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ツナガル羽  作者: はれのひ
第二章 少年期
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落ちこぼれの日々

初飛行を終えた若き羽人は、その後の飛行訓練で様々な飛行方法を学んでいく。


急上昇に、急降下。高速飛行に、低速飛行。周回飛行に、ホバリング。背面飛行に、宙返り。


羽人の強みはその自在な飛行方法にある。大空を巧みに舞い、獲物を翻弄し、敵の攻撃を躱し、必殺の一撃を見舞う。若い羽人たちは、戦士として必要な飛行方法を一通り身に着けていく。


そして、その次は、武具を装備しての飛行に慣れる訓練が始まる。


羽人の装備は、なるべく飛行を妨げないように、軽装だ。


角豚の皮をなめ下ろした皮胸当に、狩りに携帯する道具を入れる腰ポーチと解体用の腰刀。そして、一振りの大槍。


皮胸当と腰ポーチ、腰刀を着けての飛行は、みんなすぐにこなせるようになったが、槍だけは苦戦する者も多かった。身の丈を越えるほどの大槍を抱えて飛行するのは、空手で飛行するのに比べ各段に難易度が上がるのだ。


飛行中に槍を振るえるようにならなければ、獲物は狩れない。羽人はしっかりと時間をかけて自分たちの飛行練度を上げていく。まずは槍を両手で持ったまま飛行するところから初め、学んだ飛行方法を槍を持ったままこなせるように練習していく。その後は、片手で槍を持った状態での飛行訓練につながっていく。


上達していく兄妹を後目に、テトは落ちこぼれていた。


得意なのは、自分の意の通りにならない急上昇と急降下だけ。槍を持たない状態でも、どの飛行方法もままならない状態だった。


見かねた世話役のサスが、飛行に長けた年長者のコオに助言を求めた。


「ちいさい体に対して、羽の力が強すぎる」


コオはテトの飛行を見て、そう論じた。


テトの小さい体は、その分他の兄妹に比べて軽い。弱い力でも軽々とその身を宙に浮かせ、小さな気流の乱れにも身体があおられてしまう。


対して、テトの羽は、他の兄妹と比べても大きかった。その羽ばたきは力強く、空を舞う飛竜(ワイバーン)を思わせる。


小さい身体と強い羽。


そのバランスの悪さが、テトの飛行の上達を妨げていた。


「風を読む力を養うしかない」


コオは端的に言った。


「小さい体は飛翔に適している分、その軽さから簡単に風に煽られる。見ている限り、テトは自分の羽ばたきにすら煽られている。自分が巻き起こす気流、空を流れる気流、大気の流れを掴まなければ、大空を舞うことはできない」


コオの助言を胸に、テトは何度も何度も飛行訓練を繰り返した。どんなに失敗してもくじけずに。兄妹たちが、槍を携帯しての飛行に成功していくなか、ひとり空手での飛翔を続ける。


時は過ぎ、初飛行から一か月の時が流れた。


テトは、他の兄妹たちが飛翔状態からの攻撃方法を学ぶ中、ようやく槍を傾向してのホバリングと低速飛行を習得した。しかし、まだ高速で飛行すると身体があおられ、飛行がままならなくなる。


羽人の攻撃は、高速急降下や旋回からの刺突が主だ。


前途は多難だった。


どうすれば上達するかと思い悩んでいると、テアが声をかけてきた。


「ねえ、テト。あなたちゃんと風を見てる?」


「風を見る?」


訊き返すと、テアが頷いた。


テアは同い年の兄妹の中で、特に飛翔に長けていた。力強さでは、巨躯のテロに軍配が上がるものの、そのしなやかさは年長者たちも舌を巻く。


「飛ぶコツは、風の流れに乗ること。風の流れに逆らうんでもなく、身をゆだねるわけでもなく、その隙間の上に乗って滑っていく感じよ」


「……簡単に言わないでよ」


テトは、少しむくれて言った。


「だって、簡単よ」


テトのすねた態度を、テアは気にもしない。


「目を凝らすと、風の流れが光の線になって見えるでしょう?」


テアが不思議なことを言った。


「は? そんなの、見えないよ?」


「うそ? 私には、はっきり見えるわ」


自信満々に言うテアに、テトは不安になった。


――風が見える?


そんなもの見えた例がない。


テアが可笑しなことを言っていると思ったが、同い年の兄妹たちの中で飛行に苦戦しているのは自分だけだ。みんなは風が見えているのに、自分だけ見えていないのかもしれないという可能性が頭をかすめる。風が見えない自分がおかしいのではないか。


二人は、他の兄妹たちに質問して回った。


「風って見えるわよね?」


「風って見えないよね」


二人の質問に、兄妹たちは不思議そうに首を傾げた。


「見えるわけないじゃない」


兄妹たちは揃ってそう回答した。


テトはその解答にこっそりと胸をなでおろした。








風読(カザヨミ)の眼だね。特別な力だ」


飛翔の達人である年長者のコオが、テトとテアの質問に、そう答えた。


「伝説の戦士、アイ兄さんが同じ瞳を持っていた。アイ兄さんは、私なんて足元にも及ばない飛翔の達人だったよ」


「コオ姉さんよりっ?」


テトとテアは驚いた。


コオは帝国一の飛翔の達人だ。その飛翔は誰よりも速く、誰よりも華麗。たまに行われる模擬戦で、コオが他の兄妹たちに後ろを取られたことはない。


コオがテアの瞳をのぞき込んだ。


蒼く深い色合いの瞳。


「テア、ついておいで」


そう言って、コオは発着場から飛翔した。


コオの言葉に従い、テアも飛翔する。


コオは、発着場前の上空を縦横無尽に飛翔した。流れるような動作で、上に下に、右に左に。重力も風も感じさせない軽やかな飛翔。


コオは飛翔の達人と言われる所以を存分に披露する。


テトは舌を巻いた。


どのように羽を動かせば、これほどまでに自由自在に飛翔することができるのか。落ちこぼれのテトには検討もつかない。


空中でコオの飛翔を眺めていたテアが、コオを追って飛び始めた。


寸分たがわず、コオの軌跡をたどっていく。


テトは目を見張った。テアの飛翔する姿に、風の流れを見た気がした。


テアの飛翔は、むしろコオよりも速く滑らかに見えたのだ。くるくると身体を回転させながら、テアは宙を舞っていく。地を離れたテアの脚が見えない風を掴み、その流れを滑っていく。その飛翔には、体の向きや羽の向きなど関係ないように見えた。必死に体勢を整え、必死に羽ばたき、ようやく飛行するテトとは次元が違う。テアの飛翔は、羽すら必要ないのではないかと錯覚させるほど軽やかだった。


ひとしきり飛ぶと、ふたりは発着場に戻ってきた。


「間違いないだろう。やはり風読の眼だ」


戻ったコオがテアに言った。


「アイ兄さんは、風が見えた。自在に風を乗りこなし、どんな嵐の中でも軽々と飛翔してみせたと言うよ。テア、あんたの眼はアイ兄さんと同じ眼なんだね。大切にしな」


そう言って、コオはテアの頭を撫でた。


「はい、コオ姉さん!」


テアが誇らし気に、頷いた。



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