29 王様、部屋ひろい!!
かまどのある部屋、別に普通の部屋だった。そこは普通に暮らせる部屋で、綺麗な部屋だった。
てっきりもっとぼろっちい場所に押し込められるのかって、思ったけど。
ここに至るまで、結構な距離を歩いてきたけど、本当にここはどこだろう。
「ここはどこです?」
「お城の一角です。警備上の問題で、場所をどこと詳しく言う事は、出来ません」
案内した人はそう言って、あたしをじろじろと見た。
「本当に、学校の方で問題になった娘とは、違いますね……」
「あ、分かってくれますか! もう誰もかれもがあたしをねーちゃんだと」
「品がない」
「……」
「作法が為ってない、はっきり言って陛下にあんな口を利くあたりで、これの底辺さはよく分かりました。あの策士な娘とは大違い。頭の中身がちゃらんぽらんなのは丸わかりです」
言う人だ。でもねーちゃんは男爵家で一応作法とか習ってたんだからな。それと全く知らないあたしを比べても、意味ないと思う。
でもな、別人って分かってくれる人、うれしい。
「何をにやにやしているんです」
「そんな違いだったとしても、別人! てわかってくれる人はうれしいもんですよ。今までねーちゃんのとばっちりで痣が出来たり傷が出来たり、暴力振るわれたり家をめちゃめちゃにされたり」
指を折って数えていくと、案内した人は沈黙した。
「似ているだけで、とばっちりを?」
「本人と勘違いされてです。時と場合によっては、違いを主張しても暴力ですよ」
「…………」
案内した人は、そんな事思ってもみなかったらしい。呆気にとられた顔になった後、つっけんどんに鍵を渡してきた。
「一応、寝室への鍵だけ渡します。寝る時はきちんと鍵をかけておくように」
「寝室そこじゃないんですか」
あたしはかまどの上を指さした。うちだったら一番温かい特等席だ。しかしこれも、その人をぎょっとさせたらしい。
「は、かまどの上!? あなた一体どんな生活をしてきたんです? 相当貧しくないとそんな所では」
「あたし貧乏だけど」
「……魔女は貧乏なんですか?」
「かーちゃん、あ、魔女がですよ、師匠から、救える技術があるのに救わないのは、失格、みたいな風に教えられたらしいので、うちは結構安い値段で薬売ってるんです」
あたしは部屋を見回し、ならどこに寝台があるのか、と探しながら続ける。
「商人の方におろす値段も、ねーちゃんがやらかした事があって、相当安いし、買わなきゃ手に入らない材料の事を考えると、毎月かつかつで暮らしてました。医者の連中が毒だ何だって言っているやつ、あれは王様にも言ったけど、冬のじゃがいもも買えない時に掘ってきて食べる、本当にお金が手に入らない時のご飯なんです」
「……じゃがいもは、このあたりの食べ物の中でもひときわ安いものでは」
「あれだって高いと思う人は高いんですよ。うちは、毎日じゃがいもじゃがいもじゃがいも! ふかすか茹でるか焼くか煮るか! 油で揚げるなんて高級なもの出来ないし、だいたい毎日じゃがいもとちょっと青菜と脂身の欠片」
黒髪の彼は、しばし固まっていた。
「君はそんな生き方で、そんなにもまっすぐに育ったんですか」
「まっすぐって何? あたしの生き方はこうってだけ。かーちゃんが育てたとおりに育っただけ」
本当に寝台見つからないな、どこだろう、聞くしかない、と思って顔をあげると、彼は額に手を当てた。
「……私たちは、魔女の娘を、見間違えていたのかもしれませんね」
「間違うほど見ていないでしょう。すみません、寝るとこがかまどの上じゃないなら、どこですか? それと家が貴族のお嬢さん集団にめちゃめちゃにされたあと、お世話になってたおじさんの家に、誰か連絡は入れてくれますか? お城にいる事くらい、ルー・ウルフに教えないと、すごく心配される」
「ルー・ウルフ?」
「ねーちゃんと一緒に追い出された王子様の名前です、まさか知らないんですか?」
彼はにこりと笑った。
「思いもよらない名前だったからですよ。彼と友好だとは思わなかった。寝台はこの扉の向こうですよ、覚えてくださいね」
なるほど。ねーちゃんの被害に遭った王子様が、その妹と友好的な関係だとは思わなかったのか。
きっとこの人は、まだルー・ウルフがねーちゃんに夢中だと思っているんだろう。
そこは、本人を見ないと納得しないだろうから、教えなかった。
ただあたしは、言われるがままに、扉を開けて、さらに奥の扉の中にある寝台に、うわ、大きい……と呟いた。
「ここって一人で三部屋も使うんですか」
「あなたの安全上の問題で、ここになっただけですよ。あなたを恨む人間も、あなたの姉を恨む人間も、そこそこ出て来てしまっていますからね」
あたしはさっきの事で、医者の連中に恨まれているからな。ねーちゃんはあれだし。
ここしかなかったんだろう、ちょうどいい場所が。
納得して、彼は去って行った。
あたしは、殴られたり掴みかかられたり怒鳴ったり、で忙しかったな……と思いつつ、かまどにもたれかかった。
そしてそのまま、うとうととまどろんでしまった。