34 王様、あたしは知っているんです。
「その鳥のことは後回しだ。お前たちは何を争った」
厳格な響きで、文官……裁判官かな? があたしたちを見て言う。
騎士たちは黙り、その中で、女の子が火や汗びっしょりになりながら、言った。
「そちらの方が、私を中庭に引きずってきて、母の形見のペンダントを壊したんです。……すべてはそこが始まりで」
「お前は何故壊した」
「そっちの可愛い女の子が、そのまま放っておいたら死ぬから」
「意味が分からない。きちんと話したまえ。話せないほど馬鹿ではあるまい」
文官が偉そうに言う。ちらっと見た陛下は面白そうに眺めている。
中庭を丸焼きにした原因が、まさかそんな事、と野次馬らしき人々が思っているのも伝わって来る。
あたしは息を一つ吐き出して、言った。
「あたしは生まれが生まれなんで、色々な薬や……毒に詳しくなりました」
「前口上はいい。的確に話せ」
「そちらの彼女が持っていた匂い石から、東方で佳人薄命と呼ばれているものと同じ匂いがしたんです」
「佳人薄命? 何だそれは」
「説明はいらないんじゃないんですか」
「お前はいわれのない罪を与えられたいのか」
「いいえ」
「ならばもっと詳しく、話せ」
「では」
あたしは、彼女の匂い石がしみ込ませていた、ものすごく危険な薬の説明を始める。
かーちゃんから、どんなに自分の姿に劣等感を持っていても、これだけは使ってはいけない、と厳しく戒められた薬の話だ、何も見なくても話せる。
「佳人薄命とは、とても簡単に言うと、姿かたちを、己の命と引き換えに、美しくする……破滅の薬です」
誰も彼もが、言葉をなくしている。だからあたしは、もっと詳しく話す事にした。
皆よく分からないんだろう。
「これは、東方で大昔に珍重され、数年前に取引禁止そして、今は所持の禁止もされている禁忌の薬です。これの香りを嗅ぐと、使った人の肌は白く、眼は澄み渡り、頬は薔薇の様に染まり、唇は赤く色づき、髪に艶が現れ、何より異性を強力にひきつける体臭に変わります。瞳を合わせるだけで、使った人から目が離せなくなり、匂いを嗅ぎ、夢中になります」
それだけじゃない。破滅と呼ばれる理由がある。
誰も何も言わない状況で、口を挟まれないから、あたしは続ける。
「ただし、この薬の欠点はたくさんあります。使い続けると、使った人の命は極端に削られていき、症例の一つとしてとても短命になるとあります」
女の子が、え……と呟く小さな声が聞こえた。
「それだけならまだ、自業自得になります。美しさを求めた結果だと。しかし。この薬は、少し使うだけでも、子供がとても生まれにくくなります。……生理が止まってしまうのです。さらに」
まだあるのか、と誰かが小さく呟く。
「数か月使用を続けると、下腹部の出血の際に、意識を失うほどの激痛が走るようになります。そして破滅の薬と呼ばれる所以として最も知られているのは」
ここからが、どうしてあたしがあんなに乱暴な事をしたかと言う理由になる。奪って壊した理由だ。
「体臭に引き付けられた異性の、生殖能力が極端に減退します。手遅れになった場合、完全な不能になります。……身に覚えはありませんか?」
あたしは背後の騎士たちに問いかけた。誰かが、あてはまる事があったんだろう。肩を揺らすけど、誰も顔をあげないで、真っ青だ。
「街の噂でも、数か月前から、男性が誰しも夢中になる女使用人がいる、と聞いていました。そして彼女とすれ違った時、佳人薄命の匂いがしました。中庭に引きずって行って、匂い石を見せてもらって、間違いなく佳人薄命だと分かったので、問答無用で壊したんです。説明だけで、彼女に捨てるように言っても、母の形見なのでしょう? 壊すわけがない。捨てることもできないでしょう。……時間がたてばたつほど、色々なものが進行し、悪化します。たぶん、今が、彼女に関わった男の人たちの瀬戸際なんです。気付いた以上、あたしは無視はできない」
「……お前は、それゆえ壊したのだと?」
「ええ。壊して、彼女が何故壊したのだというので、説明をしようとしたら、騒ぎを聞きつけた騎士たちが現れて、勘違いからあたしを姉と勘違いし、切り殺そうとしました。その後のことは、皆見たでしょう」
「嘘よ! お母さんがそんな危険な物を持ってるわけがない!」
女の子が叫ぶ。涙を目に一杯にたたえて。
「あなたのお母さん、自分を燃やす時に、あのペンダントも一緒に燃やしてって、頼まなかった?」
「どうしてそれを知っているの!?」
「お母さんが賢明な人だったら、そう言うはずだから。あれ、パッと見ただけでも古い造りをしていたから、あなたのお母さんの思い出の物だったんじゃないかと思って。でも、一級品に危険なものには違いないし、破滅をもたらす薬がしみ込ませてある。だったら、娘を守るために、自分と一緒に焼くと思うんだ。……お母さんは、あれを首から下げていた事はある?」
「……ないわ。いつもしっかり、宝物の入ったオルゴールの中に」
「賢明だったね。なのにあなたは、お母さんの形見だから、付けたんだ」
「だって、だってあれしか残らなかったんだもの!」
女の子が涙をこぼして叫んだ。
「おじ様やおば様に、皆売り払われてっ! おじ様たちの借金なのに、お母さんの物も、お父さんの物も売られて!! あれだけ、古すぎて値段がつかないって、骨董屋に言われたって投げ返されて、あれだけだったんだもの!!」
理由は痛いほどわかった。
でも、付けちゃ、いけない物だった。
「裁判官」
話を大体聞いていた陛下が、口を開く。
「そちらの魔女の娘は無罪だな。城の使用人がそれほど危険な物を持っていたとは。……使用人、お前はもう少し詳しく話を聞かなければならない。連れていけ」
「へ、陛下! それはあまりにも不平等です!」
「魔女の娘は、理由が何であれ彼女の大事な物を壊したんですよ!」
騎士たちが庇うように言うけど、陛下が冷たい眼差しを向けた。
「その使用人に、我が弟や騎士団長を務める従兄も夢中だったわけだが。貴様らは彼らも不能になれと?」
騎士たちは、一斉に血の気をなくした。陛下はつまらなさそうに鼻を鳴らし、衛兵に指示する。
「その馬鹿どもも連れていけ。頭を冷やすために、そうだな、地下牢にでも繋いでおけ。……しばらくは目障りだ、俺の目に触れない場所に置け。お前たちは、我が異母弟を切り殺そうとした余罪もある」
騎士たちは、青ざめた顔で、衛兵たちに引きずられていった。