27 かーちゃん、誘拐された!
ここから大きく話が変わります。
医者の薬、といってもあたしが処理した木の根っこを使用しただろう、薬が効果を発揮して、貴族の男の人たちが快方に向かっている。
おじさんたちの部下は、皆似たり寄ったりの話を持ち帰ってきたそうだ。
だからあたしは油断した。
今まではあまり外に出ないように、していたけれど、薬が効果を発揮しているんだから、あたしを用済みだとか思って、命を狙ったり危害を加えたりする人はいないだろう、って、思ったんだ。
だいたい、あたしは、何も力を持っていない女の子だ。
あたし一人で、それは自分の探してきた素材だ、使うことを提案したのは自分だ、自分が処理の仕方も編み出したのだ、なんて言ったって、信じてもらえない。
お医者様と言う肩書の集団が、自分たちが発見したと押し通せば、皆そっちを信じるってのが世の中の道理だ。
向こうもこっちが、そういうことを言わないだろうと思っているに違いないし、自分の安全を考えれば、絶対に言えない。
いくらおじさんたちが守ってくれていても、おじさんたちがあたしに正体をきっちり説明してくれない以上、その力を推測して、虎の威を借る狐のような状態になるのは、無理だ。
そんな風に考えて、あたしは、すごくすごく悔しいし、かーちゃん牢屋から出してもらえないし、屋敷の中で、不安でいっぱいな感情を丸出しっていうわけにもいかないから、外に出たんだ。
途中何度か、すれ違う人たちに、大丈夫って聞かれたから、本当にひどい顔をしているんだと思うと、またいたたまれなくなって、一層足早に、屋敷を出て、大通りに入った。
それが失敗だったなんて、思ってもみなかった。
外に出たのだから、あちこちの町の人からうわさを聞いて、それに夜のお姉さんたちの所に話を聞きに行こう、と背中に薬箱を持って歩いていたんだ。
背中の薬箱の中には、かーちゃんお手製の薬の残りが入っていて、これらは夜のお姉さんたちがよく買って行くものだった。
ああいったお店だって、薬師たちがみんな牢屋の中だから、きっと薬も足りなくて困ってる。もしもかーちゃんがあたしだったら、売りに行ったに違いないから、背負っていたんだ。
町のなかだし、人々が行きかっているし、まさか襲ってくる奴はいないだろうって思ったんだ。
普通そうじゃない? 一体どこの誰が、町の中で、真昼間から女の子を襲う。
これが人通りの少ない、薄暗い危険な道だったら分かるけど、あたしが通ったのは安全だろう大通りだ。
顔見知りだって多い通りだった。
そこまでの危険は、どう考えたってなかったはずだったのに。
いきなり、本当にいきなりのことだった。あたしは脇を通っていく馬車に泥水をかけられないように、ひょいと距離を置いた。
その時。
馬車がいきなり止まったと思ったら、扉が開いて、あたしはその扉の中に引きずり込まれていた。
「!!」
何するの、と大声を出そうとしたあたしの口は、素早い動きで布を押し当てられて、もごもごという全く音にならない声しか出せなくなる。
え、え、え!?
馬車に目を付けられる理由が分からない。
馬車にさらわれる理由が分からない。
何から何まで理由が分からなかったのに、馬車の中の男は、あたしを見て、あたしを手際よく縛り上げた男の人に告げた。
「本人だな」
「間違いなく本人です。あの屋敷からこの道まで歩いてくるのを確認しました」
ちょっと待て、それってあたしの跡をつけていたって事なの?
何が目的で、それとも今回もねーちゃんのとばっちり!?
あんなに殴られるのは、本当に嫌だ。何とかじたばたと拘束を逃れようとしたところ、あたしはお腹を蹴飛ばされた。
余りの痛みに動きが止まる。動けない相手の腹なんて蹴るか普通!?
そのあたりで、この男たちがろくでもないのは、ほぼ確定した。
ごとごとと馬車が進んでいく。馬車の床に転がされたあたしは、外を見ることもできないけど、道の音の感じからして、どんどん整備の整った道に入っていくのはわかった。
きっと高級住宅と言われそうな区域……お貴族様区域とか、に入ったんだ。
ますます目的が分からない。
あたしの手持ちの情報では、ねーちゃん関連としか思えない。
まてよ、まさかねーちゃんに恋人を奪われた婚約者たちが、またあたしをねーちゃんだと思って……
それとも、頭の中身も回復してきたという貴族の坊ちゃんたちが、あたしに金を返せとか貢いだものを返せとかいうために……?
どっちにしても嫌な未来しか見えない。
あたしはそのままじっとしていた。これ以上蹴飛ばされると、本当に、肋骨が折れると思うんだ。
かーちゃんいわく、肋骨って結構折れやすい骨らしい。とーちゃんは年がら年中骨を折る大怪我をしていたから、詳しくなったとか言ってたよね……とーちゃんはなんでそんなに骨折ってたんだ? 今更のように疑問が頭に浮かぶ。
そして、男の一人が三回目に懐中時計を確認した時、やっと馬車が止まった。
「着いたぞ、運べ。運んだら金を渡す」
「了解しました」
馬車の扉が開かれる。そこから見えたのは、どこかのお屋敷の裏口っぽい場所だ。表玄関じゃないと言うところからして、あたしをまともに連れてきた、という感覚はきっとない。
悪い事している自覚があると見た。
あたしはそのまま、あたしを縛った屈強な男に、荷物のように担がれて、そのお屋敷の中に入る事になった。
お屋敷は、裏側だというのに設備などもしっかりしているみたいで、隙間風が吹いているとかは、なさそうだった。
おじさんのお屋敷とも、見た目がだいぶ違う。
もっとお金持ちっぽさが出ている。
この家はどこの誰の家なんだ、というかだれが何の目的であたしをさらって来たんだ。
何度目かわからない疑問を頭に浮かべて、あたしは運ばれていった。
そしていくつかの通路を進み、途中で迂回するように別の通路を進み、この通路が本物の裏方用の通路だと知ってしまう。
使用人は表側にあまり出ることがないように、と意識された通路とかだ。
実際に扉から出入りする人達を見ていると、表側の見えないところに、扉が配置されているんだろうな、と想像できる。だって全員が使用人みたいな恰好をしているから。
使用人たちは、男女関係なくあたしをきっと睨み付けている。
嫌われているな……と言うのが丸わかりだが、あたし彼等に何かした覚えは、本当にないんだけど。
そして、担がれているのも辛くなってきた頃、目的の場所に到着した。
男が扉を開ける。
そこから、誰かが許しを請うような声が聞こえてきた。
「陛下! 我々は魔女の娘に騙されたのです! 魔女の娘は、我々に毒の木の根を教えたのです!!!」
「それでもお前たちが、王子たちに毒を盛ったという事実は消えないぞ!」
「お許しくださいませ、我々もまさかあのような状況で、魔女の娘が腹いせに毒を教えるとは……!!」
色んな人の声が聞こえてきているし、野次馬らしき、誰かを罵倒する声も聞こえてくる。
……これって、あたしから木の根っこを盗んだ人たちが、何か失敗して、変な物作っちゃったのを、あたしの責任にしている?
おいふざけんなよ、作業の途中で丸々盗んでったのお前たちだろ!
担がれていても怒鳴りたくなるのに、あたしは猿轡で全く話せない。
「陛下」
男が声を発する。あたしは担がれいてるので後ろ向きの状態で、その声を聞く事になった。
そこは表側の空間で、とてもきらびやかで華やかで、きんきらきんだった。お金持ちの中のお金持ちって感じで、そう言えば陛下……って陛下……まさかオウサマ? ここお城!?
やっとそこに気付いてしまったあたしとは違い、あたしを連れてきた男たちは言う。
「お望み通り、魔女の娘を発見し、抵抗したので拘束し、連れてまいりました」
「さすがわが有能なる部下たちだ。あとで褒美をつかわす。さて、魔女の娘をおろせ」
「この娘、なかなか暴れますが、よろしいのですか?」
「程度が過ぎたならば、衛兵に押さえ込ませればよし、刃物や毒物は持っていないだろうな?」
「小指ほどの小刀しか持っておりませんし、もっていた薬箱なども取り上げましたので。担いでみた所、何かを仕込んでいる様子もありません。……仕込んでいたならば、形勢も逆転されたかもしませんが」
担いでいた男が面白そうに言う。だから担いだまま、あちこち歩いたのだろうか。何か隠していないか、調べるために。
確かに担いで前後左右に揺らせば、変な物を隠していた場合、異物感とか変な音とかで気付くだろう。
あたしはそこで、やっと担がれていた肩から降ろされて、大勢の前に引きずり出された。
眩しい。目を細めてなんとか、視界を調整していると、いろんな声が聞こえてきた。
「魔女の娘は市井に追放されたと聞くが、こんな事をするとは」
「やはり国外追放をしておくべきだったでは」
「殿下も、こんな女に騙されて同じ道をたどるとは」
そう言った声のどれもが、あたしをねーちゃんだと勘違いしている声だった。
どこまでねーちゃんは、あたしに迷惑をかければ気が済むのだろう。
あたしはずるずると引きずり出されて、座り込んでいる体勢を、少しまともにした。