表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/80

4 ねーちゃんそれほとんどやらなかったから

ところがルー・ウルフはお坊ちゃんだった。というか、お坊ちゃん以前に王子様だったわけだ。


「どうしてこの家は、こんなに暗いのだろう」


無邪気な顔で問いかけてくるものだから、あたしは頭が痛くなる。このおんぼろあばら家が暗いって、そりゃあ当たり前の事なのだ。

この家は日が昇れば起きだすし、暗くなれば寝る家である。

獣脂ろうそくだってあたしたちの暮らしでは高い物、贅沢品だし、蜜蝋のいいろうそくなんて夢のまた夢、かまどの炎だっていつまでも燃やしているわけにはいかない。薪を切らせば次の日の朝に火を熾すものはない。

毎日週に一回は近くの森で薪を拾ってくるのが、あたしの大きな仕事の一つだったりする。

獣に襲われる可能性は高いし、変な人間に襲われる可能性だって高いけど、うちくらいお金がない家だと、日常的に薪売りから買い求めるわけにはいかないのだ。貧乏って大変。


「灯りをもっと増やさなくていいのだろうか、夜は長い」


「何言ってんだい。夜は寝るものさ」


「……?」


かーちゃんの言葉に目を瞬かせて、どうしてそう言うのかわからないという顔のルー・ウルフ。彼は言った。


「夜は出歩かないのだろうか。遊びに出かけることをしないのだろうか。夜更かしもしないのか?」


「ああ、あんたは夜会によく出ているような家の子だったわけか」


あたしにはよくわからない事だったけど、かーちゃんは思い当たる事があったんだろう。阿呆らしいと言いたげな鼻の鳴らし方をした後、言い出す。


「あんたは深く考えた事が無いだろうけどね、このかまどで燃えている薪、どこで手に入れていると思う?」


「家に運ばれてくるだろう。毎日、同じ時間に」


王子様ってこんなにも違う世界の住人だったのか。

心の中で一歩引いてしまったあたしは悪くない。そうか、お城には薪だって売り込みに行くだろうし、城の中を探検していてもそう言う発想になるのか。

それに、王子様がお忍びで行くような地区に、こんな貧乏な家はないだろうし、薪を売り歩く人もいないだろう。

お忍びと言われそうな地区は、そこそこ裕福な商人の空間のはずだ。夜のお姉さんたちが働きに行くのもそっちだったはず。


「馬鹿を言うでないよ、薪に足が生えて自分から来るわけがあるか」


かーちゃんが自分で言って、その光景を想像したんだろう、笑いだす。かなり大きな笑い声で、ルー・ウルフがさすがに馬鹿にされていると思ったらしい。


「では、どういう風に手に入れているんだろうか」


少し機嫌の悪い声で問いかける。かーちゃんがここで、鍋をかき回していた杓子をあたしの方に向けた。


「この子が拾ってくるのさ。毎週ね。そこの森でだよ」


「場合によっては一日がかりだね」


ちょうどいい薪がない場合、そう言う事になったりする。乾いていない薪なんて、燃えなくて面倒だ。むやみに煙が上がるし、湿気ていて火が消える恐れもある。

いい薪を見分けるのも、あたしたちには必要な手段だ。

あたしは枝同士を打ち合わせて音で確認する。乾いているとすかっとする音がするんだ。湿ってるとぼけた音になる。


「そんな、危ないだろう! どうして危険な場所に行くんだ」


森の中に一人入っていくのが大変、というのは想像がついたらしい。信じられないと言わんばかりの顔のルー・ウルフだけど、かーちゃんはどこ吹く風だ。


「薪の相場を知っているかい、ルー・ウルフ。一束いくらか。知らないだろう? だからそう言う事が言えるんだ」


「ただの木じゃないか、魔道具でもないのにそんな高額にはならないだろう」


「高額ってのは人間の身の丈で変わってくるんだよ。そこの薪の束で大体銀貨一枚分」


「安いじゃないか」


「銀一枚あれば何が買える? ヴィ」


銀貨一枚を安いって言っちゃったよ、やっぱり王子様の金銭感覚って怖い。

あたしはかーちゃんに聞かれたから、市場の品物を思い出して答えた。


「ジャガイモ三袋と半分と玉ねぎ。それから青菜二束と豆を一袋つけてもおつりがくる」


「それはどれくらいなんだ?」


このたとえが分からなかったようだ。教えても理解できないルー・ウルフに、かーちゃんが告げる。


「ジャガイモ二袋で、女二人が一週間食べていけるって言ったらわかるかい?」


「待ってくれ、こんな一束で、女性の一週間分の食事以上の金額になるのか!?」


王子様は目を見開いた。かまどの火が呼応するように揺らめく。……勘違いか、きっと火の揺らめきが瞳に映ったんだ。そして王子様の瞳も赤いから。


「こんな一束じゃ、二晩も夜を越せないだろう。……まさか、だから森へ?」


「そうなんだ。それにうちの稼ぎは一週間で銀三枚もくればいい方でね」


かーちゃんの薬の材料のなかでも、市場でしか手に入らない物があるから、どうしたってそっちのためにお金がかかったりする。

だから薪は拾ってくるしかないんだ。

べつにあたしはいつもの事だし、雨が降ると憂鬱なだけ。


「彼女はそんな事一言も」


彼女、が誰を示すのかこの場合よく分かる。ねーちゃんだ。ねーちゃんは貧乏が嫌だと言ってばかりだったけど、大変な仕事はいつもあたしに押し付けてたから。詳しい事は知らないんだ。


「あの子はそう言った仕事が大嫌いだったからね。いつもこの子に押し付けた」


かーちゃんが淡々と言う。


「薪拾いをねーちゃんにやらせるのは途中から諦めた」


「君は嫌だと言わなかったのか?」


そんな危ない事なのに、と言いたそうな声で言うから、あたしは胸を張った。


「いった所で薪が自分から足生やしてやってこないんだから、取ってくるしかないよね」


あたしは当たり前の事しか言ってない。向こうから来ないんだから、あたしがとりに行くしかないし、なかったらその日のご飯にありつけない。

それに、次の日の朝のご飯だって当然なくなる。ジャガイモは生では食べられないのだ。

食べる方法もあるそうだけど、一歩間違えればお腹壊すらしいし。

ただこの現実は、ルー・ウルフにとって信じられない現実だったらしく、彼はかーちゃんが薬を作り終えるまで、かまどの炎をじっと見ていた。

何か考えているようで、でも、王子様の思考回路はわからないでその日は終わった。

朝、あたしが起きて下のかまどを見ると、かまどの前に座って、ルー・ウルフが何かしていた。

見ると、一生懸命火を熾そうとしているらしかったんだけど、どうにもうまくいかないらしい。


「……それじゃ一日かかっても火は起こせないよ」


いつからここでやってたんだろう。かまどのうえの寝床から下りていうと、彼は顔をあげた。


「彼女はいつも、火を起こすのなんて簡単だと言っていた。石と金属をぶつければすぐだと」


「ねーちゃん実地でやってないし。……それに、生傷だらけだけどどうしたの。夜の間にどこに行っていたの」


「薪を取りに行ったんだ、日が上る前に起きて、拾って来た。君を危ない森に行かせたくなくて」


「……その心はいいけど、だめだめだよ」


あたしはルー・ウルフが拾って来た枝を一本手に取る。


「折ろうとしてみて」


「……?」


枝を折る彼。それを指さして教えておく。


「これ、まだ生乾きなんだ。これに火はつかない。ついても燃えない」


「ただ枝を拾ってくればいいわけじゃない、という事なのか?」


「そう言うこと。ちゃんと乾いている奴を探して、量集めるっていうのはそう言う中身なんだよね。ただ火をつければいいってわけじゃない」


「じゃあ、迷惑な事をしてしまっただろうか」


「気持ちはありがたいよ、そうやって考えてくれたのは嬉しい、でも方向性が違う。ルー・ウルフが自分だけで出来る事だったら、がんばってくれてよかったけど」


「……じゃあ、君はどんな風に火をつけるんだ?」


「こう」


あたしはかまどの脇に積んである薪をかまどの中に組み上げて、わら屑に火打石と火打ち金をぶつけ火花を飛ばし、あっという間に火をつけた。


「なんて簡単な風に付けるんだ、なのに私は……」


「こんなの経験だから。一日で覚えるわけでもないし、あなたはあたしの知らない事は出来るでしょ、数字とか」


ショックを受けている彼の肩を慰めるべく叩き、あたしはご飯のために立ち上がった。


「あなたはあなたが確実に出来ることをしてよ。その方がいいし、それで暇が出来たら別のことをしたっていい」


そして一応言っておいた。


「井戸で顔を洗ってきなよ、顔も手も血まみれだよ」


彼はきっと薮に分け入ったんだろう。顔も手も枝で切れて血がにじんでいた。

心はいいんだ、でも一人で出来るって思わないでほしかった。

それとも、一人で出来るようになりたいのだろうか……後で聞いてみよう。

彼が戸を開けて井戸の方に行くのを見て、あたしは欠伸をするかーちゃんに声をかけた。


「起こしちゃった?」


「元々起きていたよ。ルー・ウルフは性根の優しいいい子だ」


後は根性かなにかかね、と欠伸交じりに言っているかーちゃんは、どこを目指しているんだかわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ