11 ねーちゃん持参金以外に何盗ってったんだ?
この時点で問題になっているのは、あたしのことが目的なのかそれとも別口、たとえばかーちゃんとかルー・ウルフとかへの人質目的かと言うところだ。
前者ならあたしはあたしがしでかしただろう事の後始末をつけなくちゃいけないし、後者なら頑張って逃げ出さなければならない。
縄で縛られていても、目隠しはされていないから辺りを見回す。
うちよりずっと立派な木造の家は、明らかに薪を集めて置いておく用の、金持ちの家にある設備の一つに見える。
なんとなくお金持ちは薪を置く倉庫もいい物なんだな、と思ってしまう。うちより隙間風が吹かない分、かまどを焚かなくても温かくてうれしい。
しかしあたしを連れてきた男たちは寒い寒いと言って、小さなストーブの前に集まっている。
軟弱ではないだろうか。それとも貴族は薪があるいつでも温かい生活に慣れているから、これも寒いうちに入るのか。
あたしは彼等の方を見て、ぎしりと言う音で向こうの注意をひいてしまった。
「目を覚まさしたようだ」
「だがさっき調べたところ、自分では持っていなかったぞ」
あたしはとりあえず目的が分からないうちは、話してはいけないと判断した。黙っていれば男の一人が近付いてきて、あたしを見て顎をしゃくった。
「この女であっているのか?」
「ほかにそんな桃色の髪の毛の女がいるわけがないだろう」
「じゃあ本物なんだな。ちゃんと連れてきたんだ、報酬を渡してもらおう」
「それはこの女から取り返した後だ。……この泥棒女、女詐欺師め、私からとったものを返してもらおう」
「何を取ったのかなんて知らないのだけれど」
誰かと勘違いしてんな、この方向性だとねーちゃんと勘違いしてそうな感じだ。
あたしの事実だけの言葉に、優男が激昂した。
「私があげた首飾りのことも覚えていないのか!」
「だってそんなもの貰ってないし、貴方と会った事だってない」
人違いだと、言おうとした時頬をぶたれて、言葉は言えないで止まった。
「何を言い出すかと思ったらそんな馬鹿なことを! お前が学校でわたしに媚を売ってきた男爵家の養女じゃなくて何者なんだ! わたしから奪った首飾りを返せ!」
「……」
取りあえず土間の床に座り直す。叩かれた拍子に倒れてしまって、少し起き上がるのに時間がかかってしまったのだ。
「ずいぶんと余裕そうだな」
「あたしはそんなもの知らないから。誰かと間違えてるのにも気付かないなんて間抜け」
「何だと! お前みたいな沸いた桃色の髪の女がほかにいてたまるか!」
激昂している優男だが、あたしは真実見覚えもないし、首飾りに思い当たるものなんてない。
あるとしたらそれはきっとねーちゃんだ。
学校って言ったし。きっとねーちゃんが学校で、この優男に何か言って首飾りを手に入れたに違いない。
「あなたのことなんて本当に知らないし。だいたい、街はずれの魔女の娘がどうしてあなたと面識があるの」
顔をあげて言うと、彼はますます激昂したけれど、その男を止めたのは、不気味な沈黙を保っていた男だった。
「殴りすぎては会話もままならない。ご子息、耐えなさい」
「っ」
「それに、一体どんな首飾りなの。いったいどういう経緯であたしに似た人に渡したの」
「お前が素敵な首飾りが欲しいと言ったんじゃないか! 秋の舞踏会でドレスに似合う首飾りが手に入らないから、素敵な秋の色の首飾りを」
秋の色といえば……橙や黄色や朽葉色と言ったものだろう。それらの色を持った宝石付きの首飾りだろうか。
あたしはますます身に覚えがない。そんな物を着てどこかに行く事などないし。
「決定系で人違い。というかその人」
あたしのねーちゃんだ、と言おうとした時、いきなりがつんと殴られて目の前に火花が散った。女の子殴るのか、このボンボン。とても信じられない人格だと思って呻くと、唾を飛ばす勢いで言われた。
「あれはおばあさまの形見だったんだぞ! お前が借りたまま返さないで退学になるのが悪いんだ! 返せ、どこに隠した! あれをお前に貸したと知られてからこちら、私を見る家の人間の視線が変わったのだぞ!」
……あのねーちゃんにそんな貴重品貸してしまう時点で、評価がガタ落ちになるのは目に見えていただろうに、と思うのはあたしだけだろうか。
ねーちゃんが返してくれると思っていた時点で甘い。ねこばばするに決まっている。
あたしの服の襟首をつかみ、血走った眼で睨む優男。あたしは縛られているから動いて逃げられるわけがない。
「お前の家は探させに行かせた、だがそれらしきものはなかった! だったらお前が肌身離さず持っているはずだ!」
服のボタンに手がかけられる。あたしは言った。
「もっていないし人違いだし、その人たぶんうちの縁を切ったねーちゃんだから」
「言い逃れをするな!」
そこで本当に服に力がかかったから、あたしは自由だった足で身をよじって腕から逃れて、土間を転がった。
「本当。ねーちゃんがあなたから何を盗んだのか知らないけど、本当にあたしは無関係。だってねーちゃんはどこかに行っちゃったのだもの」
「切り捨てられたいのか!」
腰の剣に手をかけた男に、先ほどの男が手を当てて止める。
「ご子息、それでは殺人になってしまうだろう」
睨むあたしと子息と言う男、膠着状態が続いた時だ。
「ヴィ!」
扉が無遠慮に開けられて、あたしの前に現れた背中は、朝見送った背中だった。
「ルー・ウルフ」