13ねーちゃんらしき人懲りてなさそう
家に帰ったあたしたちを待っていたのは、かんかんに怒ったかーちゃんだった。
二人そろってどこに行ったのかわからなくなっていたから、らしい。
あと一歩で警邏の所に行くことになっていたそうだ。
「元王子様の行方不明どころか、魔女の娘と手に手を取って駆け落ちとか言われなくてよかったね。にしても顔が腫れたねヴィ。この軟膏を塗っておきな。まったく、嫁入り前の何の悪い事もしてない女の子に、そんな暴力をふるう男なんてろくでもない」
言いつつかーちゃんはさらさらと手紙を書いていて、それを簡単に折りたたんでルー・ウルフに渡した。
「これをあんたの仕事先の上司に渡しておきな。さて、あんたたちは探し物に巻き込まれたと見えるけれど」
「すごい、どうしてわかったの」
「ただごろつきに喧嘩を売られてるんだったら、もっと凄惨な事になっているからね。目的ありきの誘拐だってのが分かる。そしてこの家には目的を作りそうな迷惑な人間が一時的に暮らしていた事実がある」
かーちゃんに秘密は持てない。あたしはざっとした中身をかーちゃんに話した。ねーちゃんの持ち逃げした首飾りの話をだ。
ふんふんと相槌を打って聞いていたかーちゃんだけど、あっさりとこう言った。
「ルー・ウルフ、あんた仕事先でその首飾りの話聞いておいで」
「仕事先で?」
かーちゃんが作ったジャガイモの牛乳重ね焼きを、あたしと同じお皿でつついていたルー・ウルフが驚いた声をあげる。
「街の西の方の屋敷の大奥様の形見だろう。葡萄と金の星。だいたいそれで私はどこの貴族の持ち物かわかる。葡萄と金の星はね、あの家の女性の紋章なんだよ。簡単に売れるものじゃない。ばらすにしても職人じゃなかったらばらせない。そこで足がつくのさ。そう言った物だったら、あんたの仕事先の連中が喜々として情報を集めてくるはずなんだよ。何て言ったってこの魔女に貸しを作れるんだからね」
「貸し」
「そこの馬鹿なボンボンが、あんたがあの子だってまだ思い込んでいるんだろう。だったら誘拐の二度目三度目があるだろうからね。それも今度はもっと悪質なやり口で。親に怒られてふてくされて、悪化しないとは言い切れない。ヴィを守るために、その首飾りはさっさと見つけ出してもらうに限る」
木のコップで度数の強いお酒を喉に流したかーちゃん。普段飲まないかーちゃんは、実は恐ろしい蟒蛇なのだ。
ごろつき相手に呑み比べで勝利し、秘伝の薬の調合を手に入れたという話もある。
「あの親戚たちはそう言うのの達人だからね。どの道あんたも巻き込まれたんだ、あの親戚たちは身内を守るのに力を惜しまない」
かまどの灯りの中、かーちゃんの未来を見通しそうな瞳が揺れる。
炎が膨らむのと、ルー・ウルフの瞳の中が揺れたのはほぼ同時だった。
瞳のきらめきがはじけたのと、かまどの火がぱっと散ったのも同じような時で、彼は炎の赤色によく似た赤い目をしている。
……魔法を一回も使っているのを見た事が無いけれど。
きっと得意不得意があるんだろう。炎の魔法とかだったら、うっかりでこの家燃やしちゃわないように気を使っているかもしれないし。
「下っ端にも?」
「ばかだねえ、下っ端で自分の身を守れないようなのだからこそ、守ってやる気概を持っているんだよ。あの親戚たちは馬鹿じゃない」
鼻で笑ったかーちゃんは、それだけ言って先に寝てしまった。足音が少しぎこちなくて、かーちゃんがああ言っていても、あちこちに行方を聞いたんだろう事は想像に難くなかった。
かーちゃんは優しいのだ。
かまどの上で毛布にくるまっていながら、あたしはねーちゃんがやらかした事がこれですむとは思えなくて、重い溜息を吐いてしまった。
出てきそうなんだ。ねーちゃんに高い装飾品貢いでいて、いまさら返せとうちに乗り込んできそうな令息たちが。
余罪いっぱいありそうだからなねーちゃん……
意外な事に首飾りは三日で行方が分かった。
かーちゃんのやばい親戚の張り巡らした情報網とかが、あっという間に見つけ出したのだ。
やっぱりばらばらにして売られていたけれど、石とかも八割見つかった。台座はそのまま見つかって、ルー・ウルフはそれを皆スーティに渡した。
スーティは泣いて喜んで、あたしたちを当主に紹介したいとまで言い出した。
盗まれた首飾りを見つけた二人組、とパーティにも招きたいらしいが、それは断っておいた。
まだあたし、ねーちゃんと勘違いされていそうだし。
あの殴ってきたボンボンと顔を合わせたくなかったのだから。
さらにルー・ウルフは、そのひょろすけなのがよくない、体も鍛えるぞ、という事で仕事先で数学以外に体を鍛えることも追加されたらしい。
お腹が空いてしょうがないと言う彼のため、じゃがいもの消費量は半端じゃなくなっている。
「育ち盛りに本当はこれだけ無くなるんだけどね、遅れてきた成長期かね」
給料の残りは皆買い食いとか、食材の費用になっているルー・ウルフは、三週間で見違えるほど筋肉量が増えた。背が高いから、筋肉がついてくると大変な迫力美人になってしまった。
最近じゃ燕として露骨にお誘いをかけて来る、貴族マダムが後を絶たないのだとか。
当の本人が、そう言ったお誘いを皆上手に断っているから、大きな揉め事は起きてないんだけれどね。
さて、首飾りの行方は分かってもねーちゃんの行方はわからないままで、うちのねーちゃんどんだけ隠れるのが上手なんだ。
ここまで来るとかくまってる協力者が複数いそうだ。
「また面白い話を聞いてきたんだ」
「今度はどういった話なんだい」
「この前、使用人に言い寄るたくさんの貴族の令息の話をしたと思うんだが」
「新たな展開かい?」
「使用人があまりの貢がれっぷりから、王宮で一人部屋を与えられたそうなんだ。何でも人間関係のトラブルが続いてしまったらしい。能力的に問題があるわけでなく、言い寄る男性陣が贈り物合戦を行ったせいで、使用人の部屋に贈り物が入りきらなくなったかららしい」
「それは変な話だね、そんな問題のある女の子を、王宮がいつまでも抱えておくわけがないんだが」
かーちゃんの瞳が疑ってかかる色をしている。確かに信用第一の王宮で、そんな揉め事やうわさの種になる事ばっかりしている使用人が、長続きしているのはおかしい。
「王子の一人も言い寄っているから、うかつに外に追い出せないそうだ。……これもどこかで聞いたような話で、なんだかとても問題がある気がして仕方がないのだが」
「あんたはそこに近寄るんじゃないよ、でも情報だけは集めておきな、自分を守るためにね」
「あなたは近寄るつもりなのだろうか」
「魔女とまで呼ばれている薬売りが、簡単に王宮なんかにホイホイ行くわけないだろう?」
勝手に向こうが呼びに来るだろうからね、とかーちゃんは訳知り顔で言い切った。
事実その数日後に、本当にかーちゃんは王宮に呼び出されてしまって、あたしは口をあんぐり開けるしかなかった。
「ヴィ、ちょっと家のこととか頼んだよ」
「え、いつ帰ってくるとかわからない?」
「この系統の問題で、帰る予定が分かるほうが少ないんだ」
何か大きなことを知っている顔で、かーちゃんは言った。
それからあたしの髪の毛を撫でてこう言った。
「お前は、正しいと思ったことをするんだよ。少なくとも、お前はあの子みたいに善悪の観念が壊れているわけじゃないからね」
馬車に揺られて王宮に行ったかーちゃんは、一週間たっても帰ってきてくれなかった。