとんでもない発言をしたらしい、と察した。


「驚いた、まさかあの姉の妹が、そんなにも俺たちの事にうといとは」


「……私の教育不足だね、教えた事が一度もない」


「だが俺らのような人種は、教えなくともその空気で、危険だと気付くんじゃないのか?」


かーちゃんが自分の失敗、と言いたげな声で言った後、男の人が首を傾げた。

眼の中が、きらきらしている。

ルー・ウルフの眼と言い、この人の瞳と言い、なんであたしの周囲に現れる、問題を持ち込む若い男の瞳は、毎度毎度きらっきらなんだろう。

きらっきらは嫌いじゃない。女の子で、きらきらしたものを嫌うって、あんまりいないと思うんだ。

それはさておき、あたしはもう一回、かーちゃんに聞く。


「あたしの発言、なんだかとても問題があるの?」


「ありまくりだよ」


「普通は言わないな。さっきも言った通り、俺は奇跡使いってことを隠して生活しなきゃいけない位だからな」


「なんで?」


「なんでって。これは見せた方が早いかもしれないな。嫁さん、少し目を閉じてくれないか」


「痛い事するの?」


「なんで可愛い嫁にそんな事をしなくてはならないんだ? 神経を疑う」


「さっき否定しそびれたけど、あたし嫁じゃないから」


「そっけないな」


軽く唇を緩めたその人が、いう。


「痛い事は、何にもしない、ただ、それが始まる前を見てほしくないだけで」


見せた方が早いのに、見てほしくないってなんか矛盾してると思う。

でも、奇跡使いが危ない理由を、教えてくれるならありがたい。

かーちゃんもいるし、もしもこの人があたしにひどい事したら、かーちゃんが即座に毒液なりなんなりを頭から被せるだろう。

いくら奇跡使いって言ったって、猛毒とか、爪の先位でも体の中に入ったら、全身が焼けるように痛んでのたうちまわる粉とかを、一瞬で無効化したりは出来ないだろう。

そうやって考えて、あたしは見た目ばかりは素直に目を閉じた。


不意に、春の柔らかい草のいい匂いが、強い風と一緒に顔にぶつかった。


その風の柔らかさとか、嗅ぐと嬉しくなる匂いとかで、眼を開けてしまうと、そこにはあたしの見た事のない、不思議な獣が、その人と重なって見えた。

その獣は、猫科で、顔の周りに一杯の長い体毛が生えていて、体はしなやかで、前足とかは、叩きつけられたら一瞬で死んじゃいそうな位強そうで、でも、熊より怖くない獣だった。

その獣は、顔の周りの長い体毛の中に、柔らかい草色の蔦が生えていて、それからちっちゃくて可愛らしい花が咲いていた。

なんなんだろう、この生き物。

言葉が出てこないあたしとは違って、かーちゃんが驚いたようにその生き物の名前を言った。


「驚いた。あんたに力を貸しているのは、春嵐の獅子なのかい」


「春嵐の獅子……?」


なんだかよくわからない単語だ。獅子ってなに。春嵐って、春の嵐ってのはわかるけど、だめだ、かーちゃんがそこまで驚く理由がつかめない。

それもこれも、基礎知識が足りないからなのだろうか。


「これの名前は置いておいて、あんた、まさか……これが怖くないってのか」


男の人は、あたしが全然怖がらないから、見せたくせに、あたしよりもかーちゃんよりも、驚いている様子だ。

この人の予想の中のあたしは、彼と重なって見える、獅子っていう物を怖がるはずだったんだろうか。

確かに、獣はどんな獣だって、人間よりも鋭い牙があって、容赦ない爪があって、力とかもすごく強くて、場合によっては毒を持っている。

だから、どんな獣だって怖いと思えば怖いもののはず。

それでも、あたしはその花を咲かせる草を生やした獅子と言うものが、全然怖くなかった。


これはあたしの味方だ。


どうしてだろう、そんな確信めいたものが、胸にやってくるほどだ。


「人生いろいろあるものだが、まさか魔力を持つ物は誰でも恐ろしさに震える、春嵐の獅子が怖くない女の子がいるとは。だめだな、そんな嫁、二度も出会えるわけがない」


彼が言った時だ。


「ヴィ、下がれ!」


扉を開け放って飛び込んできたルー・ウルフが、腰から剣を抜き放って、あたしを背中に庇った状態で、男の人を睨み付けた。

普段お人よしが全開で、腰に剣をぶら下げていても、脅しにもならないような人畜無害な王子様が、自分から剣を抜くなんて。

この男の人は、やっぱりそんなに危険なのか。

あたしの危険の感性がおかしいんだろうか。

ちょっとばかり考えてしまった時、あたしは、ルー・ウルフの顔が、恐怖で真っ青だという事実に、目を見張った。


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