38 王様、ざまぁが過激すぎます!!
これで問題は万事解決、と思ったんだけど、そうも言っていられないらしい。
「褒美を取らせる。何か望むものでもあるか」
色んな人が回復して、もう大丈夫と判断された数日後。玉座の上で威風堂々、非常に王様としか言いようのない風格の、陛下が、あたしに褒美を渡すと言っているのだ。
あちこちからぶしつけなくらい刺さる視線の中には、こんな女に、陛下直々に褒美など、と思っているのがよくわかる視線が混ざっていて、いたたまれない。
あたしはそんなに面の皮が厚い方じゃないから、嫌だと素直に思う。
「望むもの、ですか」
「お前程度の庶民の望むものなど、きりが知れているだろう」
その言い方が少しカチンときた。確かに陛下の見ている世界とあたしの世界は大違いで、陛下にしたらささやかな望みを言い出すだろう、と思われているのだろう。
でもあたしはそう言うのなら、よろこんで望むものがある。
「あたしとかーちゃんに対する不名誉な噂を、陛下直々に消してほしいですね」
「は? なんだそれは」
「どいつもこいつもねーちゃんとあたしを勘違いして暴力だの暴言だの、かーちゃんの事ただの薬師だと思ってくっだらない侮辱だの妬みだのしているんで、いっそ陛下にそんなものはありはしない、と言っていただきたくてですね」
顔をあげる。ざわめく貴族と言うの名前の、人をいたぶる娯楽が大好きな周囲によく聞こえるように、あたしは言った。
「第一に、かーちゃんは人を傷つけたり人の心を支配したりする薬なんて間違ったって売ったりしない。カーちゃんの薬でおかしくなったなんてことは、かーちゃんに対してひどい疑いだ」
「でもあなたの家の薬で、トーラ様は一層おかしくなったじゃない!!」
あたしは女の子をちらっと視線だけで見た。それが偉そうに見えたんだろう。湯気を立てる勢いで、女の子が近寄ってきて怒鳴りつけて来る。
「あなたの家にあった薬よ! それを皆で使ったのに、皆悪化したわ! 魔女が性悪でなくて何なの!!」
女の子が我慢できない、と言う風に大声をあげる。
あたしは、その女の子の顔に見覚えがありすぎた。だから……その頬を拳で殴りつけた。不愉快さが頂点に達したせいだ。この女の子はそれだけのことを言った。
ちなみにあたしでも、拳で殴れば女の子位は吹っ飛ぶ。薬草探して綱一本で崖を登る、薬師の娘を舐めるな。
まさかそんな事が起きるとは思わなかったのか、周りが呆気に取られて黙る。
「こんなふうな、くそったれ大馬鹿が次々でてくるわけで。……あのねえあなた、誰にも見つけられないように魔女が隠して封印してた薬を、家をぶっ壊して盗んできてそれ言うの?」
周りが静かなままだから、大声で言ってやる。この際だ、言ってやれ。
あたしは大声で言う。誰にも聞こえるように。
これでこの女の子の評判は滅茶苦茶だろうな、とは思ったけど、それなら人の話をちゃんと聞いて、ひどい事しなきゃよかったのだ。
あたしとこの子なら、この子の方が悪い。と思う。
「あなたやあなたのお友達とやらが、あたしが解毒薬ないって言っているのに、あたしを踏みつけて蹴りまわしてしまいには魔法で動けなくして、それがどんな薬かもわからないのに、勝手に持って行ったんでしょ?
それで一層おかしくなったとか言いがかりをつけられても困るんだよ。あの時はかーちゃんは牢屋、あたしに解毒薬の知識はまったくない、つまりあの状況で解毒薬は存在しなかったわけだ。
ないものはないとちゃんと伝えたじゃない。あなたそれ聞いて、あたしに何した?」
あたしはお嬢さんを見下ろす。お嬢さんがひいと悲鳴を上げて後ずさろうとして、失敗した。うるうると涙を目にたたえているけど、それで容赦するわけがない。
こいつは、かーちゃんが大事にしていた物や、二度と直せない思い出の品を、めちゃくちゃにしたんだから。
「いい事なんて何もしてないでしょ? で、自分が間違ってたって認めたくなくて、人に責任擦り付けたんでしょ? よかったね、あたしが最初にあったのが、あなたの婚約者の弟で」
意味が分からない、と言う顔をする女の子に、あたしは優しく答えてあげた。
「弟が、ダニエルがかーちゃんとあたしを会わせてくれたから、かーちゃんの知識とあたしの経験で解毒薬が出来たわけだ。そのお礼でダニエルのお兄さんには、一番に薬を渡したけど、そうじゃなかったらあなたの婚約者だってどうなったか」
貴族たちはしんと静まり返っている。そりゃそうだ。彼等はこのお嬢さんがそんな馬鹿な真似をした結果、自分たちやその子供たちや親戚たちが、ああなったとは思わなかったのだろうから。
「つまりだ、あなたが被害を拡大させたのに、みいんなあたしやかーちゃんのせいにしたわけだ。……それを撤回しろ、と言ってんだよ」
思ったよりも低くてどすの聞いた声が出てきた。ひいい、と女の子が悲鳴を上げて、その父親が人垣を押しのけて走って来る。そして女の子を背中に庇った。
あたしとその相手は敵意のある視線でぶつかり合った。そのままにらみ合う。にらみ合いで負けてたまるか。熊じゃないんだ。それに、そっちのお嬢さんが先に喧嘩を売ってきたんだ。
ついでにいえば、そのお嬢さんの婚約者を助けたのは、他でもないあたしなのに、ひっどい発言してんだこの女の子。
それでしばし時間が流れたと思ったら、陛下が大笑いし始めた。貴族令嬢が庶民に殴られて笑うって辺りで、その女の子の父親がはっとして、絶望的な顔で陛下を見る。
「陛下! この狼藉もの! 娘に何をっ!!!」
「狼藉ものはお前たちの方だ」
陛下が冷たい冷たい声で言った。男がぎょっとした顔になる。
「今とてもいい話を聞いた。魔女の薬がどこから出てきたのか、いまだに詳しく判明していなかったわけだがな……なるほど、お前の娘が盗み出して配り歩いたか」
「陛下、濡れ衣です、違います!!」
「その娘、自分で白状しただろう。魔女の家から盗み出して友達と皆で使ったと」
げらげら笑った陛下が、非常に愉快と言う声で言った。
「お前もお前だ、薬はお前の管轄として、出所を調べさせていたというのに、馬鹿な娘などを庇うから、こうしてことが大事になる。罪が重くなる」
陛下が一呼吸おいて、淡々と告げた。
「公爵家令嬢を連れていけ。毒に等しい薬を婚約者に薬として飲ませた罪は重い。……同じ事をした令嬢は皆同じだ。知らぬ存ぜぬではない。最初から間違えて飲ませたと報告すれば、罪もまだましな物だったというのに。隠した罪は一層重いぞ」
さっと兵士たちが、女の子を引きずって連れていく。男の人が、全然陛下が庇ったり守ってくれないから、絶望的な表情だ。
「お前も罪に問う事になった、公爵。恨むならば馬鹿な自分の娘を恨め。そこの魔女の娘がないと言っているのに、得体のしれない薬を毒か薬かも分からず、婚約者たちに飲ませた愚かな娘をな。……連れていけ」
「陛下、娘は、娘はっ!」
「お前の娘のせいで、苦しまなくていい人間がどれだけ苦しんだと思っている? お前の娘が手当たり次第に魔女の薬を解毒剤として、男に飲ませていたせいだ。どれだけ多くの貴族令息たちが、おかしくなって、医者に間違った薬を飲まされ、苦しんだと思っている。いままでよい忠臣であったお前の、娘でなければ、国家転覆罪に近いのだぞ」
その響きはとてもぞっとする響きで、あたしが動けないまま、事はどんどん進んでいき、いろんな令嬢が引っ立てられていった。
「……さてこれで、望みは叶ったわけだ、気分はどうだ、魔女の娘」
「これでおしまいなら、これで結構ですよ」
あたしはそれ以上言わない事にした。何か言えばさらに大きなことが動く気がしたからだった。




