15 またねーちゃん、いい加減にしてくれ
そんなやり取りをした朝、あたしは早起きして朝の焼きじゃがいもを用意して、付け合わせのベイコンをちょっと焼いて、毎年鍬を借りているご近所のおじいちゃんから鍬を借りた。
おじいちゃんへのお礼は、関節痛に聞くマッサージと決まっている。
あたしは割と力が強いから、おじいちゃんが気持ち良い加減でマッサージが出来るらしく、おじいちゃんはおやつまでくれたりする。
このマッサージは、かーちゃんが東方で習った方法で、でも残念な事にかーちゃんは力がちょっと弱くていい所に届かない。人に向き不向きがあるんだなと思う中身だ。
そしてマッサージしてるのがほかのご近所さんに見つかると、あれよあれよとあちこちから頼まれて、三日くらい家の事が出来なくなることもある。ただし、元気になったおじいちゃんおばあちゃんや、おじさんおばさんが、我が家のことをやってくれちゃったりする。
「ヴィはマッサージを仕事にすればいいんだ」
と真面目に進めて来るおじさんおばさんもいる。いや、あたし薬師見習いだから。
「じゃあ、今日木の根っこを取って来るんだな? 夕方くらいに帰ってこられるだろうか。私もできるだけ空き時間に、昨日話した事をもっと詳しく聞いてくる」
「夕方過ぎたら灯りがいるでしょ、灯り持って鍬持って歩けないから、明るいうちに戻って来る」
そう言ってあたしは、森に入った。途中食べられる木の実だったり葉っぱだったり、生きていくうちに叩き込まれた食べられる野草を摘みながらの、木の根っこ探しだ。
足の裏にやや尖った引っ掛かりを感じたら、割とその根っこがある。
ざくざくと土を掘って行ってから、大本の根っことそこから生える可食可能な根っこ部分を切り離して、背負ったかごに入れていく。
半日も掘っていけば結構な数を手に入れられたので、しばらくは森に入らなくてよさそうだ。あたしは薪を帰り道も拾い続け、夕日が差し込むよりずっと前に家に戻った。
戻って数分、お湯を沸かしてお昼のじゃがいもと青菜の煮たのと一緒にお昼ご飯にしていた時だ。
とんとん、と礼儀正しく扉が叩かれた。
あたしは数秒固まった。なぜなら、この家に扉を叩いて入ってくる知り合いがいないからだ。
このあたりの皆ならば、声をかけると同時に入ってくる。
あたしも相手の家にお邪魔する時、同じようにしているからお相子なんだけど……誰だ。
ルー・ウルフでは絶対にない。
だって彼はこの家の居候で、このあたりのやり方にすっかり慣れて、帰ってくる時は楽しそうに
「聞いてくれ、ヴィ! ただいま」
と言いながら入ってくるのだから。
知り合いじゃない誰が来たんだ、またねーちゃん関係か、と扉を睨んだあたし。
あたしが考えている間にも、扉はしつこく叩かれて、そのしぶとさに居留守を使いたくなった。
でも、近所の人に帰ってきたのを見られているから、居留守を使ってもあまり意味がないだろう。
それにご近所に迷惑をかけるわけにはいかない。
片手になたをもって、あたしは扉を開けた。
するとそこにいたのは、可憐な美少女だった。
「……誰?」
見覚えが全くない少女は、あたしのこの言葉を聞いて、手を振りかぶった。
ばちこん、といい音がしたのは、少女の渾身の一撃だったからだろう。
たたらを踏んだのもしかたがない。
そんな反応のあたしを見て、彼女が目に涙を浮かべ、怒鳴った。
「私の恋人を返して、この泥棒猫!!!」
……恋人って誰のことだよ、と心の底から思ったあたしは、悪くないと思う。
「私の恋人も返してちょうだい!」
「私の婚約者もよ!」
「いったいどんな怪しい術を使ったの!」
美少女は単数じゃなかった。複数だった。呆気に取られているあたしを家の中に押し込むように、きれいなドレスの少女たちがあたしに、口々に言う。
愛する人を返せ……とだ。
少女たちになたを向けるわけにもいかないし、暴力的でなんか嫌だったあたしは、じりじりと家の中に入り、なたをかまどの縁にそっと置いた。
「あの……話がよくわからないんですけど」
「しらばっくれないでちょうだい!」
「あなたがあなたのお母様の作った惚れ薬で、たくさんの男性を虜にしたのを、皆知っているんですからね!」
「お母様が作った薬を悪用するなんて最低!」
「早く解毒薬を渡しなさい!」
……待て。
ちょっと待て。あたしはふつふつと湧き上がってきた怒りから、彼女たちに怒鳴った。
「誰がかーちゃんの薬を悪用してるだ!? ふざけないで! かーちゃんの薬はそんな事をするために使う物じゃない! 人を助けるために使う物だ!」
「いい子ぶらないで! あなたが魅了の術の代わりに、その薬を使った事を、上流階級は皆分かってるのよ!」
「あなたを養子にした家から、証言があったんだから!」
「魅了の術が使われたという話を聞いて、おかしいと思ったのですよ! 魅了の術は伝説の術、平民上がりの娘が使えるわけがないんですから!」
「でも薬なら手に入るでしょう! 魔女とさえ言われる薬師の娘だったら!」
あたしが怒鳴ったら人数分怒鳴られる。多勢に無勢、勢いよく口々に言われたら、人違いだと言う隙がなかった。
そしてあたしもかっかして、大声で言ったのがまずかった。
「惚れ薬なんて使わない!解毒薬なんてもっと知らない! そんな薬のありかなんて知らない!」
事実しか言っていないんだけど、ここで怒鳴るにはあまりよくない言葉だったらしい。
彼女たちが怒りで真っ赤に染まって、指をパチンと鳴らしたとたん、あたしは床に押さえ込まれていた。
使用人は周りにいなかったし、ぎちぎちと手首や足首を抑え込む力は、人間の力じゃない強さだ。
彼女たちは、貴族の特権である魔法を使ったんだ。
「この家にならあるはずよ!」
「探しましょう!」
一人があたしを押さえる術を使い、そして人の家を荒らす家探しが始まった。
ものが割れたりひっくり返ったり、すごい家探しだ。
やめてと止めることも、魔法で押さえ込まれた口が動かないから、出来ない。
そして一人が、水がめをひっくり返した時だ。
まるでその下に空間があるように、空虚な音が響いた。
「ここに隠し部屋があるわ!」
「そこね!」
そう言って一人が魔法で床に大穴をあけ、住んでいるあたしも知らなかった地下室への入り口を作って、階段を下りて行った。
じたばたと動くあいだは、とても長く感じて、やっと女の子が出てきた時、彼女は勝利に顔を輝かせていた。
「あった?」
「ありましたわ! きっとこれよ! 持ち出し禁止と書いてあるのだもの! ラベルにも解毒と書いてあるわ!」
まって、それはかーちゃんが、絶対に持ち出してはいけないって言ったラベルの薬だ!
あたしは彼女たちを止めようとしたのに、体はちっとも動かない。
「残念ね、解毒薬を巧妙に隠したつもりだったんでしょうけど」
一人が最後出て行くときに、思いっきりあたしの顔を踏みつけて去って行った。
「わたくしたちが家に戻らなければ、その術は解けませんわよ。……わたくしたちの苦しみの十分の一でも味わいなさい」
呪いのように言われた言葉からしばらくして、慣れ親しんだ足音とともに、
「ヴィ! 新しい情報が……ヴィ! ヴィ!? 大丈夫か!」
家の惨状と足跡付きで転がるあたしを見て、ルー・ウルフが叫んで駆け寄ってきた。