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16 なんでねーちゃんの呪縛解けないんだ?

何とか転がったあたしを助けたルー・ウルフが事情を聴き、目をむいた。


「知らないと言ったのにそんな事をされたのか? ヴィは彼女ではないのに」


「この前のボンボンと一緒なんじゃないの。あたしがいくら事実を言っても、聞きたい事しか聞かないの」


まだ腕がしびれている。かまどの中に取りあえずでわらを入れて火の勢いを強めて温まる。

あたしが動けなくなって、かまどの面倒を見る人がいなかったせいで、かまどの火は一回消えてしまった。

あの令嬢たち本当にお嬢様なんだ。火を起こしたら消えないように面倒を見なくちゃいけない事も、火が消えた後同じだけの熱をためるまでにどれだけ薪が必要かも、なんにもわかっちゃいないのだ。

それともあたしが、凍えて風邪をひいて、死んでしまえばいいと思ったんだろうか。

それは令嬢たちじゃないから、わからないけど。

内心でとても腹を立てながら、あたしは自分の動けなかった腕や足を見てみる。

やっぱり魔法と呼ばれるものだったんだろう。跡は残っていない。

これが縄とかで拘束されていたなら、あれだけ暴れても解けないほど強く結ばれていたことになるから、絶対に痕が残って、下手すれば痣だと思ったんだ。

家の仕事をするときに手首は隠せないから、洗濯ものを洗いに行くときに、ご近所の皆さまに心配されてしまう。

そして噂はあっという間に広がるのだ、これは実地で知っていた。


「それにしても聞いていて変だと思ったんだが、ヴィ、聞いても?」


「答えられるかはわからないけど、聞くだけ聞くよ」


「その令嬢たちの恋人や、婚約者たちがそろって、あー、ヴィの姉さんに夢中になったまま治らないのは変じゃないか? 一番おかしくなっていたわたしが、冷静に客観的に物事を見られるようになったのに」


「それはそうだね……ルー・ウルフが一番大騒ぎを起こしたから、ねーちゃんと一緒に学校追い出されたのに」


どうして彼はまともな神経に戻って、もっとましだったはずの人たちは元通りにならないんだ?

それくらいねーちゃんに恋しちゃってたのか?

いくらあたしが考えても、ねーちゃんと彼らがどんな会話をしたのか見当がつかない。

だから推測もできない。

それにこの家で最も問題なのは。


「このめちゃくちゃな家で今日、どうやってご飯作って眠る?」


かーちゃんの持ち出し禁止の薬を持っていかれたのは、確かにとっても大変な事だけど、それよりも今日のこれからの事の方を優先したい。

だって家じゅうめちゃくちゃで、薬草箱の引き出しは全部ひっくり返されて仕分けのし直しだし、土足で遠慮なく上がってきたから床は汚いし、後片付けの事なんて何も考えてない家探しで、泥棒が来たってこんなめちゃめちゃにならないと思う位、家の中は悲惨なのだ。

おまけに、薬を探す名目で、あの令嬢たちはあたしやかーちゃんが一生懸命に、端切れをつなぎ合わせて縫い合わせて作った毛布とかも切り裂いていった。

……これをまたすぐに元通りにするのは、とても大変な事だ。

もっと節約して、ごはんも我慢して、直さなきゃいけないかもしれない。

かーちゃんの貯めてくれた薬の売り上げとかも全部使っても、家が元通りになるとは言い切れない位の酷さなのだ。

かまどはさすがに無事だったんだけれども、かまどだけが無事でもどうしようもない。温かくなれるけどさ……


「……」


指摘した事が事実だったから、元王子様は家じゅうを見回して、立ち上がった。


「……仕事先に、今日だけでも泊めてくれる場所がないか、聞いてみよう」


「仕事先そんなに親切にしてくれるの?」


「仕事中によく、家が壊れたとか、借金取りに追いかけられているとか、そう言う事を言って隠れ家を欲しがる人が来るんだ、彼等の対応もしているから、もしかしたら」


「そうしてもらえると助かるよ、これから夜なのに、あたしたち晩飯くいっぱぐれるわけだから」


「じゃあ、一緒に仕事先まで来てほしい。こんなことが起きた後なのに、ヴィだけ一人にしておけない」


「隣の奥さんと一緒に待っていれば」


「もしも第二弾が来たら、奥さんにも迷惑が掛かってしまうだろう。いくら奥さんが強くて旦那さんが頼もしくても、限界があるんだ。彼等が魔法を使ったら、こちらは簡単に殺されてしまう」


事実であって、大げさだと笑い飛ばせない重みがそこにあった。

だからあたしは頷いた。


「わかった、一緒に行く」


暗くなった裏道を歩くのは今日が初めてで、なるほどかーちゃんが嫌がるわけだ。

夜目もきかないただの人間は、こんな暗い道を歩くのはあまりにも危ない。

でもルー・ウルフはよく見えているみたいだった。

すいすいと歩いていくから、あたしは後ろで聞いた。そういえば、彼の金の髪の毛はうっすらと雷色に光っている気がする。


「暗い道なのに、見えているの?」


「子供のころから夜目が効くんだ。普通の人が見えないものまで見えるからか、よく不気味がられた」


「……たしかに知らなかったらびっくりだわ、その両目」


こちらを振り返った彼の言葉に、そうだろうなと思うのはおかしくないだろう。

彼の眼はかまどの中の熾火のように光っていた。

赤く光る両目は暗がりでも、浮かび上がるほど赤い。時々金色が混じって、火の粉が飛ぶようだった。

これも魔法の力を持つ貴族だからなのか。

ねーちゃんは両目光らなかったからな……それに彼のいうことを考えると、こういう目になるのはどうやら少数派のようだし。


「びっくりだろうか?」


「暗闇で浮かび上がるほど光ってるからね?」


「それは……気味悪がられるのも納得だ」


「きれいだけど。安心するよ、かまどの灰の中の火の欠片みたいで。夜中に起きて、まだ日が赤い時はちょっとほっとするんだ」


この言い方は変だったらしくて、ルー・ウルフは目を丸くしてから、切なそうに細めた。


「みんながみんな、ヴィみたいな事を言ってくれるわけじゃないな、とヴィの言葉を聞くといつも思うんだ」


「単純にあたしが貧乏生活すぎるからでしょ、金持ちの思考回路はわからない」


言いながら歩いていけば、一回だけかーちゃんに連れて来てもらった事がある、割と大きなお屋敷が目の前だ。

このお屋敷こそ、かーちゃんが王子様に紹介した仕事先であり、やばい組織の建物なのだ。

大きなお屋敷なのは、それだけ厳重な警備が出来ると周りにしめすためらしい。

人の出入りが激しくても、違和感がないようにするためらしい。

自分たちはお金を持っているという強調のためでもあるとか。

皆かーちゃんが言っていた事の丸写しだけど、そう言う事なんだ。

入口の警備の人たちが、こっちを見て身構えてから、カンテラで照らしてルー・ウルフを確認する。


「夕方に帰った会計士じゃないか、どうしたんだ、忘れ物になるものも持ってないだろう」


「魔女の留守に土足で上がり込まれて、家じゅうめちゃくちゃにされてしまったんだ。おかげで彼女が眠れる場所がないほどに。……どこか空き部屋に入れてもらえないだろうか」


「魔女の?」


「魔女の」


かーちゃんここでも魔女扱いなんだな……どんだけ薬の腕を知られてるんだと思えば、警備の人の一人が奥に走って行った。

多分知らせるためだろう。

そして残った方が聞いてくる。


「魔女のお嬢さんにけがは?」


「魔法で押さえ込まれて、靴の裏で踏まれたけどまあそこまでじゃない」


あたしが前に出て言うと、警備の人は叫んだ。


「顔中ひっかき傷だらけじゃないか! 青あざもあちこちにあるぞ、会計士、何もっと早く来なかったんだ!」


「もうしわけない」


「……あたし顔中に傷ある?」


「あるんだよ、痛みも麻痺しているのかい、よほどつかれたんだね、君は早く傷を綺麗にしておかないと」


警備の人はそう言って心配そうにあたしの額を見た。そこに大きな擦り傷でもあるのだろう。

古い鏡も割られた我が家で、顔の傷を確認できるのは向き合った相手だけだ。

それに家の中はかまどの炎だけで薄暗かったから、ルー・ウルフが視えなくても仕方がない事ではある。

あたしも怒りか衝撃かで、痛みを全然感じなかったわけだし。

そして、待つと言うほどの時間もなく、走ってきた人が戻ってきて、あたしたちに言った。


「奥の一部屋を直ぐ使えるようにした、中で休んでくれ! 会計士、お前もな」


顔色が真っ青だと言ったその人に、あたしは図々しくお願いをした。


「すみません」


「なんだい」


「何か食べるものももらえないですか、家じゅうめためたで食べ物も……」


食べ物の樽も頑張って買った調味料の壺も、皆壊されたからな!

それに切実なほどお腹が空いていて、それは王子様だって同じはずだった。

この言葉を聞いて、彼等が柔らかく安心させるように笑った。


「ああ、何か温かいものを用意しよう」


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