完璧な彼氏
私の理想の彼氏像────────
まずはイケメン。これは外せない。
背は高い。
スラっとした筋肉質がいい。
性格はとにかく優しい。
一緒にいてドキドキする人がいい。
お金は……持ってた方がいいかな。
デートは家まで迎えに来てくれて、いつも私が楽しめそうな所を選んで連れて行ってくれる。
そして門限の20時までには必ず家へと送り届けてくれる。
そして何より私のことを愛してくれている。
そう、完璧、完璧な彼氏────────
「そんなやつおるかっ。」
親友の麗子が大阪弁で突っ込んできた。
「わかってるよ〜言うのはただやん?」
私も大阪弁で返す。
一応言っておくが私達は2人とも関西人ではない。
「だいたいそんな夢みたいなこと言ってるから雛にはいつまでたっても男ができないの。その辺歩いてる男とちょっと付き合ってみたら?」
なんだその適当な選び方は…
まあ麗子には大学生の素敵な彼氏がいてるからなぁ。
「雛ちゃんは美人だから。きっと理想の人が見つかるよ。」
ニコニコしながらもう一人の親友、花が言う。
花はいつも私を褒めてくれる。
「花がそうやって甘やかすから、雛が調子にのるの。」
「調子になんてのってないし…」
「いい?雛。そんなに男に完璧を求めてたら行き遅れて痛い目見るからね!」
「大丈夫。そん時は僕がお嫁にもらってあげる。」
そう言って花は私の手を握った。
花は男の子である。
名前は花田 春樹。あだ名は花ちゃん。
公立の高校なのに男女比率が極端で、うちのクラスには男子が一人しかいない。
姉御肌の麗子がポツンとなってる花に声をかけたのだ。
最初私は男の子ということに抵抗があったのだが、花はこのクラスの誰よりも優しくて穏やかな性格だった。
見た目もタレ目で可愛らしい顔つきと、男の子にしては長めのショートボブの栗色の髪型をしていたので、今では女の子の友達みたいな感覚で仲良くしている。
「ありがと〜花、大好き。」
私は花をぎゅーっと抱きしめた。
花もぎゅっとやり返す。
「ああもう、花雛コンビはそうやってすぐイチャイチャするし。」
ある日委員会が終わって帰ろうとしたら雨が降っていた。
どうしよう傘持ってきてない。
「雛ちゃん一緒に入る?駅まで送ってくよ。」
「花ちゃ〜ん。」
花はいつも私を助けてくれる。
「あれ?花ちゃん背ぇ伸びた?」
「うん。ここ半年で5㎝くらいは伸びたよ。」
花も16歳の男の子。
今が伸び盛りの成長期だ。
会った時はそんなに変わらなかったのに…
「おっきな花ちゃんなんかやだな〜。」
「だよねー。僕もなるべく学校では背中丸めて目立たなくはしてるんだけどね〜。」
隣りで並んで歩く私にニッコリ笑う。
花のこの笑顔大好き。
私は花の耳のそばにくっついていたゴミを見つけて取ってあげた。
「なっ、なに?」
「あ、ごめん。ゴミついてたから。」
ありがとうと言った花の頬が赤くなっていた。
「花ちゃん可愛い。私が男だったら付き合ってるわ。」
「…雛ちゃん。僕、男の子…」
そうだった、そうだった。
花を見てるとつい忘れてしまう。
「わっ、ヤバい。帰れない…」
母からのメール。
学校から家に帰る電車の路線が事故のためにストップしてるのだという。
「雛の家遠いもんね。他の線じゃ帰れないの?」
「平行してる線ないの〜田舎だから。」
行けるとこまで行ってバスかな…
混んでそうでやだなぁ。
「家族からOKもらえた。送ってあげるよ。」
スマホで誰かと連絡を取り合っていた花が言う。
「雛ちゃん遠慮はしないでね。」
花がニッコリ笑った。
花の家は学校から歩いて10分の所にある。
「いいねー花は。家近くて。」
「そうだねー。ギリギリまで寝てられるし。」
テヘッと舌を出す花。可愛い。
花の家は新築の大きな一戸建てだった。
大きなガレージには、これまた大きなバイクが置いてあった。
「すごいねこれ格好いい。大型バイクっていうの?」
「ううん、これは中型。大型の免許は18歳にならないと取れないから。」
そう言って花はひらりとバイクにまたがった。
「親父が今日は使っていいって言ってくれたから送るよ。」
うん?
キョトンとしている私に花がもう一回言った。
「だから、僕がこのバイクで家まで送るって言ってるの。」
はっ、花ちゃんが?!
「花の親が車で送ってくれるんじゃないの?!」
「誰もそんなこと言ってないだろ。」
そうだけど…花とバイクのイメージが真逆なんだけど!
「早く乗れって。」
花は私にフルフェイスのヘルメットを被せた。
な、なんかさっきから口調が男の子してない?!
後部座席に座った私は遠慮気味に花の服を掴む。
「それじゃあ振り落とされる。」
花は私の両手首を引っ張って、自分のお腹の前でクロスさせた。
必然的に私は花の背中にベッタリとくっつくわけで…
教室で何度もハグし合ったけれど…
なんだっこの今の胸のドキドキはっ?!
「しっかり掴まっとけよ。雛。」
なんで呼び捨て?!
花は?!私の可愛い花ちゃんはどこいったっ!!
「ちょっと寄り道していい?」
赤信号で停車中、花が私に聞いてきた。
「…うん。」
未だパニック状態の私は何を言われてもうんとしか答えられないだろう。
花は私の家の方向を外れ山道へと入って行く。
そこはライダー達には有名なツーリングコースだった。
曲がりくねった急な坂道を、さらにスピードを上げて登って行く…
下手なジェットコースターよりよっぽど怖かった。
やがて少し開けた小さな駐車場でバイクを停めた。
し、死ぬかと思った……
「見て、雛。夜景。」
見ると、薄暗くなった眼下の街に明かりが灯り始めていた。
「もうちょっと暗くなったらもっと綺麗なんだけど…」
「ううん、十分綺麗だよ。」
こんな高い所からの夜景なんて初めて見たかもしれない───
って、夜景に感動している場合じゃない!
「どおいうこと花?バイク乗ったら人格変わっちゃうタイプ?!」
「どこの漫画だよ…」
花は拳を口に当てながら吹き出すように笑った。
いつものニッコリ笑う笑い方じゃないっ。
「俺…」
おっ、俺?!
「高校入る時に引っ越してきたっていったじゃん?親父の転勤が急に決まって…近いし偏差値もちょうど良かったからあの学校にしたんだけど、入ってビックリしたよ。」
花が参ったという感じで髪をくしゃくしゃとかいた。
確かにわかっていたらあんな男女比率が極端な共学を誰が選ぶだろうか。
「入学早々辞めるわけにも行かないし…どうすっかな〜って悩んでたら麗子ちゃんが女の子みたいだねーって話しかけてきてくれて、そっち系でいけばいいのかって思った。」
「えっ……てことは?」
「そう、こっちが本当の俺。」
はっ、花ちゃんが……まさかの花男だった───!!
「おっともうこんな時間。ちゃんと時間までに送ってあげないと…」
花が呆然としたままの私の顔を覗き込む。
「雛の理想の彼氏になれないからね。」
それって────────……
以前私は教室で、理想の彼氏にその条件を言っていた。
あわあわする私に、花がまた吹き出した。
昨日あれから花は私の門限である20時までに家まで送ってくれた。
今日私の前にはいつもの花ちゃんが麗子と楽しそうに話している。
昨日のあれは夢だったんだろうか……
「麗子〜!」
麗子が入ってる部活の子が呼びに来たので机には私と花の二人だけになった。
「ちょっと雛、俺のこと見すぎ…」
やっぱり夢じゃなかった!!
「出たわね花男!」
思わずにらんでしまった。
「人を化け物みたいに。てか、ネーミングセンス悪すぎ。」
花が私の耳元に手を伸ばす。
「なっ、なに?!」
「ゴミがついてた。」
花がイタズラっぽくにっと笑った。
私の顔が赤くなっているのがわかる。
「どおいうつもり?からかってんの?」
「……だって俺ばっかりドキドキしてるなんて不公平じゃん。」
花が大きくため息をついた。
「雛……」
休み時間の騒がしい雑踏の中でその声だけははっきりと聞こえた。
「好きだよ。」
「ちょっと聞いてよさっき部活の子が言ってたんだけど、二組の高木がまた告白されたんだってー。」
「高木君格好良いからね。」
「普通の環境ならあんなの中の下よ!女子ばっかの中にいるから変にモテんのよ。」
な、なに今の……
「顔だけで言ったら花の方がよっぽど格好良いよ。花は普通にイケメンだもん。」
「ありがとう。でも僕こんなだし。」
好きって言った?
好きって言ったよね……?
なんでその後に普通に麗子としゃべれんの?
「ちょっとは男っぽくしてみたら?告白バンバンされるようになるかもよ。」
「そうかなー。でも告白されるなら雛ちゃんからがいいなぁ。」
ちょっ……
花がニッコリ笑って私を見ている。
だ、ダメだ。顔がゆでダコだっ。
「ちょっと雛、熱でもあんの?」
真っ赤かな私を心配して麗子が聞いてきた。
「本当だ。熱計ってみよう。」
そう言って花が私のおでこに自分のおでこをくっつけてきた。
これは……私がたまに花にしてたやつだっ!!
か、顔が近いっ!!
「ねっ…ドキドキするだろ?」
花が耳元でささやく……
これは……っ、あかん!!
「私っ先生から用事頼まれてたの忘れてた!!」
私は花から一目散に逃げ出した。
どうしようどうしようっ。
これから花の顔をまともに見れる自信がない。
なんなんだこの胸のドキドキはっ?!
花は私にとっては女の子の友達で親友なのにっ!
力なく廊下にへたり込んでしまった。
「先生って誰?」
追っかけて来ないでよ……
「……あなたは花ちゃん?それとも花男?」
「どっちがいい?」
花は私の手をそっと握った。
「教室に戻ろう。授業が始まる。」
どうしよう…
これからどう接していいんだか全然わからない。
「なんか最近変よあんた達。」
麗子が私と花を見やって言った。
「花というより雛が変。花の顔を見ようともしないし。」
麗子…言いたくなる気持ちは分かるけど今そのことに触れないで。
「……僕、雛ちゃん怒らしちゃったから。」
「怒ってないよっ。」
バチっと花と目が合う。
ダメだっ。どんな顔していいかわからない。
「ほらそうやってすぐ目をそらす。いつものように花にハグしてみなさいよ。」
ムリムリムリムリムリ。
次の授業が体育なので、みんな体操服に着替え出した。
いつものように花が教室にいても気にしない。私も花の前で平気で着替えていた……
花のすぐ後ろの席で女子が下着姿になっている。
私の視線に気付いた花が後ろを振り向こうとした。
「だっダメっ!!」
花の目を隠そうと前のめりになった私はそのまま椅子ごと派手にひっくり返り気絶してしまった。
目が覚めると保健室のベッドの上だった。
上半身を起こすと頭が痛い……打ったのかな。
「雛……起きた?」
ベッドを区切るカーテンを開けて花が入ってきた。
ベッドの脇にあった丸椅子に腰をかける。
「……ごめん。だいぶ動揺させてるよね?」
あの日からずっと心が騒ぐ。
花がちゃんと花ちゃんとして演じていても、男の花が出てきて拭えない。
「どうしていいかわからないの……」
「ごめん…でも僕はイヤだったんだ。目の前にいて、触れてるのに…その先に行けないのが。」
先……?
その先って何……?
「僕の……」
花は少しためらった後、再び口を開いた。
「俺の彼女になってほしい。」
息が止まる───────
私が最初に浮かんだのは、あのニッコリ笑う花ちゃんだった。
「無理ならもう…男の俺は封印する。避けられるのは辛いから、また友達として接してくれないか?」
答えられない。
自分でもどうしたいのかわからない。
何も浮かばない……何も考えたくない…
「………っ痛。」
頭がズキンとした。
「大丈夫か雛っ。」
花が心配して差し出した手を思わず避けてしまった。
花の手が、空中で虚しく握られる。
「そっか……わかった。」
花が去って行ったカーテンを
私はずっと眺めていた。
それから花はいつもの花ちゃんだった。
私と二人きりになっても、あの時の花が出てくることはもうない。
それが自然になっていき、私もまた元のように気安く花にハグ出来るようになった。
花がいない。トイレかな?
私は麗子と二人でご飯を食べていた。
「花、最近ますます背が伸びたよねー。今175cmくらいはあるんじゃない?」
成長期だからね。モグモグモグ。
「顔も可愛らしいって感じから男って感じになってきてるよね。」
そうかな?可愛いまんまだけど。モグモグ。
「今日告ってきた子と付き合って性格もちっとは男らしくなればいいのにねー。」
ふーん。モグモ………っ。
「何その話?!」
「うん?今それで呼び出されていないんじゃん。」
何それ何それ何それ。
「あっ花帰ってきた。どんな子だった?」
「うーん…可愛い子だったよ。」
「じゃあ付き合いなよ…あっ、花って女に興味あったっけ?」
「そりゃ見た目は女っぽいけど男に興味はないよ。女の子のことは好きだよ。」
花が別の子と…
そんなこと考えたこともなかった。
「じゃあとりあえず付き合ってみな。はい決まり〜。」
「麗子ちゃんは強引だなぁ。」
……やだ。
花が別の子に取られるなんて……
絶対やだっ──────!!
「ちょっと雛っ。何泣いてんの?!」
麗子に言われるまで泣いてるだなんて気付かなかった。
「……雛…ちゃん。」
二人が必死でなだめてくれたけど、後から後から涙が溢れてきて止まらなかった。
その日校門を出ると、花がバイクにまたがって待っていた。
「乗って。」
それだけ言って私にヘルメットを投げた。
花の腰にぎゅっと捕まり、バイクで走って着いた所はあの夜景が見える小さな駐車場だった。
長い沈黙の後、花が静かに口を開く。
「僕に言いたいことないの?」
「……急に泣いてごめんなさい。」
「別にいいよ。他は?」
「彼女出来て良かったね…」
「はぁ?!付き合うわけないだろっ。雛が好きなのに!」
花が両手で私の顔を自分の方に持ち上げた。
「僕が……っ、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。」
花の瞳が揺れている。
「まだ…あの時の雛の答えを聞いてないっ。」
このまま少しでも近づいたら、唇が触れてしまいそうな距離だった。
花は私の顔を包んでいた手をそのまま下げて肩を掴み、自分から遠ざけるように私を後ろに押した。
「ダメだ……気が狂いそうになる。」
そう言って力なくしゃがみ込んだ。
「こっちの気も知らないで。相変わらず胸押し付けてぎゅってしてくるし。」
「なっ!押し付けてなんてないしっ!」
急に何言い出すの?!
「当たってんだよいつも!わざとだろ?!」
「そんなことわざとするわけないでしょ!」
「…もう……僕だけドキドキしてバカみたいだ。」
花は頭を抱え込んで大きなため息をついた。
「今日だって泣き出すし…諦めようとしてるのに…期待するだろ。」
「だって……気付いたんだもん。だから、すごく後悔した……」
花の隣りは誰にも譲りたくない。
ニッコリ笑いかけてくれるあの笑顔や、イタズラに微笑んでくるあの笑顔だって……
全部、全部─────……
この感情は…
友達なんかじゃ押さえきれない──────
「やっぱり花が好き。」
「……それってどっちの?」
「どっちの花も大好き。」
花は強引に私を引き寄せ
そのままキスをした。
「やっと雛にキスできた。」
突然のキスに私は一気に真っ赤になった。
「ドキドキした?」
「…バカ。」
花は私の大好きなあの笑顔でニッコリと笑った。
「俺も大好きだよ。雛……」
いつまでもいつまでも……
私を強く抱きしめていた。
「ああもう、花雛コンビはそうやってすぐイチャイチャするし。」
麗子が今日も呆れたように私達を見ている。
「雛ちゃん胸が顔に当たって苦しいよ。」
「当たってないよ〜花ちゃんエッチね。」
「もういいわ。私トイレ行って来る。」
麗子がいなくなって机には私達2人だけになった。
「今のは絶対わざとだろ?」
怒る花にべっと舌を出す。
「後で覚えてろよ。雛っ。」
学校では私の方がやりたい放題で雛をからかっている。
後できっちり、男になった花に仕返しされるけど─────
私の理想の彼氏像────────
まずはイケメン。これは外せない。
背は高い。
スラっとした筋肉質がいい。
性格はとにかく優しい。
一緒にいてドキドキする人がいい。
お金は……持ってた方がいいかな。
デートは家まで迎えに来てくれて、いつも私が楽しめそうな所を選んで連れて行ってくれる。
そして門限の20時までには必ず家へと送り届けてくれる。
そして何より私のことを愛してくれている。
そう、完璧、完璧な彼氏────────
あっそうだ。
学校では女友達として接してくれるっていうのも付け足さないとねっ。