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21 もしかしてが転がっている世の中

言葉も出ないあたしたちの中で、一番初めに口が開いたのはルー・ウルフだった。


「それは入手できないものではないだろうか、不死鳥とは……ここ数百年は一度も目撃されていない、幻の魔物では」


「そんな事は知らないね、とにかく、不死鳥の系譜の涙、それがなければ話にならない。不死鳥の系譜ってのが何を意味するのか、それも私だって知りたいくらいさ」


静かな声で告げるかーちゃん。確かに、解毒薬を作ろうと何年も材料を探していたに違いないから、かーちゃんだってそれがなんだか、分かれば苦労しないし、手に入ればもうとっくに解毒薬は出来ているだろう。


「不死鳥の涙が、いうまでもなく珍品なのはわかるんだが、種もなく増える木の若い根とはどういうことだ? そんな植物があるわけがない」


ダニエルが頭を抱えて唸っている。だがそんな事、かーちゃんが構うわけがなかった。


「恨むなら、人様の家に土足で上がり込んで、挙句の果てに家を荒らして効果もわからない薬を持って行った馬鹿な娘を恨むんだね、私は知らないよ」


「あなたの作った薬だろう!」


「私が厳重に隠しておいたものを、わざわざ探して、勝手に勘違いして飲ませておいて、何を言うんだねこの子は」


「解毒薬が出来ないという事じゃないか! 材料が分かっても、手に入らないんじゃ、作れない、聞かなかった事と同じじゃないか……」


「知らないね、そんなものは。私は隠しておいた。誰も見つけられないように、娘にだって黙っていた物を、無理やり持ってったのはそっちじゃないか」


かーちゃんは鼻を鳴らした後、そうだ、と言った。


「大本の、あんたたちが惚れ薬だと思っているもの、それ自体が惚れ薬じゃないって言っても、聞きやしないお前たちじゃしょうがないか、学習しないんだから」


「そうだ、それなんだけどかーちゃん、どうして、ねーちゃんの見限った男だけ、それが解けるんだろう、どうして、うちに来たルー・ウルフは一番重症だったはずなのに、もう治ってる?んだろう」


あたしの言葉に、かーちゃんは目を丸くした後、不意に微笑んだ。きれいな微笑みだった。


「良く気付いたね、さすが私の娘だ、いい所に気が付いた」


「でも完璧な正解じゃないんでしょう?」


「完璧じゃないね、でも考え方は正しい。もっと考えを煮詰めれば……と言ってもそんなのんびりした事をしていたら、私は殺されてしまうね」


その言い方にぎょっとした。かーちゃんは、ねーちゃんに夢中になる原因が何か、わかっているのだ、きっと。

でもどうしてそれを言わないんだろう。いや、言っても誰も信じなかったのか?


「ねえかーちゃん」


「なんだい」


「あたしが、聞いた事丸のまま信じるって言ったら、かーちゃんはねーちゃんの問題で知っている事、話してくれる?」


かーちゃんはあたしが何を言うのやら、と言う顔をしたけど、やれやれと肩をすくめた。


「これだから、察しのいい子は困るんだ、事実を話さなきゃいけないからね。……ヴィオラに男たちがみんな夢中になるのは、あの子が文字通り“歩く惚れ薬”だからさ」


歩く惚れ薬? 聞いた事のない言葉だ、でもかーちゃんは続ける。


「古い文献の言い方だけれどね、魔力の高い人間の中に、ごくまれに現れる体質なんだ。魔力が常に放出され、それが働く範囲にいる異性を夢中にさせる。魅了の術と違って厄介なのは、当事者たちにかかった自覚が出ない事。呪文じゃないから解除の呪文が使えない事。惚れ薬とは当然違うから、薬で治るものじゃない事」


体から放出される微細な魔力が、近くにいた人に作用して、夢中にさせる。

たしかに言葉は正しい、これは歩く惚れ薬と言ってもおかしくない。


「だからどんな方法を使っても、解毒薬は作れない。どんな腕のいい薬師だってね」


「だが、ルーは回復したぞ!」


「そうだね、まともな頭に戻った。その理由はたった一つ。……ヴィ、あんただよ」


「あたし?」


「これもまた古い文献によるんだけどね、歩く惚れ薬の次に同じ父と母から生まれた子供は、“歩く解毒薬”としての体質を持つんだ」


「歩く解毒薬……」


聞いていて自分のことだと思うと、とても微妙な単語だと思う。


「これもまた文字通り、周囲の魔力を分解する体質でね。歩く惚れ薬の魔力を完全に分解する。歩く惚れ薬が強力であるほど、歩く解毒薬の分解能力も高い」


「だから、うちにいた時、ねーちゃんに引っかかる男がいなかったの?」


「そう。あんたたちの力が相殺されたからね」


「じゃあ、彼女を連れていけば、兄は治るのか、解毒薬なんだろう!?」


ダニエルが思いついたように言う、その希望をかーちゃんは粉砕した。


「あんたの兄貴は薬で可笑しくなってるから無理だろうね。歩く惚れ薬の力は分解できる可能性は非常に高いが、薬の解毒ができるかは未知の領域さ、試した事ないからね」


それに、とかーちゃんが続けた。


「その子を貴族の家に連れて行ったりしてごらん、家の中の魔道具の一切合切が、使えなくなるよ」


「どういう事だ?」


「歩く解毒薬は周囲の魔力を分解して消す。魔道具に付加されている魔法だって打ち消す。貴族の家であればあるほど、そう言った物は多いだろう? そう言った貴重品は軒並み壊れるんだ。実際に、私もいくつか使えなくなったものがあった」


「かーちゃん魔道具買った事あったの」


「家出した時に持ち出したもの中にね、薬を作るのに絶対便利だっていう物がいくつかあったんだ、でもヴィオラが生まれてお前が生まれて、その道具はうんともすんとも言わなくなった」


「……ごめん」


「お前がどこを謝るんだい、謝る事は何もない。ヴィオラだって謝る事はなかったんだ」


「え?」


「お前が生まれる前までね、小さいヴィオラは人さらいに会いやすかったんだ。一目見ておかしくなる大の男もいたくらいね。結果自衛のために魔力が暴走して、うちは借金まみれになったけどね、これだってヴィオラのせいじゃない。そこだけはね。ヴィオラだって好きでその体質に生まれたわけじゃないんだから」


そんな二人を産んだかーちゃんは、葛藤とかがなかったんだろうか。

ちょっと思った事だった。葛藤したに違いないし、苦しんだに違いなかった。

どうして子供がそんな物をもって生まれたんだろうって、悩んだ事だってあるに違いなかった。

あたしの知っているかーちゃんだったらそう思う。


「さて、ヴィオラに夢中になっている男たちは、軒並み本物の惚れ薬で馬鹿になったんだろう、そうなった以上その子の力は作用しないよ。さっさと不死鳥の系譜の涙と、種なしで育つ木の根っこを探して、文献あさって薬を作るんだね」


「あなたは作ってくれないのか!」


ダニエルの言葉に、かーちゃんは睨み付けた。鋭い怖い顔で。


「私の娘に暴力をふるっておいて、よくまあしゃあしゃあとそんな事が言えたね? 娘にひどいことした相手のやった事で、どうして薬を作ってやろうと思うんだ。いくら人助けするために薬造りを覚えたのだとしても、それとこれは違うと何故分からない?」


自己責任だ、とかーちゃんは切って捨てた。それからダニエルがどういっても、かーちゃんの意見をひるがえさせる事は出来ず、面会時間は終わってしまった。

かーちゃんは悪くないけど、王様に逆らって入れられた牢屋だから、出て来る事は出来ないのだとか。

それにしても……あたしは自分の手を見た。自分がそんな体質だなんて思った事はない。その体質で、今までねーちゃん関連の揉め事が起きなかったなんて、そんな事今更知ってどうなるのだ。

ねーちゃんは雲隠れした。歩く惚れ薬は野放しだ。それをどうこうする方法を、あたしは持ってない。

ダニエルは目に見えて落ち込んでいて、ルー・ウルフも何て声をかけたらいいのかわからなさそうだった。

そりゃそうだ、解毒薬の材料はわかった、でも手に入るものじゃない。

衝撃的すぎるだろうな、と思う物ではある。


「ダニー、材料が分かったんだ、誰か何かもっと詳しい事を、知っている知人はいないのか。私は学園に入れないが、学園の教授たちの誰かは知らないのか」


「……わからない、だが、数百年目撃されていない不死鳥だぞ、その涙なんてどうやって手に入れるんだ……」


「ダニーあきらめてはいけない、諦めたらお前の兄は生き人形のままになってしまうだろう」


「生息地さえわからない魔物だぞ、常に大陸を飛び回っているという話もあるくらいの。聞いた事がある特徴というのは、傷があっという間に治るという事くらいだ……」


……どっかで経験した事あるぞ、その現場。

あたしは足を止めた。止めて一回隣を見て、そして、そういえば……と思い出した。

うちが冬に取ってくる木の根っこって、あれ種なくても勝手に生えて増えるよな……取らなかった年そのあたり一面に若い木生えてるよな……

……ルー・ウルフ、傷すぐに治る体質だよな……いや、でも王子様だ、人間だ、不死鳥じゃないと思うんだけど、だけど……かーちゃん不死鳥って断言してなかったよな……系譜って言っていたけど……


「ねえ」


あたしは二人の足を止めた。


「材料、もしかしたらそろってんのかもしれない」


「は?」


「え?」


「ルー・ウルフ、嫌な事聞くけど、ダニエルのお兄さん助けたい?」


「そりゃあ助けたいが」


「そのために泣ける?」


「は?」


「まて、まて、私は人間だぞ?」


「かーちゃん、不死鳥の系譜って言ったけど、不死鳥って魔物とは言い切ってない。もしかしたら文献に書いてあったっていうのは、通り名だったかもしれない。それと、うちで毎年冬に食べてる木の根っこ、あれ成長すると若木になるんだ。つまり種なくても増える木なんだ」


あたしは顔をあげた。


「どっちもちょっと口に入れたからって、死ぬわけじゃないものだ、木の根っこはあたしやご近所さんたちが毎年食べてる。人間の涙舐めても人は死なない」


やってみる価値はあるんじゃないか。

あたしの言葉に、男二人は顔を見合わせた。


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