19 だから違う薬だったんだってば!
「ルー! ルーここにいるんだろう! 出て来い!!」
朝ごはんのあとあたしは家の中の壊れたものがどれくらいか、調べてもらった結果を見ていた。
もはや壊れていない物がないくらい、壊されていた。
令嬢たち、次にあったら嫌味の一つでも言わなければやってられない。
大事に使っていた物たちが、そんな風にいっぱい壊されていたのだ。
年季の入った、あたしが生まれた時にもらったというコップとか、かーちゃんがとーちゃんに塗ってもらった小さな引き出しの箪笥とか。
とーちゃんの何かが残るものを、かーちゃんはすごく大事にしてたのに……!!
家の中の物も、一晩のうちにかなり荒らされたらしくて、薬にまつわるものはほとんど残されていなかったらしい。
かーちゃんの従兄は、あたしたちが来て事情を聴いてすぐに人を向かわせたんだけど、移動時間の間に空き巣が入ったみたいだ。
残されているのは壊されて修繕不可能だったり、ゴミにしか見えないものだけだったんだろう。
「近所の人が盗むとは思えないし……知らない人か?」
あたしはご近所の皆さんが、空き巣に入るとは思えない。だって顔見知りだし、かーちゃんが帰ってきた後に盗んだなんて知られたら、後が怖いの皆知っているんだもの。
それに、いつもよくしてくれる皆が、空き巣をしたなんて思いたくない。
「知らない人だったら目的は……?」
やっぱり昨日聞いたみたいに、惚れ薬の解毒薬だろうか……そんな物家にないのに。
考えに耽っていた時だったのだ、入口の方が騒がしくなって、大声が響いてきたのは。
一体何事? ルーって誰?
思わず窓から身を乗り出して、入口の方を見ると、そこでは若い男の人が立っていて、玄関の前で怒鳴っている。
怒っているみたいな顔で……ちょっと友人になるのは遠慮したいくらい気が立っていそうな顔だ。
いつどこでどうやってここに来たんだろう。ルーと言う人を探しているみたいだが。
そんな事思って様子を見ていると、玄関の扉の中の、使用人用の小さな扉が開いて、現れたのはルー・ウルフだった。
え、知り合い?
目を丸くして見守っていると、玄関に来ていた男の人は、ルー・ウルフに何かまくし立てているみたいだった。
何喋ってんだろうと思ったら、その男の人は不意に涙ぐんで膝をついた。
ちょっとどういう状況なんだ?
気になりすぎたあたしは、出来るだけ慎重に、でも足早に、玄関の方に向かった。
家の中の道はわからないから、窓から出たのだ。ついでに言えば生い茂る蔦を掴んで足場にして、降りた。
普段は樹木の蔦を登るんだ。そこにかーちゃんの欲しい薬草がある時限定だけど、かーちゃん危なっかしいから、身の軽いあたしがやる。
降りて近付いていけば、彼は泣いていた。膝をつく彼の脇にしゃがみ込み、ルー・ウルフが言っている。
「いったい何が起きたんだ、君がどうしてここが分かったんだ」
「お前みたいな身元が一発でわかる見た目の男、調べたらすぐに分かる! 最初はあのくそ女の家に行ったんだ。そうしたら廃墟なもんだから、二番手のここに来た。お前だけは正気で本当に良かった、よかった……」
「いやな予感しかない言葉だ、もっと詳しく話してくれ、誰がどうなったんだ? ヴィオラに夢中な男たちのほとんどがまだ、夢中だと聞いているが」
ヴィオラってねーちゃんの名前である。そこで嫌な予感が加速する。走っていくと、男の人がしゃべりだした。
「トールの婚約者たちが、エラ嬢が、魔女の家から解毒薬を持ってきたんだが、それを飲ませたら、トールは、兄はっ!」
「叫んでも事情が分からない、落ち着いて話してくれ」
「婚約者以外の人間が分からなくなってしまったんだ! エラ嬢が目の前にいる時は喋るんだが、去ってしまうと途端に生き人形のような有様になって」
あたしの足は止まらなかった。ただ、かーちゃんが作っておきながら、娘さえ場所を知らない地下室に、それを隠さなきゃいけない理由はわかった。
それだけ、危険な薬だったのだ。
「ほかのご令嬢の婚約者たちも同じ症状になって、これは本当に解毒薬だったのか、と作っただろう薬師をなんとしてでも、喋らせると」
「ダニー。私はもっと詳しい話を知っている。その薬は、魔女の家を荒らして、隠された地下室から彼女たちが無理やりとってきた物だと言う事実を」
「なんだって……? 魔女の家の解毒薬だから、絶対に効果があると」
「そもそもそこが間違いなんだ。そこの家の娘が、解毒薬など知らないと事実を話した事に怒り狂い、家を荒らし、持ち出し禁止の場所から、効果もわからない物を持ってきたのだ、彼女たちは。致死の猛毒じゃないだけましかもしれないぞ」
「彼女たちがそんな乱暴な真似を?」
「ああ、おかげで、ヴィは本当の事を言ったのに、ひどい目にあわされた」
「お前はあのくそ女を、愛称で呼ぶのか!」
「そこは違うんだ。ヴィはヴィオラの妹なんだ、そっくりな。誰もが間違えてしまう、そうだろう?」
後半はあたしを見ての言葉で、あたしは彼らの近くまで来て腰に当て、胸を張った。
「本当に、はた迷惑な姉を持つと身内は苦労するよ。絶縁してたのにね」
「……え?」
あたしの顔を見て、体を見て、目つきを見て、男は呆気にとられた。
「見た目だけそっくりなのに、なんか空気違う女なんだけど、まじか、まじで貧乏暮らしの妹か」
「……一目見て気付いたのあなた位だ。初めまして、あたしはヴィル」
「……声も違う、あのくそ女より声が力強い」
男はそう言って、軽く頭を下げた。
「ダニエルだ。初めまして。ルーとは同級生だったんだ。……という事は、惚れ薬を作った薬師の娘!?」
「かーちゃんはそんな物作らない! それに、もしも自分の作ったものでそうなったなら、命を懸けてでも解毒薬作ってる!」
叫ばれだから怒鳴り散らす。皆して皆して、貴族はかーちゃんを黒幕にしたがってるとしか思えない!
下町の人でも買いやすい値段にするために、近くで手に入る材料は自分で取ってきて値段を下げるかーちゃんを! 薬の相談に乗って、助言したりするかーちゃんを! 時と場合によっては家に押しかけて、勝手に薬を処方して、お金を取らないかーちゃんを!
「かーちゃんは人助けはするよ、でも人の心を勝手に支配する薬なんて死んだって作らない! ふざけんじゃねえぞ、かーちゃんを何だと思ってんだ!」
怒鳴った中身が中身だったからか、ダニエルは呆然とし、ルー・ウルフを見つめた。
「……妹は強いというか、誇り高い女性なんだな……」
「素晴らしい女性だとも。いつも眩しくて仕方ない」
そこで会話が進まないと、二人して気付いたらしい。
「……つまり話を合わせると、エラ嬢の盗んできた薬は、解毒薬でも何でもない、人を壊す劇物であったという事か……?」
信じられない、と言いたげにいうルー・ウルフ。でもそれが事実だと思う。
「それの解毒薬を、かーちゃんが作れるかもわからないよ。もしかしたら、解毒できない薬が出来上がっちゃって、棄てられなくて隠したのかもしれないし」
「なんて事だ! どうして一番夢中で正気をなくしたルーは元通りになったのに、兄は戻らないまま、壊れて、壊れてっ!」
頭をかきむしるダニエル。あたしは少し考えてから、言った。
「あなた、かーちゃんの所まで行ける?」
「え?」
「かーちゃんに会えれば、もしかしたら解毒の方法分かるかも。その薬のだけ、だけど。それに他の人には言わなくても、あたしなら教えてくれるかもしれない」
「どうしてそんな希望が持てるんだ」
「あたしがかーちゃんの娘だから。かーちゃんが家にいる時に同じ事が起きたら、かーちゃんはその人たちを助けるために、全力を尽くすから」
断言したあたしを見て、ダニエルの顔色は少し良くなった。