40 春嵐、あたしはあんたの嫁じゃない!
二部の方向性決まりました! 決定的に話が違います、驚かないでください!!
あたしは数日かけて考えた。それが何かって言ったら答えは簡単で、薬草園で働くかどうかだ。
陛下は褒美だって言ったから、嫌だって言ったらそれだけで大変な事にはなる。
でも、考えると言ったのだから、それ位の時間は欲しかった。
そして数日後、あたしは陛下が命じたということで、答えを聞きに来た人に、きちんと答えた。
そろそろ春の匂いがかすかに、風に乗って届き始めている。
木の根っこのスープが完成してから、結果が出るまでも結構な日数を要したから、だろう。
まだ寒くて仕方がないけれど、たまに、春を呼び込む強風が吹くようになってきた。
今日も、そんな風があちこちの、いろんなものを飛ばしている。
例えば、近所の洗濯物とか。
置き忘れられた桶とか。
「魔女の娘、薬草園で働くかどうか、決まっているか」
きた兵士は、まっとうな言葉であたしに問いかけてきた。
少なくとも、いきなり罵声を浴びせかけたり、見下したりはしてこない。
陛下は人選を間違えなかったんだろう。
ここでそういうことを言われたら、行かないって言いそうなあたしだってわかってたのかもしれない。
「はい、数日考えて、決めました」
無論働く。ちゃんと働く。そして今まで見た事もないだろういろんな薬草を、この目に焼き付けて、一層薬師としての経験を積むのだ。
その事を言い出そうとした、矢先の事だ。
「そいつはそこには行かないぜ」
いきなりあたしに言葉を言わせないような口ぶりで、窓枠の方から声が投げかけられた。
「え、何を言っているの!?」
「北の国の国王だって、まさか何が起こるかわからない薬草園、って他国から有名な場所に、婚約者がいるうら若い乙女を、連れていったりしないだろう?」
婚約者? は、何が起こるかわからない薬草園?
なにそれ、どっちも意味が分からない。
戸惑ったあたしを見て、窓の方を見た兵士が顔色を変えた。
さあっと青ざめた顔は、明らかに敵に回しちゃいけない相手を目の前にしたって感じだった。
一体誰がそんな事を言っているの。
あたしは硬直した体を思い切り動かして、うちの窓枠の方を見た。
まず目に飛び込んできたのは、その人の異国風の顔立ちだった。
このあたりの人間の顔じゃない。
あたしはあまり人の見た目を言うのが得意ではないのだけれど、間違いなく、この人はこの国の人間じゃないだろうな、と思わせる顔立ちだった。
顔の彫りが深くて、瞬いた瞳の中で、純銀のような光を放っている瞳孔が、おてんとうさまの光よりも強く輝いている。
普通、瞳孔って黒っぽいものなんだけど。
そこが白いって、普通だったら、目がよく見えない人のはずなんだけど。
その人は、まっすぐにあたしのことを見つめていた。
あたしを見ているって分かる目だった。だから分かった、この人は目がちゃんと見えている。
鮮やかな金色の虹彩と相まって、その人の瞳は、本物のおてんとうさまが目玉の形をしたみたいだった。
そして髪の毛は、やっぱりこのあたりでは珍しい、ふわふわした茶色だった。
ふわっふわの毛皮みたいな茶色だ。人間の髪の毛で、獣の色とよく似た色はあんまりない。
でもその人は、本当に触ったら気持ちよさそうな焦げ茶色の髪の毛をしていた。
それが、異国風なんだろうか、長く伸ばされている。男の人でこんなに長い髪の毛の人って、あんまり見た事がないな、とあたしは記憶を掘りだした。
体の感じも、このあたりの人とは違う。たぶんすごく、背が高い。ルー・ウルフよりも高いし、あたしなんて子供みたいな身長じゃないの?
胸板とかは分厚そうなのに、腰の帯から判断して、腰は結構引き絞られている。
ちゃんとした服を着たら、迫力満点な体形だ。王様よりも圧倒されかねない。
そんな人は、分厚い唇で笑った。あたしを見て笑った。
「いよう、はじめまして、未来の嫁さん」
あたしはその言葉が頭に染みた瞬間に、叫んだ。
「誰が嫁!?」
「あんたが」
「なんで!?」
「それは私も聞きたいね、うちの娘があんたとどこで知り合ったんだい、いい交わす仲の男がいたとは思わなかったんだけれども」
かーちゃんが、薬草をごりごり乳鉢でつぶしながら言う。手元を真剣に見ているけど、耳はちゃんと傾けてくれているらしい。
「嫁さんそっくりな女の子が言ったんだ」
「なんて!?」
あたしそっくりって確実にねーちゃんじゃないか!? ねーちゃん今度は何をした!?
「自分の逞しい妹を、あんたの嫁にあげるわってな」
「ねーちゃん!!!!」
あたしは絶叫した。兵士たちは色々な事が自分たちを放置して始まったからか、目を白黒させている。
彼等のことも考えてあげなくちゃいけない。
あたしは深呼吸した後、彼等に告げた。
「明日必ずお返事しますから、今日はいったん帰ってもらっていいですか、……面倒なことが起きたみたいなんですよ」
「は、はあ……」
流石の兵士たちも、こんな事は思いもよらなかったんだろう。あたしがそう言うと、
「必ず明日、来たらちゃんとしたお返事をしてくれよ」
と念を押して、去って行った。
そこであたしは、太陽の瞳をした男の人を、家の中にいれる事にした。
立ち話をするには、時間がかかりそうだったから。