25 かーちゃん、もうあきらめなきゃいけないの?
暗い展開続いてますが、ちゃんと明るく戻ります!
絶望で眠れないかと思ったけど、あたしは思っていた以上に図太く、しっかり眠れた。
そして明るい朝日で目を覚ますくらいに、本日の天気はいいみたいだ、これなら木の根っこ掘りも進むだろう。
こういう風に天気が良くないと、欲しい分だけ掘ったりは出来ない。荷物も多くなるし、傘とかを持ちながら、木の根っこって掘れない。両手で鍬を持っていたら、誰が傘さすの。
それに木立で傘をさすのは、至難の業だと思う。結構あちこちに引っかかって、傘を直ぐだめにしそうだ。
やった事ないけれども。
あたしは起き上がって、数日の間になれた台所の手伝いをした後、おじさんと一緒に朝ご飯を食べるため、廊下を進んでいく。
そこで使用人の人達が、あたしに声をかけてきた。
「おはようございます、今日はよく晴れましたね」
「絶好の日和ってやつですよね、これなら作業がはかどりそうでうれしいです」
「そうですよね……王宮勤めの知り合いから聞いた話なんですけど、王宮関係者の皆さんには、また新しい薬が配られたそうです。これまでどんな薬もあまり効果がなかったから、皆さん半信半疑らしいですけど……これヴィルさんに関係ありそうですか?」
「中身に寄りますよ、薬ってだけなら、何か良い解毒剤みたいなものを、どこかから仕入れただけかもしれませんし」
単純に、持ち出し禁止の薬だけを何とかしようとするなら、解毒剤を異国から取り寄せることもあると思う。
たまに劇的なくらいに効果を発揮するものが、手に入ったりするともかーちゃん言ってたし。
それだけの話で、木の根っこを盗んだ人たちが、薬だと言って出すとは言い切れない。
薬の出所もわからないし。
「ですよね。酷い状態になっている人の家族は、もう片っ端から薬を試しているとも聞きますし」
「そうなんですか」
ダニエルの家もそうやって試しているんだろうか。
後で聞いてみてもいいと思う。
「そうだ、今日の朝ごはんは何ですか、いつも知らない料理が出て来るので、ちょっと説明が聞きたいです」
話題を変えるべく、あたしは配膳の人に聞いた。彼女は顔をほころばせて答える。
「さあ、今日は焼いたパンの上に卵を乗せて、ソースをかけた旦那様お気に入りの朝ごはんですよ。これは奥様の故郷の料理で、奥様はよく自ら台所に立って、これを作ったものです」
「それって複雑じゃないですか」
死んだ奥さんとの、思い出深い料理なんじゃないか。それを食べさせるって、どうなんだろう。
おじさんがちゃんと立ち直っていて、前を向いていて、精神的に打撃を受けないなら大丈夫だけど、そうじゃなかったらきつい料理な気がする。
あたしの疑問はすぐにくみ取れたんだろう。配膳の人が頷いた。
「いいえ、旦那様が、ヴィルさんにも食べてほしいと言って注文してきたのです。きっと少しだけ、奥様達のことから前に進めるようになったのだと」
そういって嬉しそうに笑う配膳の人と一緒に、あたしは食堂に入った。
やっぱりおじさんは一人で座って待っていて、今日はいつもと違って報告書みたいなものを読んでいた。
何枚も重なっているから、結構な時間それを読んでいたんだろう。
あたしたちに気付くと、おじさんは笑った。
「おはよう、ヴィ。今日はいい天気だから、君のやりたい事がたくさんできそうだ」
「はい、絶好の日和です。これ位天気が良くないと、半日がかりの作業ってできませんから。途中でどうしたって山道登りますし」
「誰か手伝いを一緒に連れて行こうか」
「それは好ましくないです。……全部掘りつくされたら、来年あたしはどうやって冬のひもじい時期を乗り越えるんですか?」
「そう言う物なのか」
「そうですよ、全部取って行ったら次の年、生えません」
言いつつ席に座ると、配膳の人がご飯を並べ始めた。
ご飯をちゃんと食べて、やっぱりこのお家はお金持ちだって改めて実感して、あたしはかごを背負って準備をする。
靴だってちゃんとひもを締めたし、靴底の滑り止めの確認もした。
「これでいいんだろうか」
「とりあえず山道登る靴だから大丈夫。雨上がりって落ち葉が濡れて滑るんだよね……崖から落ちないでよ」
「善処する」
だいたいあたしと似たような格好になった、元王子様。彼は鍬を見て、うまく使える自信がないと言った。
「使えなさそう、だったら荷物持ちね」
「それでいいんだろうか」
「もっと余裕がある時に、色々教えるからいいよ」
あたしの言葉に、彼は救われたように笑った。やっぱり友人のお兄さんのことは、心配してもし足りない位なんだろう。
「ダニーの兄さんは、状態が悪化していないだろうか」
「悪化する薬があるとは思えない。結構最悪に近い所まで行ってそうだもの」
「ダニーが焦って、妙な薬を飲ませないといいんだが」
「そこはダニエルの理性にかけるしかないと思う。誰だって、助けたいから藁にも縋る思いってのをするでしょ」
「そうだった」
「だいたい、木の根っこスープが確実に効果を出すとは、言えないわけだしさ」
あたしはそういって、家から持ち出した背負いかごを背負いなおした。
必要な物を全部そろえて、あたしはルー・ウルフだけを連れて、毎年木の根っこを取りに行く地点まで、山を登り始めた。
下町も通らないように、よくよく注意したのは、誰かに見られて変な噂が立たないようにだ。
今回のことであたしも学習したのだ。
見られても平気な、疚しくない事でも、見られた結果大変な事になる場合があるって。
いつも通りの山道を入ったあたしは、そこで違和感を覚えた。
数分進んで、足が止まる。やっぱり変だな、と思うのはどうしてだろう。
「ヴィ?」
「ごめん、さっきから変な感じがしてしょうがないんだ。何でだろう」
「熊とかが出そうなんじゃないか?」
「そう言った気配だったら、もう痕跡見つけるはずなんだ。獣じゃない痕跡があちこちにあるような」
言いつつあたしは、足元にたばこの吸い殻が落ちているのに気付いた。このあたりのたばこは、煙管にたばこ草を詰めて燃やすもので、その燃え残りは一見してそうだとわかる。
たばこの吸い殻や、誰かが無差別に木の根っこを調べたような痕跡。
間違いない、誰かが、山に入ったんだ。
山に入るだけなら、誰でもできるし取り締まりだってない。
事実、たまに人と出会って、挨拶して、このあたりの獣の情報を交換する時だってあったのに、なんで今回に限って嫌な予感がするんだろう。
「誰かが結構大勢で、このあたりを進んでったんだろう」
あちこちを見て、木などを調べて、ルー・ウルフが言い出す。
「大勢だとかわかるの」
「追い出される前に、狩りに参加したことが何回かあるんだが、やっぱりこんな風にあちこちの枝が折れていたりした。靴跡が残っていたりもした。……たばこの吸い殻が無造作に捨てられるのも、見た事がある。この数だから結構な人数の男が、通ったはずだ」
「どうしてこの道を通ったんだろう」
「イヌを使ったんだろう。誰かわからないが、何かの匂いをたどらせたんだと思う」
ルー・ウルフがあたしの知らない物をみて、知らない事から推測していく。
「もう少し、ヴィのいつも木の根っこを掘る場所まで行ってみよう」
あたしはそれに頷いた。
いつも通りに進んでいくと、ちょっとだけ開けた場所になる。そこは、あたしが毎年木の根っこ堀利をする事で、背の高い植物が少ないから、明るい場所だった。
そして木の根っこは明るい場所が好きだから、そこによく生えるんだけど……
「なにこれ」
あたりは一面無茶苦茶で、いろんな木が打ち捨てられたように倒されていて、そして土は掘り返されていないところがないって位だった。
そして、それはある事実を見せていた。
「このあたりに生える木の根っこ、全部持っていかれた」
かーちゃん、あたしどうしよう。
余りの事にあたしは立っていられない位の衝撃を受けて、へなへなと座り込んだ。
これはおとといの泥棒よりも信じられなかった。
だって、普通、そこまでする?
「ヴィ、まだあるかもしれない、探そう」
「駄目だよ、もし残っていたとすれば、来年のために残しておかなきゃいけない分だ」
「だが」
「来年飢えて死ねって?」
「……だが、探さなければヴィザンチーヌさんを助けられないだろう!」
「……っ」
そうだ、かーちゃんを助けるのだ。……でもそれは、許される事なんだろうか。
根こそぎ持って行く事は、許されるんだろうか。
そう思いながら、あたしは出来る限り、その場所を調べて、木の根っこが残っていないか探した。
でも結果は空しく、根っこは一つも見つけられなかった。