41 春嵐、ねーちゃんやっぱり間違えてる。
「これまたずいぶん、派手な男だね。……いいや、あんたのその目は、なるほど」
かーちゃんが入ってきた男の人をじっと見据えてから、何か理解したらしい。
息を一つ吐き出して、椅子をしめす。
「あんまりいい物は出せないけど、腹を立てたりしないでくれよ、奇跡使い」
奇跡使い? それってどういう物なんだろう。あたしもつい、かーちゃんの言っている意味を知ろうとして、彼をじっと見た。
彼はあたしの視線にすぐに気付いて、顔を合わせて来る。
目が合う。
きらきらした、晴れた空のおひさまみたいな瞳だ。
この、冬の長い、おてんとうさまに恋焦がれる国の人間で、この目を嫌う人っていないと思う。
あたしは好きな目だ。
「この家は立派じゃないか、少なくとも隙間風に苦しむ事はないだろ」
俺の家は何度直しても隙間風で辛いぞ、とけらけら笑う男の人。
あたしはいつも通り、来た人に出すお茶を入れて、男の人の向かいに座った。
話を聞かないといけないのだ。
ねーちゃんらしき人間が、あたしをこの人の嫁にやるって言ったなんてどういうことなのか。
きっちり聞かせてもらわなくては。
というか、ねーちゃんだったとして、ねーちゃんなんでそんな事言ったの。
何かの代金に妹支払うなよ……
「この家のお茶は美味しいな、自分で作るやつよりずっといい」
男の人は、うちで作っている薬草茶を気に入ってくれたらしい。嬉しそうにすすっている。
あたしはそんな人を見た後、聞いた。
「あなたは誰から、何と言われて、あたしを嫁にもらった事になったの?」
「ああ、一番初めから話さないといけないか。だしぬけに言われたらそうかもな」
彼はそう言った後に、ゆっくりと話し始めた。
「俺はそこの女性が言う通り、奇跡使いと言うものだ。魔法と対極にある者で、魔法使いからは嫌われている。まあ、魔法を根っこから押さえ込めるのだから仕方がない。
国でも嫌われ者でな、あまり正体を吹聴しないで、暮らしている職業だ。
魔法でどうにもならない事が起きた時には、重宝されるわけだが、それは脇に置いておこう。
とにかく、この話のかなめは、俺が魔法の根っこを押さえ込む術を知っている、と言うところだ。
ある日、えらく可愛らしい、桃色の髪の女の子が来てな、自分の魔法の力を、大本から封印してほしいと」
魔力測定で、貴族の養女になるくらいに、秀でてたねーちゃんがそんな事を言ったの?
あたしは目が丸く開かれた。
隣のかーちゃんも、少し雰囲気が変わっていた。
笑いかけてた顔が真剣な物になっている。
「聞けば、自分は常に魔力を放出し、周りの異性を惑わしてしまう体質なのだ、と」
ねーちゃんは、かーちゃんが秘密にしてたことを知っていたの? かーちゃんがひた隠しにしていた物を?
どうして、どこで知ったんだろう。
あたしは息を飲んで彼の言葉の続きを聞いていた。
「誰彼構わず、男に言い寄られ、下手を打てば襲われる体質で、生きていくのがつらいのだと。大本である魔力を断ち切らないと、体質が治らないという。さすがにそんな人生は可哀想すぎるから、それをやったわけだが、彼女は支払う金を持っていなかった。……いや、持っていたけれども足りなかった」
「なんで!? ねーちゃん大量に貢がれてたのに」
貢がれてたし、ルー・ウルフの持参金とかも持って逃げだしたのに、何で足りなくなるわけ!? 何処で無駄遣いしたの!?
「貢がれてたのか、どうりでまだあれだけ金になるものを持てたのか。……あんたは旅をした事がないからわからないかもしれないが、若い女の子が、一人で、安全な宿に泊まるとしたら、莫大な金がかかるものなんだ。部屋を暖める薪の代金、安全な食事の代金、衛生的な寝具で泊まるためにはそれなりの金額の宿になるし、とにかく、まあ、金がかかる。まして女の子の言っていた通りの体質で、男が誰でも、二十四時間いつでも、襲ってくる可能性があったら、宿の代金は高かっただろうな」
あたしは息をのんだ。ねーちゃんの苦しさが、彼の言葉に詰まっている気がした。
……どれだけ怖い思いをしてきたんだろう。
自分にはどうにもできない、体質っていう物のせいで、常に女性として身の危険が付きまとうって、どんな生活なんだろう。
男の人は誰も油断できなくて、ちょっと間違えたら襲われる。
ねーちゃん、ねーちゃんってそんな人生を今まで送ってきてたの?
「いったいいつ、あの子はそんな怖い思いを」
かーちゃんが絞り出すような声で言った。
男の人は、なんとも言えない瞳をした。
「とても小さい頃と、それから、貴族に引き取られてから、そんな思いをし続けてきたと言っていたな。とても小さい頃はそれでも、父さんが守ってくれたからまだよかった、貴族に引き取られる前は、妹といれば安全だったから、心の支えだったとか」
なのにねーちゃん、あんな事言えたんだ……あたしはねーちゃんの人間性にちょっと突っ込みたくなる。
そんな事考えてたのに、迷惑かける事できたんだ……ねーちゃん。
もしかして、いろんな怖い思いをしたせいで、どっか頭のネジ壊れちゃってた? あり得そう。
黙ってしまったあたしたちを置いて、彼が続ける。
「支払いに足りない分をどうするか、と言う話になった時、その女の子が言ったんだ。
「私みたいなかわいい女の子がお嫁さんになるってどう?」っていうから、
「あんたはお断りだ、あんたみたいなかわいい顔で、もっと逞しい女の子がいい」ってな。
そうしたら、
「だったら妹をお嫁にあげるわ、私そっくりな顔で、野山を駆け回るくらいに逞しいわよ」ってな。そんな嫁、重たい鉄の靴を履いてでも見つけたいだろ? だから代金の残りがそれになった」
「証拠は?」
「実際に、こっちで、あの女の子に夢中になってた男たちは正気に戻っていないか?」
「!?」
あたしは目を大きく開いた。この人は本当にねーちゃんと会っている。
そんな気がしたのだ。
「どういうことだろうね?」
「原因が断ち切られれば、その力で魅了されていた男たちは正気に返る。簡単な話だろう。ついでに言えば、その女の子が無事に就職するのを見届けてから、俺はこっちに、言われた通りの嫁がいるか確認しに来たわけだ」
「ってことは、もう、ねーちゃんはその体質じゃないってこと?」
「だろうなあ、仕事先で男と大喧嘩してたくらいだ。気の強い女だな、あれは」
「……」
ねーちゃんは自分の魅了体質を知っていた。歩く惚れ薬体質を知っていた。
だから、それを何とかするために、お金が必要だった。
お金をかき集めて、その体質を封印する人の所まで行かなくちゃいけなかった。
……だから、ねーちゃんは、貴族学校に行くしかなかったのかな。
あんな言動で、いたのかな。
男の人から貢がれるほど、早く封印できるから、ありったけの事をしたんだろうか。
そりゃあ、ねーちゃんのやってきた事は褒められた事じゃない。
でも、同じ女として、常に襲われる恐怖が、どれだけ怖いのか、あたしは想像がつく。
ねーちゃんを、恨むに恨めない。
もしも自分がそうだったら、同じ道をたどっただろうから。
「で、実際に来たところ、本当にそんな嫁がいたわけだ」
男の人が、おしまいまで話をする。
あたしは頭を抱えた。
理由はわかった、同情もできる。理解もできる。
でもだなねーちゃん。
「妹支払いに使うなよ……」
そこはだめだと思うんだ、いろんな意味で。