24 かーちゃん、どうすればいい。
解毒できるかもしれない木の根っこが、全部盗まれた。
その報告を聞いたおじさんは、直ぐに部下に指示を出した。
誰がそんなことをしたのか、調べてくれたのだ。
かーちゃんの命がかかっているから、おじさんもほかの事を脇に置いて調べてくれたらしい。
そしてその日の夕方には、色々な事が分かってきて、あたしはそれを食堂で聞く事になった。
「誰が盗んだんです、あれを」
食事が運ばれるのを待てなくて、あたしはおじさんに問いかけた。
おじさんはなんとも言えない顔をした後に、答えてくれた。
「誰、ではなく誰たち、ということだ。……何人か、呼び出しに答えない医者がいた」
どうやら、スープの作り方の途中までを教えていた医者たちを、親戚のおじさんが呼ぼうとしたところ、連絡がつかない人が複数いたらしい。
大きな袋を持った使用人を連れて、歩いている所を見たという近所の人もいるそうだ。
砕きかけの木の根っこは、大きいから、大きな袋に入れるかもしれない。
中身がなんだか迄は、近所の人たちもわからなかったそうだ。
でもあたしは、何人もの人間が、それもお金持ちだろう医者が、泥棒をした事が信じられそうになかった。
現実として盗まれた。
事実として砕いた木の根っこはどこにもない。
盗まれる以外に考えようがないじゃないか。
「医者ってそんなに、ろくでなしばっかりなの」
話を聞いて、一番初めに出てきた言葉はそれだった。
そんなにろくでなしばっかりいたわけ。
……作り方の途中までを聞いて、盗むような人間が複数も。
あの後、いろんな事をしなければいけないのに、途中まで聞けば問題ないとか思って、自分の都合で盗む人ばっかりとか、医者って職業けっこう薬師より怪しいんじゃないか。
「……いくつか聞いて回ったところ、連絡の取れなくなった医者たちの共通点として、城に一度、声をかけられていたという事があるそうだ」
「声って」
「今回のための治療薬を作れないか、という相談らしい」
「待って、なんでそんなことわかるの?」
そう言う相談を、おおっぴらにしたとは思えなかったのだが、そこはおじさんの部下たちの、腕の見せ所だったらしい。
「医者にだって使用人はいるし、通いの家政婦がいたりもする。さらには人間として数えていない類の使用人もいたりするからな。彼等に聞き込みをすると、色々分かったりする」
親戚のおじさんは深い溜息を吐いた。
まさか自分の紹介したい者たちが、そんな事をするなんて思いもよらなかったんだろう。
ある程度は信用していたに違いない。
あたしだってこんな真似をするとは思わなかったんだ。
普通盗むか? 途中までしか聞いてないのに。
そうなると、医者たちが城のお使いになんて返事したのかも、重要な気がしてきた。
「で、その医者たちは何と答えていたのですか」
ルー・ウルフが問いかける。おじさんは眉間を指で叩いた後に、苦々しい声で言った。
「調べる時間はかかるかもしれないが、必ず作ると言っていたらしい。薬師たちが集められてからは、早くできないのかとせっつかれてもいたそうだ」
きっと、薬師たちが軒並み作れない、と言った事で、余計に圧力はかかっていただろうと考えるおじさん。
そんな事情はあたしには関係ない。
「あの後色々やらなきゃいけない事とか、見極め方とかあったのに」
それを間違えたらとたんに、食べられなくなるのに、彼等は話を聞くことを止めたのだ。
毒の抜きかただけ聞けば、いいとでも思ったんだろうか。
……思ったかもしれない。あたしが大変な作業を終わらせたあとの、木の根っこは魅力的に見えたかもしれない。
でも、勝手に持って行かれたら困る。
「あれはまだまだ、食べるための手間があったのに」
「……それを抜くとどうなるんだ」
「わからない。手間を抜いた事が無いから」
食べられなくなるかもしれないのに、手間を省いたりしないもの。
「連絡のつかない医者たちは、医者の連合の方に声をかけて、聞いてみる。本当に申し訳ない、君が一生懸命にしてくれたのに」
「かーちゃんを助けたいからですよ、かーちゃんをあんな暗闇の中に入れておくなんて、あたしにはできないから、考えて考えて、もしかしたらと思ったのに」
あたしが作らなくても、かーちゃんは牢から出してもらえるだろうか。
惚れ薬を使っただろう娘の母親なのに?
そう考えると、お城の人たちが、かーちゃんを外に出すという希望は、見えそうになかった。
「ヴィ、また木の根っこを掘りに行こう、私も手伝うから」
どん、と絶望が重く胸にのしかかる中、ルー・ウルフが一生懸命に慰めてくれる。
あたしは、この人は本当にいい人だな、と思って頷いた。
「じゃあ、明後日行こう。雨が上がった後は、土が柔らかいから、手ごたえはちょっと重いけどよく掘れるんだ」
そのたった一日の間に、もっと事態が悪い方に進むなんて、この時思ってもみなかった。
木の根っこを盗んだ人たちが、やらかした事は、あたしにとって致命的な事を引き起こしたのだ。