17 ねーちゃん、元凶あんたじゃないか
彼等の行動は早かった。あたしたちはすぐに一つの部屋に入れてもらって、そこに医者らしき人が来てくれた。
らしき人と言うのは、あたしがあまり医者という職業の人に会った事が無いからだ。
しかし、彼等はその技術のために専用の上着を着ている事が多く、その見分けだけはついた。
だから医者らしき人、と言っている。
その女性はあたしの顔を見て、すぐに顔をしかめた。
「かなりひどいじゃないの、どうしてこんなになっているのに、会計士は気付かなかったの」
「暗がりだったからじゃないですか」
「それでもよ! すぐに傷を洗ってあげるからね」
そう言って彼女はお湯で濡らしたタオルと言う、高級な物であたしの顔を拭いてくれた。
そして服をまくり上げてまた、顔をしかめる。
「ひどいあざじゃないの。これ結構痕が残るわよ。こんなになるまで踏みつけるなんて」
「靴跡でもありますか」
「はっきりね、貴族令嬢の流行りの靴の跡が」
言いながら彼女が、体の痣の方も拭き始める。
「自分でやりますよ」
「医者のいうことを聞きなさい」
遠慮したと思われたのか、彼女がぴしゃりと言う物だから、あたしは大人しくされるがままになった。
顔の傷や体の傷を消毒してもらったあとに、塗り薬を塗ってもらった。あたしはその匂いで、その薬がかーちゃんの調合したものだってすぐに分かった。
かーちゃんの薬の匂いは、嗅ぎ慣れているからすぐに判別がつく。
「これうちのやつですね」
塗ってくれた医者の人っぽい彼女は、笑った。
「すぐにわかるのね」
「匂いがうちのだ」
「ええ、貴方のお母さんの作った薬はよく聞くのよ。まあ……あなたのお母さんが貴族用に作っている薬の仲介役は、結構足元見てるけど」
「?」
意味がよく分からず首をかしげると、彼女はあたしの顔に薬を塗りながら説明を続ける。
「あなたのお母さんが、結構貧乏な理由がそこなの。材料費が高いのに、貴族ご用達の商人がぎりぎりの値段で買うから、どうしても生活が苦しいのよ」
「どうしてかーちゃんはそことの取引を止めないの」
「……昔、彼女の娘がそこの商人にひどい怪我を負わせてしまったのよ。負い目があるから、あなたのお母さんはそことの取引を止めないの。そこはいい薬を売るって事で、とても儲かっているんだけどね」
これもそこから買ったのよ、という医者の彼女は、苦々しい声で言う。
「貴族は貴族ご用達の店でしか物を買わないものだから、あなたのお母さんがいくらいい物を作って持って行っても、入口で追い払われるのよ。店で買う物よりずっといいのにね……」
あたしはそこで、聞き捨てならない物を聞いたと感じた。
「かーちゃんの娘って、あたし?」
「違うんじゃないかしら。膨大な魔力で相手にけがを負わせたという事だから」
魔力が多い娘はねーちゃんだ。
つまり、うちが貧乏だったのってねーちゃんの魔力が理由?
あたしが知らなかったって事は、物心つく前って事だから、小さい頃にねーちゃんがやらかしてしまったのか?
だからねーちゃんは、美味しい物の味も知っていた……?
色々な事があてはめられて行って、あたしは口が動かなくなる。
ねーちゃんはその事に関しても、申し訳ないって思ってないんだろうな、と思ったのだ。
申し訳ないと思っていたら、家であんな態度採れない気がする。
「貴方は珍しいわ、こんなに近くにいるのに、欠片も魔力を感じないのだから。普通のどんな人だって、魔力の気配が少しはあるのよ」
治療を終えた彼女が言う。あたしは服を着直した。塗り薬が効いてきたのか、痛みが和らいだ気がする。かーちゃんの薬は優秀だ。
そしてそこで、閉じていた扉の方を見た。
「もう治療は終わったわよ、入ってきていいわ」
「ヴィ、本当にすまない、気付かなくて」
入ってきたと思ったら、ルー・ウルフが頭を下げてきた。そして心配だと言う顔で、あたしを見る。
「本当にひどい怪我はないだろうか」
「ないよ、ちゃんと治る」
「良かった……」
その姿を見て思った。彼は家に帰ってきてからずっと、動転してしまって色々な物を見落としていたんだろうなって。
まあ、帰ってきたら家がめためたで、あたしが動けなくて床に転がってたらそう思うかもしれない。
安堵の息をついた彼が、医者の彼女に頭を下げる。
「ありがとうございます」
「当たり前の事をしたまでよ、私はこの家の人に頼まれただけですからね」
言って薬とかが入っている黒い革の鞄を持った彼女が、出て行く。
「そうだ、何か進展あった?」
あたしは治療している間に、この家の人たちが何か情報を手に入れていないか聞いた。
「進展と言うべきかわからないが、いくつかは情報が手に入ったそうだ、食事をしながら聞いてほしいという事で、呼んできてほしいと」
「じゃあ行こう」
あたしは立ち上がって、元王子様の後ろを追いかけ、かーちゃんのやばい親戚のもとに向かう。
屋敷は大変に立派な造りで、うちとは決定的に色々なものが違っていた。
どういう仕組みなのか、屋敷中温かいのが不思議だ。
かまどが近くにあるようにも思えないのだが……なにかそう言う造りで作ったんだろうか。
わからない。
しかし、大きくて立派な扉、うちの五倍はありそうな扉を開けて一つの部屋に入ると、そこには食事が用意されていて、貫禄のある男の人が座っていた。
「……」
彼はあたしを見て息をのみ、それからはっとして笑いかけて来て、口を開いた。
「初めまして、私は君のお母さんの……従兄だね」
「従兄!?」
親戚だとは聞いていたけど、こんな幹部らしき人が従兄だとは思わなかった。目を丸くしていると、彼が椅子をすすめてくる。
「まあ座って食事をしてくれないか。君たちがとてもお腹を空かしていると聞いて、うちの料理人たちが張り切ったんだ」
見慣れない料理は、確かに腕を振るったんだろうなと思う料理だった。
「じゃあありがたく頂きます」
あたしは頭を軽く下げてから、椅子に座ってそのご飯を食べ始めた。
まさか当たり前のようにパンが用意されていて、スープもお肉が入っているとは思わなかった。
かーちゃん、あたしは今とっても贅沢な食べ物を食べてるよ……
お肉も野菜も、うちではとても買えない金額の物としか思えない物で、メインに出てきた歯ごたえのある獣肉に噛り付いていると、かーちゃんの従兄があたしをじっと見ていた。
「何でしょう」
「君は本当に、ヴィザンチーヌの若い頃に似てないな、と思って」
「よく言われますけど、かーちゃんいわく、とーちゃん似らしいです。全体的にとーちゃん系だそうで」
「だろうね、君のお父さんのことは覚えているよ、珍しい桃色の髪の毛と桃色の目をした男性でね、見た目の可憐さとは裏腹に、とても野性的な人だった。でもヴィザンチーヌをとてもとても愛していて、娘もとてもかわいがっていて……なのにあんな事故で亡くなってしまった」
つまりあたしのとーちゃんは、見た目可憐な山猿だったんだ。かーちゃん猿みたいだって言ってたものな。
「ヴィザンチーヌが心を砕くのもわかるよ、君は確かにお父さんの血脈だ」
しみじみとそう言ったその人が、自分はお茶を飲みながら言う。
「大事な話をしてもいいだろうか。さっき会計士から聞いた話で、うちの手の物を動かしてね、驚いたことが分かったんだ」
「かーちゃんが死んだとかですか」
「違うとも! ヴィザンチーヌは生きている」
ただ、と彼が告げた。
「ヴィザンチーヌと複数の薬師が、王宮の命令に逆らって牢屋に入れられている」
「え……?」
馬車でお迎えに来ていたのに、牢屋ってどういうことだ?
固まったあたしに、彼が続けて教えてくれる。
「なんでも、貴族階級の間で使用されているという、惚れ薬の解毒薬を作れと言われて、出来ないと言ったらしいんだ」
そのせいで、うちにまで貴族のお嬢さんたちがやってきたのか?
あたしは色々な事がつながって、また口が固まった。