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12 ねーちゃん持ち逃げしたもの多すぎ

「ルドルフ殿、やめてくれ、ヴィは何も知らない、ヴィは彼女の縁を切った妹なんだ」


知り合いなのか聞く前に、ルー・ウルフが相手に懇願した。その顔を見て、子息が忌々しげな顔になる。まるで汚いものでも見るような顔になった。


「……王席から外された役立たずが何を言うかと思えば、世迷いごとで庇うとは。まだ騙されているのか。滑稽だな! ……見ていて癪に障る、適当に痛めつけろ」


子息……ルドルフというらしいその男が命令すると、それまでほとんど彼をなだめていた男が一歩足を踏み出す。


「下がらないと痛い目にあうだろう」


それでも男は一応、王子様に忠告した。でもルー・ウルフは下がってあたしを前に押し出そうとはしなかった。


「彼女は、学校の一連の騒ぎとは全く関係のない人だ、ルドルフ殿、本当だ。ただの優しい女の子だ」


「世迷いごともいい加減にしろ!」


その言い方が本当に癪に障ったんだろう。子息の一人が、護衛らしき男性に指先で指示する。

ルー・ウルフがあたしの前から逃げないで、そして。

問答無用の暴力を受けた。それは酒場の喧嘩よりもいっそう乱暴で、そして残忍な痛め方だった。

ルー・ウルフがうめいてそれでも、あたしの前に出てあたしを庇おうとする。

あたしは縄で自由になれない。助けに入る事も出来ない。さっき転がった時に足を痛めてしまったらしく、立ち上がろうとすると足首から鋭い痛みが走る。


「やめてよ、ルー・ウルフが何かしたわけじゃないでしょう!」


「ならさっさと首飾りを渡せ!」


「もっていない物をどうやって出せと言うの!」


「嘘を吐くな!!」


といつまでたっても、不毛な言いあいにしか発展しなかったとき。


「何の騒ぎだ! 坊ちゃんたち! また平民いじめか?! 御父上から止められているだろう、次にしたら小遣いなしにするって!」


薪の倉庫の見回りだったのか、屈強な男が現れてあたしたちを見て、大声で怒鳴った。

男の声でルドルフ達が一瞬動きを止める。その言葉は確かに効果があったらしい。

いつの間にか、ルー・ウルフを殴ったり蹴ったりしていた護衛が、ルドルフ達の後ろに下がっていた。差も己は無関係と言いたげに。


「あんた大丈夫か! ひどい腫れ方をしている頬だ、鼻血だって出ている、……! あんたも目の周りが真っ青だ。女の子の顔を痣になるほど殴るなんて」


屈強な善人があたしの綱を切って、ルー・ウルフを起き上がらせる。

そして子息を睨んで、さらに子息の命令を聞いていた男を見て言う。


「護衛、あんたまで良識を捨て去っちゃいけないだろうが! 短剣の一本も持っていない青年相手にこんな真似なんて」


「命令を実行したまでだ、護衛はそれ位しかできないものだ」


ルドルフの後ろに下がった護衛が、悪びれもせずに言う。その言い方に善人の男が嫌悪感をにじませた顔で返した。


「この責任転嫁野郎が」


男が吐き捨て、ルドルフに睨まれながらも言う。


「この事はしっかり報告させてもらいますからね。最近の坊ちゃんの平民いじめは、目に余る、と当主様がおっしゃっていたからな。ほらあんた、立てるか、手当てを」


「……私よりも、ヴィの手当を優先してくれ、ヴィの顔に傷が残ったら」


じたばたしながらも、自力で起き上がって鼻を押さえたルー・ウルフが言う。男に縄を切ってもらったあたしは彼に這いずって近寄って、服の袖で彼の血をぬぐった。


「大丈夫じゃないでしょう、あなたも冷やして」


「……ヴィ、まさか足に何か怪我を? さっきから足の動きが鈍い」


「ちょっとひねっただけだから。立てる。あなたの方がすごい血の量」


「私はいいんだ、早く治るから」


血を止めながら言うルー・ウルフが、助けてくれた男の肩を借りて立ち上がる。


「まて、まだ首飾りの行方を聞いていないぞ!」


そしてさらにまだ悪あがきのように怒鳴っているルドルフの声を無視して、薪倉庫から出た。


「近くに俺の小屋があるんだ、そこで血をぬぐったり手当てをさせてほしい。うちの坊ちゃんが大変に悪い事をしてしまった」


男の提案に、あたしは迷わないで賛成した。ここで口封じのために殺されるとかは、きっとないと思ったからだ。

口封じするなら、薪倉庫の方が人目につかないし、汚れだってすぐ隠せる。

わざわざ運んで口止めのために脅迫したりしないだろう。


「坊ちゃんもおばあさまの形見の首飾りを、学校の恋人に貸す前まではもう少しましな人間だったんだが……首飾りが恋人から返却されないで、それが奥様に知られてな。奥様がカンカンに怒って、首飾りを取り戻すまで小遣いを半額まで減らしたんだ。そのせいで荒れているんだ。街に遊びにも行けないと。……探し方も悪いらしく、情報一つ手に入らない」


小屋に行くまでに、男の人が簡単な事情を説明してくれた。ねーちゃんはこの家のおばあさまの首飾りを持ち逃げして、その結果ここの坊ちゃんは小遣いを減らされて激怒しているらしい。

ねーちゃんを恋人にしてしまったのが、間違いだったと思うんだけれど。


「……彼女は秋の舞踏会では、立派な秋色の首飾りをしていたな、あれはこの家の大奥様の飾り物だったか……」


ルー・ウルフが記憶をたどるように言う。その声を聞いて男が目を丸くした。


「あんた何か知っているのか? なんでもいい、教えてくれやしないだろうか。俺たち使用人にも、あの首飾りを探すようにと奥様が頼んできているんだ」


「その前にルー・ウルフの手当をして。鼻血を出して顔が腫れてるんじゃ、喋りたい事だって言えない」


「もちろんするとも。うちの坊ちゃんたちの蛮行のせいだからな」


言いつつ小さくても、ぜったいにあたしの家より立派な造りのおうちに入る。

かまども隙間のない立派なものだ。これは部屋が温まるだろう。

事実熾火らしいのに、部屋はほっとするほど暖かさを保っていた。

椅子にルー・ウルフを座らせてくれた男の人は、濡らした手ぬぐいを渡してくれる。あたしは足を引きずりながら、彼の血をぬぐった。


「鼻血は冷やして血管を押さえればすぐに止まるんだけど……もう止まった?」


「私は傷の治りがとても速いんだ、そう言う体質だから」


「ごめん」


あたしは手ぬぐい片手にうつむきそうになった。大本はねーちゃんだ。ねーちゃんがみんな悪い。

でも彼はここに来る必要なんてなかったのに、あたしを助けに来てくれたのだ。

申し訳なさでいっぱいになってしまう。


「……どうして謝るんだ」


「あなたは何も悪くないのに。ねーちゃんのせいで巻きこんだ」


「ヴィ、私は居候なんだろう?」


あたしの頭に手を乗せて、ルー・ウルフが問いかけて来る。ここで言われる意味が分からなかったのに。彼は真面目に言いだした。


「本当は追い出したって良かった私に、居場所をくれたのも仕事先をくれたのもヴィとヴィザンチーヌさんだ」


それは事実だ、それがどう関係するのかと言葉の続きを聞いてしまう。彼はだから、と続けた。


「ヴィを助けに行くのなんて当たり前だろう。私を生き直させてくれた人の一人だ。その窮地に私が馳せて行かないでどうする」


「それでぼこぼこにされてたら意味がないだろうよ、ほら、新しい手ぬぐいだ。すごい出血の割にすぐ止まってよかった……って、え?」


小屋の主が突っ込みながら、新しい手ぬぐいを渡してくれた時、彼はルー・ウルフの顔を何度も見て、え、と言葉に詰まった。


「え、待ってくれ、あんた殿下じゃないか!? ちょっと待ってくれうちの坊ちゃんは殿下にこんな暴行を」


「私はもう殿下じゃないんだ。この前のパーティで色々あって、城から追い出された身の上だから」


「……だから首飾りの事を少し知っているようなことを……まあいいか、なあ、教えてくれないか、俺たち使用人には首飾りの前情報が少なすぎるんだ」


「私に教えられる限りのことなら、教えたい。あなたが間に入ってくれなかったら、ヴィに暴力が向けられていたのだろうから」


……今まで、王子様だろうなと思っていたのは事実だ、しかし本物の王子様だと確定したのは今この瞬間だった。ルー・ウルフは本物の元王子様だったのだ。


「秋色の首飾り、とルドルフ殿は言っていただろう。秋の学園の行事で、私の元恋人はお友達から秋色の首飾りを「殿下の元恋人? 奥様は、坊ちゃんの元恋人だと」


「きっとねーちゃんがいろんな男性と関係を結んでいたんだと思う。本人が堂々と恋人って言わない限り、恋人って他人が勝手に思う勘違いを、ねーちゃんだったら利用する」


夢中にさせて貢がせたんだろうな……と想像するのは簡単だ。ましてねーちゃんなら楽勝でもある。しかしねーちゃんあの性格で男の人に貢がせるの上手だな。


「……ねーちゃん?」


男の人があたしを見て、言った事を繰り返した。


「首飾りを持ち逃げしたのは、君の姉……?」


「魔力が高くてお貴族様の所に行っちゃって縁を切ったねーちゃんが一人いてね。ルドルフだっけ、さっきの暴力坊ちゃんはあたしをねーちゃんと勘違いして、首飾り返せって言ってきたところから考えて、あたしのねーちゃんがそれを持ち逃げした可能性が高い」


「……なんて事だ」


男の人はそう言ったあと、はっとした顔になる。


「自己紹介がまだだった、俺はステファニー。スーティで構わない」


「あたしはヴィ。ヴィだけでけっこう」


「ルー・ウルフというんだ。色々な事をありがとう、スーティさん」


変な所で自己紹介を終わらせ、あたしたちは情報を渡していく。


「とにかく、彼女が秋色の首飾りを公の場につけて行ったのは秋の行事のことだった。デザインをたいそう気に入ったらしく、ちょっとした外出でもつけて行っていたほどだ。確か冬の行事になる前までしょっちゅうつけていたはずだ」


「って事はそれまで確実にねーちゃんが持っていたってわけで」


「冬に相応しくない色になった、と新しい首飾りをねだられて、そこそこの物を一そろい送ったのは記憶にある」


「ルー・ウルフも貢いでたか……」


まあ恋人扱いだったんだから、贈りそうな物ではある。


「その後その少女が首飾りの事を言っている場面は?」


「……宝石箱の中身を整理したいと言って、私に宝石箱の中を見せてきたのはたしか……その後だったような」


「そこに首飾りは!」


スーティが身を乗り出す。ルー・ウルフは言った。


「お気に入りの飾りを入れる場所に、秋色の首飾りがあった。たわわに生る葡萄をモチーフにした金の星の意匠の」


「それだ! 大奥様が秋のお祭りでいつもつけていた、亡き大旦那様から頂いた飾りだ!」


あたしはその時点で嫌な予感しかしない。事実ルー・ウルフはこう言った。


「彼女の私物の宝石は、学校を追い出されるときに彼女が全部持って行って」


「つまりねーちゃんと一緒に行方不明ってことであってる?」


「私の持参金と一緒にな」


「ありがとう!」


手掛かりは本当になくなったのに、スーティは嬉しそうな顔になった。


「そこまで情報が集まったなら話が早いんだ、下町のことなら下町の伝手があるし、裏口なら裏口の伝手を頼むし、それもできなくて困っていたところだったんだから」


「情報が集まったから首飾りが見つかるとは言えないよ」


あたしは嫌な事だけど、言っておかなきゃならないからスーティに言う。恩人だし。


「そんな高価な宝石付きの首飾りだったなら、ばらして売っても相当お金が手に入る。きれいなまま戻って来るってのは……あんまり期待できないと思うよ。なんせあのねーちゃんだ」


足がつかないように細かくばらばらにして、小出しにして売っているかもしれない。

その可能性はゼロとはとても言えなくて、スーティがショックな顔になって、それでも言った。


「宝石の一粒だっていい、ショックでふさぎがちになった奥様がもう一度使用人たちに笑ってくださるなら!」


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