14 ねーちゃんはご飯に文句をよく言った
一週間もかーちゃんが家を留守にするなんて今まで、一回もない事だ。確かに薬の材料を買いに行くために、東方と交易がある港町……二つ向こうの町だ……に行く事はあったけど、だいたい何日くらいで帰ってくると教えてくれていた。
それが王宮で、何日で帰れるかわからないなんて、普段だったら考えられない。
一週間で、かーちゃんが作り置きした薬も大体売り切ってしまったし、この稼ぎで一か月は食べていけるけれど……それとかーちゃんのことを案じるのは別だ。
かーちゃんのことを知るためには、王宮に聞きに行くのがいいんだろう。
でもそうするには、あたしの見た目がねーちゃんそっくりというのが問題になる。
だって貴族学校で大問題を起こして、追い出されたねーちゃんだ。
ねーちゃんの恋人を自称していた令息ですら、あたしとねーちゃんの見分けがつかなかったから、あたしが勘違いされて、袋叩きの目に合わないとは言い切れない。
ねーちゃんは盛大に、あちこちで恨み買ってる気がするのだ。
人様の恋人だったり婚約者だったり身内だったりを、数多にたぶらかしていたらしいねーちゃんが、関係者に恨まれていないなんて、とても思えない。
この顔がもっとねーちゃんと違っていれば……特徴的な桃色の髪の毛じゃなければ望みもあるのに……王宮まで聞きに行けるのに。かーちゃんいま王宮で何やってんの。
「ヴィザンチーヌさんが王宮に連れていかれてから、一週間だな」
夕飯のじゃがいもクーヘンを食べながら、ルー・ウルフが指を折って数えている。
「連絡は何もないのだろうか。仕事先で聞かれるんだ、彼女から連絡は何もないのか、と」
「あたしにないからないと思う。王宮でかーちゃんが何をしているのかさっぱりわからない」
「……他人からのまた聞きの情報ならあるんだが」
「あるの!?」
「信憑性がいまいちということで、詳しく知らされていないんだ。でも一個だけ」
「何だっていい、かーちゃんの事に関わってそうなら知りたい」
身を乗り出したあたしに、ルー・ウルフは記憶を探る顔になった後喋りだす。
「王宮が、そこそこの腕前の薬師を何人も、連れて行っているという話なんだ。……帰ってきた薬師が一人もいないから、事実かどうかはっきりしないんだが」
「薬師を何人も?」
すごく変な話だった。そんなに王宮で病気が流行っているなら、とっくにこのあたりまで病気は広がっているはずなのだ。お貴族様の温かい住居ではすぐに治る病気だって、このあたりのあんまり立派じゃない家ではなかなか治らなかったりする。
お金を稼ぐために、毎日のご飯のために、病を押して薪を拾いに行く人も、仕事をしに行く人も、いっぱいいる。無茶をして悪化させた人の所に押しかけて、体を温める薬湯を押し付けに行くのは冬のかーちゃんの趣味だ。おかげでうち、貧乏なんだけど。
かーちゃんは、食べていけるくらいだからいい、贅沢しなきゃいいんだ、それよりも、助ける方法を持っていながら見殺しにする方が、気持ちが悪いと昔きっぱり言い切った。
「師匠と約束したんだ、師匠から教わった事で誰かを助ける『魔女』になるってね」
頬を染めて笑ったかーちゃんは、その時とても美しかったのを、子供心に覚えている。
……うちはそれで、結構かつかつの生活で、場合によっては木の根っこのスープがお昼ご飯だったけど、あれ風邪ひいた時に馬鹿みたいによく効果がある根っこスープだったからか、あたしは滅多に病気にならない。
あの根っこはしっかり覚えているから、一人で掘りに行ける。かーちゃんは時々鍬を借りて来て、あたしに掘ってこいと言う位の馴染みの根っこスープだ。
今年はあれを食べていない……そろそろ掘りに行かなきゃいけない季節かもしれない。手がかじかんできて、じゃがいもの値段が上がると出番になるスープだ。
「夜のお姉さんたちも、病気って話聞かないのに」
夜、貴族男性と接触する彼女たちは、割と早い段階でそう言った病気にかかる。
そして医者より安くて、場合によっては簡単な診察もしてくれるかーちゃんを頼って来る。
かーちゃんが王宮に連れていかれたってのは、お姉さんたちに言いふらしたわけじゃないから、もしも病気の人がいたら、何人かはうちに来るわけなんだが。
そう言った人は今年は一人も来ていない。
それなのに、王宮は薬師を集めている? まだ誰も帰ってきてない?
あからさまに変だ。
「ルー・ウルフ、仕事先でもっと詳しく聞きに行ってくれたりする?」
「ヴィザンチーヌさんの娘からのお願い、と言えばみんな手を貸してくれるはずだから」
「ありがとう。この顔だから、ねーちゃんと間違われて騒ぎを起こすわけにはいかないんだ」
ルー・ウルフに八つ当たりで暴力をふるった奴らもいるくらいなんだ。そっくりなあたしを本人だと思って、怒りをぶつけてくるかもしれない。いや、きっとそう言う人が出てくる。
「わかった。明日ヴィは何をするんだ?」
「そろそろある木の根っこで作ったスープを食べる時期なんだ。それを掘りに行く」
「……木の根っこ?」
「木の根っこ。あたしは毎年食べてるから風邪ひかない」
「……それは薬じゃなくて? 薬湯じゃなくてスープ?」
「そう。じゃがいもの値段が上がるこの時期、出番になるスープ」
土臭いけど、肉屋で分けてもらえる、売り物にできない質の悪いラードで炒めてからスープにする根っこだ。
そしてある程度の量を作って、桶に入れて外に出してかちっこちに凍らせて保存するスープ。食べる時は凍ったスープを斧で割って、かまどで溶かして食べる冬の大事な食料だ。
かーちゃんは冬に、薬の材料を仕入れに行くとき、桶で持って行って、宿のかまどで溶かして、旅の間の食料にしている。保存性もびっくりするくらい高いスープだ。
「それが、冬の味?」
「冬の味。……やだ?」
木の根っこのスープは、ねーちゃんが一番嫌がったご飯だ。
「もっとおいしいものが食べたい! なんで根っこ! 土臭いし脂がギトギトするわよ!」
と毎年叫んでたくらいだ。でも食べるもの他になかったから、半泣きで毎回食べていた。
いくら文句を言っていても、他に食べ物がなかったら人間、食べるものなのだとねーちゃんを見て学んだのはあたしの方だ。
ねーちゃんが小さい頃は、まだうちももう少し余裕があったから、もうちょっと美味しいもの食べていたけど、あたしは物心ついた頃から貧乏なので、ねーちゃんのそれはよくわからないものだった。
そういえば、稼ぎは一緒のはずなのになんで、ねーちゃんの小さい頃はおいしいもの食べられたんだろう……
ふっと疑問が頭をよぎったけど、それより目の前の王子様はなんというだろう。
じっと見ていたら、彼は大真面目に言った。
「それがこの家の味なんだろう」
「まあね」
「私はもっとヴィやヴィザンチーヌさんのことを知りたい。だから食べていないのに嫌だなんて言わない。まあ……よほどの味だったらその……なにか言ってしまうかもしれないが」
「ルー・ウルフは正直者だよね、損な性格だ」
「ヴィが毎日私を飢えさせないように、食べさせてくれているんだから、真心だけは忘れてはいけないと思うんだ」
あたしはそんな事考えもしなかったから、ぽかんと元王子様を見つめてしまった。