30 王様、名前違うの!?
「食べ物の匂いがする」
あたしはそれだけでぱっと跳ね起きた。貧乏生活、食べ物にありつく機会を逃してはならない、と言うのは鉄則だ。
飛び上がるように起きて、そのままかまどに座っていたから、体勢を崩して落ちかける。
「っ!」
奇声をあげそうになりながら、痛みに耐えようとして、自分が支えられている事に気が付いた。
誰が支えているんだろう。
腕の力の強さからして、男性だと思うのだが。
あたしは恐る恐る相手を見て、目を見開いた。
「オウサマ?」
「人の顔を覚えることはできたらしいな。多少は」
あたしを支えていたのは恐れ多くも陛下その人で、何故ここにいるのか全く分からない。
「どうしてここにいるんですか」
「様子を見に来ただけだ。ここで腹いせに命を絶たれてもつまらない」
「腹いせで自殺はしないかな……」
「街の人間から聞いた話では、お前は母親以外に大事な相手など一人もいないそうじゃないか。母親を助けたら、全ての責任を取って死ぬくらいはしそうだと思ってな」
「命そんなに軽んじませんよ」
「そうか」
「ところで、オウサマ。何故食べ物の匂いがするんでしょう」
「……お前は鼻が利くのか? 寝ていても匂いを嗅ぎつけるとは」
陛下はなんとも言えないと言いたげに、懐から紙袋を取り出す。
「……何故か知らないが、町に少し出た途端、変な店で押しつけられた。最近元気がないからあげるとか言われてな」
「……これルー・ウルフが大好きなコロッケ」
「ルー・ウルフ? 誰だそれは」
「ねーちゃんと追い出された王子様の名前ですけど……」
「名前が違うだろう。あいつはそんな名前ではない。大体、(狼の燃える目)などと言う名称を、どうしてお前は名前だと思ったんだ」
「え、名前違うの!?」
あたしは目の前の相手に対して、敬語を忘れるくらいにびっくりした。
だってダニエルだってルー・ウルフとかルーとか呼んでたのに、まさかのここで別名が発覚とは。
「でも、オウサマ、ルー・ウルフはオウサマによく似た、もっと優しい紅い目の男の人ですよ、え、まさか王子様じゃないとか?」
「安心しろ、俺の腹違いの弟だ。無駄に似たせいで、不愉快な思いをしてきたな。あれは赤い目だったのは間違いないが」
吐き捨てるような苛立たし気な言い方だ、オウサマもしかしなくても、ルー・ウルフの事嫌いか。
王様争いで、貴族が敵対してたかもしれないし、あり得る。
そこで何か思いついたらしい。陛下はにやりと笑った。
「あれは名前も捨てて新しい人生を、送りたかったのかもしれないな」
「……ちなみに何て呼ばれてたんです、お城では」
「スヴィエート」
「……違い過ぎません?」
「どちらも、輝くや光を意味する、異国の古い言葉やうちの古典だ」
「あいにくどちらも知る機会など、一生来ない物でして」
紙袋を渡されたから、中身を取り出しむしゃむしゃと食べる。ルー・ウルフがお気に入りのお店のだ、多少覚めても味に間違いはなし。
と思っていたら、半分食べたら横取りされた。
「え」
「お前は無警戒に食べるな。これの中に毒が仕込んであったらどうする」
「食べ物侮辱すんじゃねえ、一生食べ物に困れと呪いながら死にます」
「……」
「あたしみたいに、今日の食べ物だってぎりぎりで生きている人間からすれば、食べられる物にそんなふざけたもの仕込むやつは、万死に値しますね! こっちがどんだけ食べ物に苦労しているか! なのにそんな真似をするやつの正気が知れません」
言いつつ二つ目が入っていたから、それをかじる。奪われた方はどうするかって? あたしはコロッケを奪い返し、コロッケ自体が崩れて食べられない方が嫌だった。
コロッケは崩れやすいんだ。
「思いもよらない解答だな。……そんな事を思う人間が、食べられる物を毒物にするわけがないということか」
「最初からそう言ってますよね。コロッケご馳走さまです」
「……おい」
「はい?」
「これは、うまいな」
「おいしいものは、脂っこくてお砂糖が入っているんですよ!」
断言したら、陛下はにいと笑った。
「お前は、奇天烈な女だ」
「生活基盤が違うので」
陛下は、食事の時間は誰かが呼びに来る、とそれだけ伝えて去って行った。
去り際に、忠告もされた。
「かまどに寄りかかって寝るな。寝る時は寝台に行き鍵をかけろ」
……親切なのか不親切なのかわからない人だな。目的は何だろう……