35 王様、スープ完成した!
足りないところの追加しました。
しかしまあ、と陛下は声をあげる。
「お前、よくまあ、その匂いだけで佳人薄命とかいう薬だとわかったな」
「そりゃそうですよ、あたしは魔女の娘で、魔女は自分の娘に薬の匂いとか特徴とかを、叩き込んでたんですから」
お前は魔女の後を継ぐんだから、自分の教えられる事は全部教えるよ、だから覚えろ、とかーちゃんはあたしにいつも言っていた。事実、あの下町で魔女の跡取りがいないって、とても困る事だったし。
あたしはかーちゃんの背中を見て育ってきたから、自分もかーちゃんのような薬師になる、と思っていたし、当たり前だった。
忘れると、鉄拳が飛んできたりしたけど。しょうがない。毒と薬の見分け方って間違えて死人出したら、笑えないし。町追い出されるの確定だもの。
「叩き込まれて、覚えているものか?」
「十五年も叩き込まれていたら、覚えるものではないのかと」
「十五? お前はまあ、ずいぶん体がやせぎすだな」
あたしはその言葉に、傷ついたりはしない、事実でしかないし、あたしご飯が、じゃがいもじゃがいもだったし、それも食べられない日もあったし、お肉が体につかない体質でもあるせいだ。
「ねーちゃんは十八ですよ、ちなみにあたしのちゃんとした年齢は十六です」
「お前の姉はたしか……男爵家に迎え入れられ、十七で学園に入ったのだな」
陛下が覚えているという事は、ある意味すごいんだろう。悪い意味で記憶に残っていそうで、大変に居心地が悪い。
「そこのあほうどりが夢中になったあたりで、多少なりとも報告が上がっていたからな」
さらっと疑問に答えた陛下が、まだあたしの肩に乗っている燃え上がる鷹を見て、言う。
「裁判官、席をはずせ」
「はい」
「先ほどの娘には洗いざらい喋らせろ。あの娘の親が持っていた物で、他に危険なものがあったかもしれないからな」
「母の形見を売り払った親戚と言うものにも、人を回しますか?」
「すでに回してある」
「失礼いたしました。ではわたくしは失礼します。魔女の娘、言葉には気を付けて喋るように」
裁判官の人は、あたしの口が悪いのを再三注意して、去って行った。
「魔女の娘、お前は聞きたい事があるんじゃないのか」
「あります」
あたしは即答した。だってもしも、もしもの話だ。
ルー・ウルフが本当に不死鳥と言う、燃え上がる伝説の鳥だったら、本当にすごい力を持った解毒薬が完成して、皆助かるから。
その涙こそ、かーちゃんがどれだけ探して見つからなかったものなんだ。
「ルー・ウルフは、伝説の不死鳥の血をひいているんですか」
「……見られている以上、あまり誤魔化して変な勘違いを起こさせ、暴走させるのもよくない。だから話してやろう。そいつの祖父が、不死鳥そのものだった」
「お母さんやお父さんは?」
「何をしてもただの人だったな。……いや、母親の方は、なかなか毒に強い女だったらしいが。で、お前は不死鳥の血をひいていると聞いて、何をさせようとしている?」
「実は、かーちゃんから聞いた、すっどい解毒薬があって」
「ほう? どうつながる」
陛下が興味深そうに、ルー・ウルフとあたしを見て聞く。
「なんと! それはいかような材料の物だ!」
陛下の隣の、えらい官僚さんが身を乗り出した。
あたしは、ここにいる人たちだし、どうせ作り方とかは監視されているから、答えた。
「主な材料は、医者の連中があく抜きに失敗したあの木の根っこと、不死鳥の系譜の涙で、あとは結構ありふれた材料」
かーちゃんからこの話を聞いた時に、最初に思い付いたのは、木の根っことルー・ウルフの涙を混ぜたスープだった。
あの思い付きから、こんなにも事が大きくなってしまったけれども。
「えーとですね、あたしに暴力振るって、隠してあった地下室から、本物の惚れ薬を持ち出した令嬢たちの話知ってます?」
「お前が解毒薬と偽って、令嬢たちに恐るべき値段で売り払った薬だな?」
官僚さんが言う。ここでも起きてる勘違い、もうどこで正して何処で正してないか、思い出せない位だ。
ため息交じりに教えておく。
「そこで誤解が起きてるけど、あたしお金貰ってないし、だいたい人様の家をめたくそにしてぶっ壊して、持ち出しちゃだめな薬持ち出してんの、そのお嬢さんども。そのお嬢さんどもが苦しむのはどうだっていいけど、飲まされた人たちが可哀想すぎて……ダニエル泣いてたし。ってこれ関係ないか」
あたしは話が少しずれたから、道を修正する。
「その令嬢たちが薬を飲ませた人たちを、助けるために、かーちゃんから聞いた薬が、木の根っこと不死鳥の系譜の涙を使った解毒薬なんです」
「つまり、お前の姉だの女使用人だのに夢中になった男を、助ける薬ではないわけだな」
「まあそうですね、でも相当強い解毒薬だから、効果があるかもしれませんが」
「では、お前が自分の作ったスープで死ななかった暁には、そのスープに愚弟の涙を混ぜてみよう」
「ならば急げ、魔女の娘! これはすばらしい話だ、今までそんな薬があるなど、どこの薬師も話さなかった!」
「なんか、結構遠い……東方の方でも伝説みたいな薬だそうですよ」
言っている間に、あたしは陛下がこっちを熱心に見ているから、何だろうって思った。
「オウサマ?」
「その解毒薬は、佳人薄命の効果も消すと思うか?」
「それこそ、うちのかーちゃんに聞いた方が早いと思います」
真顔で言ったあたしに、それもそうだ、誰かまともに話せる奴を、魔女の所へ、と官僚さんが文官さんたちに命じた。
「くれぐれも、粗相のないようにだ!」
すごい顔で言明する官僚さん。この人も苦労人みたいだな、とちょっと思った。
そしてそこから二日、スープは完成して、あたしは馴染みのある泥臭い苦い、でも食べられるスープが湯気を立てているから、深皿にたっぷりよそった。
これ食べないと、冬を越せる気分にならないんだよな……
そして、かーちゃんのところから、ちゃんとした解毒剤の作り方を聞いてきた人からは、驚きの事実がわかった。
「作り方が同じだったなんて。思いもしなかった」
「あなたの母親から聞いた話だと、豚の脂で炒めないと効果が薄いものだったとか。医者たちもそれは考えなかったでしょうね」
そう。すごい解毒剤は、うちのスープとほぼ同じ材料で、作り方はそのままだったのだ。
道理でこれ、不死鳥の涙なくても、いろんな具合の悪さに、てきめんだったわけだ。
かーちゃんが言うには、
「薬効あらたかな物に、駄目押しで不死鳥の涙」
らしい。医者たちが木の根っこだけで、少し回復させたのもわかった。
「でも、そんなすごい匂いの物を、よくまあそんなにたくさんよそって」
「食べ慣れると、そんなに気にならないですよ」
言いながら、あたしはぼろぼろに砕いた根っこを噛みしめる。たっぷり汁気を吸った、がりがりとした食感の根っこは、一皿でお腹いっぱいになるありがたいものだ。
あたしの隣では、卓の皿から、同じようにまだ鷹の姿のルー・ウルフが、木の根っこスープをついばんでる。
ひょいひょいと千切って口の中に入れていくから、気に入ったみたいだ。
「おいしい?」
あたしは隣に聞いてみて、機嫌よくルー・ウルフが鳴いたから、やっぱり毒じゃない物って分かるんだろうなって思った。
「味見をしても?」
「あたしが食べてから、数時間は経過を見るんじゃなくて?」
「あなた、毒で死ぬとか全然思ってない食べっぷりじゃないですか」
「だって毒じゃないし」
毎年のご飯だし。
そういったあたしから、匙を借りて、その人は一口スープの上澄みだけすすった。
そして顔をひどい顔にして、匙を卓に置いて、しゃがみ込んだ。
「え、大丈夫ですか!? 毒じゃないのは確かだけど!」
「に、苦すぎる……そしてあんなに水にさらしていたのに、どうしてこんなに泥臭い……ついでになんだか得体のしれない草の香りが……」
あたしはここで、ねーちゃんのまずいと言っていた言葉が、お貴族様とか、いい物を食べている人と同じ意見だったと知った。
かーちゃんも、今年も苦いねえとか言ってたけど。
あたしの味覚は、どっか壊滅的なのかもしれない……
そして、そのスープの薬効が、即座に現れた相手がいた。
ぱあっと卓の上のルー・ウルフの体が燃え上がって、そして。
「……うわっ!」
卓の上に、ルー・ウルフが座り込んでいた。
全裸で。
そして……
「腕、生えてる!!」
あたしは彼を見て第一にそれを思って、飛びついた。行儀が悪いけど、鍋がこぼれそうに揺れたけど、あたしはすごくうれしかったのだ。
あたしを庇って無くなった腕だったから、それが生えて来ていて、本当にうれしかった。
「ヴィ? どうしたんだ? ……色々な記憶が飛んでいて、あまりよく事情が分からないんだが」
「どっちにしてもよかった」
抱きついて離れないあたしを見て、彼は何か察したんだろう。自分が危ない事をしたんだろう、程度のことは。
「ヴィも、城にさらわれたのに無事で、本当に良かった」
そう言って、抱き返してくれた。
ただそこにツッコミが入ったのは、仕方ないと思う。
「ええとですね、スヴィエート殿下。服を持ってきますので、着用してもらえますか? 裸で女の子と抱き合っているのは、外聞がよろしくありませんよ」
さっきまで、スープのまずさにうめいていた人が、すごい渋い顔のまま、告げてきたわけだった。