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22 かーちゃん、でもあたしはやるよ。

「やってみる価値があっても……薬自体の調合方法が分からないだろう」


ダニエルの言葉はもっともだ。でも一つだけ、試していい物があると思った。


「うちで毎年冬になると、その木の根っこで作ってるスープがあるんだよ、それを飲むと、どんな風邪でもすぐに治るとんでもないスープ。ただし味の保証はしない」


毎年季節になるとたくさん作って、ご近所さんに配り、かーちゃんが体の調子を崩している人の家に押しかけて、薬と一緒に強制的に飲ませてるあれだ。

ねーちゃんの大嫌いなスープ。

でも、味はともかく薬効は相当あると思うのだ。毎年飲んでいるあたしは、風邪ひかないし。

それに、ルー・ウルフの涙を入れてみて、ダニエルの兄に飲ませてみるってのは、悪くない方法なんじゃないかって思うのだ。

あのスープ、煮込んでる途中で湯気が目に入ると、すっごい涙出て来るし……うちのスープは時々涙が数滴は入っている……やって損はないんじゃないかって思うのだ。


「ヴィが昨日言っていたスープだろう、確かに薬は煮込んだり刻んだり、色々な手間が必要だとは言うが……それでその、ヴィザンチーヌさんの求めていた薬が出来ていたかどうかは」


「だから試すんだよ」


「待ってくれ、兄を実験に使うつもりか!?」


「使わないっての。最初はあたしが飲んで毒見する」


それで毒性がなかったら、兄に飲ませても問題ないんじゃないか、と言った時にルー・ウルフが、なんとも言えない顔になった。


「ヴィ、君がそれで死んでしまったら、誰も薬を作れる人がいなくなる」


「そしたらそれこそ、かーちゃんの出番でしょ、薬の材料がそろってて、調合方法が分かってて、本当に完璧なのが作れるのは、実際にはかーちゃんだ、でもそのかーちゃんを牢屋なんかに閉じ込めてるんだから、あたしがやるしかない」


きっとかーちゃんは、あたしにそれを作る必要はないと言うだろう。

お前を痛めつけた女のために、助けに入るのか、と聞くに違いないのだ。

でも、あたしは、知ってしまっている。

ダニエルがルー・ウルフの、あたしの家族の友人で、とてもとても兄が大切で、助けたくてたまらないのを知ってしまった。

ただあのふざけたお嬢さんたちのため、だったらあたしだって絶対に作らない。

でも、家族の友達の兄だ。

助けてもいい理由がそこにある。

あたしの手に余るものだったらそれこそ、王様なりなんなりを貴族たちが説得して、かーちゃんを牢屋から出して、本物の正しい薬を作ってもらうべきだ。

正直に言えば、完全な解毒剤が作れる自信はない。

でも、あのスープだったら、かーちゃんよりあたしの方が上手に作れる。かまどを使えるようになって毎年、あれを作っていたのも、下処理をしていたのも、まともな味に近付けるための研究をしていたのも、あたしなんだから。

あのスープだけは自信があるんだ。あたし。


「まあ、作るのは毎年のおなじみのスープに、ルー・ウルフの涙入れただけのものなんだけどさ。飲ませてみて、回復の兆しがあったら、毎日飲ませて、様子見るってのはいいと思うんだ」


かーちゃんは解毒剤の調合方法調べろって言った。つまり調べなかったら見つからない方法だという事で、そう言った物を調べるのは、それを職業にしている医者たちだ。

涙入りスープが、完成品だとは思わないけれども、少しでも改善するとわかったら、時間稼ぎにスープを飲ませて、ちゃんとした薬の作り方を見つけてもらう方がいいと思う。

それとも、単なるスープでは、効果が薄いだろうか?

飲ませないよりましだと思うのは、あたしだけだろうか。

主に毒だしの方向で。

血の中の惚れ薬を排出させるという方向で。


「様子見とは?」


「時間を使って体から毒というか、惚れ薬を出させる。毒素でお腹下したって、毒を出すだけ出したら回復するでしょ、貧乏人はその前に体力が間に合わなくて死ぬけど。ダニエルの家はお金持ちの貴族なんだから、滋養のあるもの食べさせられるでしょ。スープで状態をましにできれば、本当の解毒剤見つけるまでの時間稼ぎもできる」


「……君はそれを見た事があるのか」


「下町じゃ定期的にそう言った病気が流行るからね。医者に診てもらえないような貧乏な人たちが、うちに駆け込むのが間に合わなかったら、死んだりする。あと、助けを求めることもできない環境だったら、死ぬ」


あたしにとって、死と言うのはとても身近なのだ。たぶんルー・ウルフやダニエルよりも、ずっとずっと身近だ。

薬師の娘ってのは、そう言った物を身近に見る子供でもある。

とくにかーちゃんは、死にかけた人を助けに行くために、あたしに材料を背負わせて、冷たい風の中走り回ったりしたんだから。

命が軽くて重いのを、あたしはよく知っている。


「……考えた事が無かったんだが、医者はどうしてそんなに、下町の住人を診ないんだ」


「お金がない。お金を出せない。医者に儲けがない。どっかとのコネが出来るわけじゃない。仮に助けても使った薬の代金分を支払えない、下手したら夜逃げして踏み倒す、……医者が使う薬の材料は、医者の連盟が値段を決めているでしょ、値下げとか滅多にない。だから医者の薬は値段が下がらないから、医者自体が高額になるんだ」


「商人たちが売っている薬は値段にばらつきがあるが」


「それは、薬から買っているから。薬師は医者の作るくすりと同じものを作っちゃいけないって決まりがある。だから似た材料で、もっと安価な物を使ったり、秘伝の組み合わせだったりを駆使して薬を作る。他の地方の薬を作ったりね。だから値段に差が出る。かーちゃんは東方の薬に関するものを徹底的に学んだから、医者に睨まれない材料で、いい効果が出る薬を作る。でも、やっぱり、医者が使う材料も必要になったりするから、うち貧乏」


ねーちゃんが起こしたという賠償金問題は言わなかった。言ってどうする。

それに、嘘は言ってないから大丈夫だ。

ただこの事実は、元王子様とその友人が黙ってしまう物だったらしい。


「だから医者は儲かるのか……」


「だから医者の看板を、下町では見かけないのか……」


「これはあたしの推定だけど、医者の薬で手に負えないから、その他を知っている薬師が呼ばれたんだろうね、でもそれでも作れないから、ひどい目にあってる」


歩く惚れ薬の力が強力すぎたんだろう。

さて。


「これから家に戻るよ、昨日採った根っこ取りに行かなきゃ。おじさんが言うに家は荒らされまくってたらしいけど、使い道の分からないゴミ屑みたいな木の根っこを盗む、物好きはいないはずだから、きっと家に残ってるんだ」


おじさんの部下たちだって、ゴミだか何だかわからないから、処分だってしてない。

あたしの言葉に、二人は頷いた。




結論から言えば、木の根っこはかごの中に放り込まれっぱなしだった。昨日、ごはんを食べたら下処理をする予定で置いておいたんだ。

あたしはかごを背負って、誰かに因縁をつけられる前に、大急ぎで家を出た。

ついでに隣の家の扉を叩いておく。

隣の奥さんが、あたしの顔を見るや否や抱きしめてきた。


「ああ、ヴィ! 昨日おかずのおすそ分けをしに行ったら、家がめちゃめちゃで! あなたになにかあったんじゃないかって旦那と心配していたの! 無事でよかった、向こうのおじいさんもお婆さんも、向かいの奥さんも、あなたが帰ってこないから、三日たっても来なかったら山に探しに行こうって」


「そこで何で山が……」


「あなたが山で、魔女の喜びそうな物を見つけすぎて、取るのに夢中で帰れなくなったんじゃないかって話になったのよ。あなた前にもそう言ったことしたでしょ」


「あーそれは、三年前じゃなかったかな、あれは懲りた」


「でもよ! この寒くて厳しい季節にしか取れない、珍しいものがあるって魔女が言っていたんだから」


あああなたが無事で本当に良かった! という奥さんに、あたしはご近所への託を頼んだ。


「あたし今、かーちゃんの親戚の家にお世話になってるんだ。家は親戚の人が掃除に手を貸してくれるって言ってた。戻れるのがいつか分からないけど、また顔出すから」


「……魔女の親戚って、あの大きな屋敷の?」


「そうそう」


「だったら、あの戸締りもできなくなっちゃってるお家より安全ね! いいわ、伝えておくからこの奥さんに任せなさい!」


最後ぎゅうぎゅうとあたしを抱きしめて、奥さんは様子を見ていたルー・ウルフに言う。


「あなた、ヴィをちゃんと守ってね! 守らなかったらご近所さん総動員で、殴り込みに行くからね!」


「それはとても……恐ろしい」


ルー・ウルフには、ご近所さんの勢いがよく分かってたんだろう。身震いして頷いた。

そしてあたしたちは、家に残っていたわずかな薬の材料とかも皆かごに入れて、お屋敷に戻った。


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