表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツナガル羽  作者: はれのひ
第二章 少年期
8/35

初めての飛行

羽化したてのテトたち兄妹は、その後一か月間、城の中で体つくりに励んだ。


よく食べ、よく寝る。そして、城内の仕事に従事し、身体を動かす。


城外に出て、獲物を狩る仕事は、羽人にとって花形の戦士の仕事だが、城内にも多くの仕事がある。幼い弟、妹たちの世話。卵や繭の管理。戦士の狩った獲物の解体、調理。貯蔵庫での保存食の作成。工房での武具、防具の製造、修理。すべて帝国を支える重要な仕事だ。


若い羽人たちは、年長者の仕事を見て、仕事を学んでいく。


年長者たちはよく働いた。


狩りを得意とする者も、狩りの合間に城に戻れば、幼い弟、妹たちの世話をする。幼い子たちの世話を主にする者も、子たちが昼寝に入ると、休まず狩りに繰り出す。すべては帝国のため。


兄たち、姉たちを見習って、若い羽人たちは大いに働いた。


特に力を入れたのは、貯蔵庫での保存食つくりだ。


第三階層にある生産施設にある貯蔵庫には、年長者が狩ってきた獲物の肉が吊るされている。一度に食べきれない肉は、乾燥させ保存が利くようにするのだ。


土で造った帝国城の内部の通気性は決して高くない。ただ吊るすだけでは、肉は腐敗してしまう。


腐敗する前に乾燥させる。そのために、貯蔵庫では吊るされた肉の前で、羽人たちは羽を震わせ風を起こす。何人も立ち代わり、入れ替わり、何時間、何日も掛けて風で乾燥させていく。


この作業は羽化したてのテトたちが、羽を鍛えるのにうってつけだ。いろいろな仕事を学ぶ傍ら、テトたち兄妹は毎日交代で貯蔵庫に通い詰めた。


城内の仕事を一通り体験し、やり方を覚える頃になると、テトの身体には逞しい筋肉がついた。体躯に恵まれたテロのように、隆々とした筋骨は育まれなかったが、幼体の頃とは見違えるほど精悍な体になった。








テトたち羽化したての兄妹たちの体つくりが整うと、いよいよ初飛行に挑む。初飛行の時を控えたテトたちは年長者のサスに連れられて神聖母の元を訪れた。


初飛行の前に、神聖母と謁見する。それが帝国の習わしだった。


帝国城の最下層、第六階層にある神聖母の間。


テトたち兄妹二○人は生まれた順に並び、テアを先頭に神聖母の間に入った。


広く半球状に造られた偉大なる母の居室。天井中に張り巡らされたヒカリゴケの優しい光が室内を照らし、丹念に磨かれた壁面が光沢を放つ。神聖母の間の名にふさわしい神々しさが、その部屋にはあった。


テトたちの母にして、帝国の女王、神聖母ヤムリルが、部屋の奥に鎮座している。


その前に、左から順に並ぶと、テトたち兄妹は跪いた。


生まれて二度目。卵から取り上げられ、名を頂いて以来の神聖母ヤムリルとの邂逅。テトは感動に震えた。


神聖母ヤムリルの姿は老いていた。


その顔には深い皺が幾重にも重なり、手足は枯れ木のように細く乾いている。張りも潤いもなくした肌は、若いテトたち兄妹とは比べるまでもなく、朽ちていた。まだ見ぬ弟、妹たちの命を宿した肚だけが、大きく膨らんでいる。


三十年程度で寿命を迎える羽人。その中で、唯一、神聖母だけが百年という悠久の時を生きる。老いた神聖母の姿は、気の遠くなるほどの時間を帝国に捧げた偉大なる母の姿だ。その神々しい姿に、テトは涙をこらえながら頭を下げた。


「若き帝国の戦士たちよ。よく今日まで大きく、強く成長してくれました。母としてこれほどまでに嬉しいことはありません」


神聖母ヤムリルの低い声音は、テトたち兄妹の心に直接響くようだった。


「さあ、ひとりひとり良く顔を見せてください」


「はいっ」


テアが立ち上がり、神聖母の元に寄った。


枯れ木のような神聖母の両掌が、テアの顔を包む。


二人の間で、いくつかの言葉を交わされ、最後にテアが恭しく頭を下げると神聖母の元を離れた。


戻ってくるテアの両目からは、とめどなく涙がこぼれていた。


テアが戻ると、次の兄妹が神聖母の元に寄った。


テトは神聖母と間近で邂逅する兄妹の姿に見とれながら、自分の順番を待った。


そして、左隣りのテテが神聖母の元から戻ると、テトは立ち上がった。


神聖母の前で膝をつくと、神聖母の手がテトの顔を覆う。


固く、冷たい手の感触。


甘い香りが鼻孔をくすぐる。その芳しさにほんのりと蕩けそうになる。香りは、神聖母から発せられているようだ。


――とても、良い匂いだ。どこかで嗅いだことがあるような……。


すぐに、城の中でかすかに香る匂いと同じ香りであることにテトは気付いた。


「小さなテト、あなたが生まれたときのことをよく覚えています」


「はい、神聖母」


神聖母の掌の中、テトは神聖母の顔を見上げた。慈愛に満ちた顔がそこにはあった。


「あなたが生まれたとき、取り上げたキアはとても心配しました。あまりに小さくて、無事に大人になれるのかと。あなたは立派な大人になりましたね」


「偉大なる姉、キアのおかげです」


テトの言葉に、神聖母ヤムリルはゆっくりと頷いた。


「我が娘キアは、命を賭して我が息子テトの命を救いました。そのキアの行動に深い感動を覚えずにはいられません。私は偉大な娘を持った」


神聖母ヤムリルの言葉に、テトは涙を流した。


胸の前で拳を握る。


どくんどくんと脈打つ心臓。


この命は、キアが繋いでくれた命だ。


「小さなテト。あなたのその小さな体には、大きな力が宿っています。どうかその命を帝国のため、まだ幼い弟たち、妹たちのために使ってください」


「命に代えましても、神聖母」


テトは胸中で帝国への終生の忠誠を誓った。


この命が尽きる最期の時までこの命を帝国のために使う、と。








神聖母と謁見をした次の日、テトたちは帝国城最上部の発着場に登った。


世界樹の若木の中腹にある空洞に造られた帝国城。羽人たちが発着する帝国城の出入り口は、若木の穴の淵に造られていた。


若木の穴から望む外の世界。世界樹の森。生まれて初めて見る太陽の光。生まれて初めて感じる風。


想像していた何倍もの大きな世界に、テトは心を震わせた。


それぞれに感嘆の声を漏らす兄妹たちに、世話役のサスの指示が飛ぶ。


「浮かれるのは分かるが、気を引き締めろよ。墜ちたら一巻の終わりだ」


発着場の淵、若木の穴から覗く大地は、気が遠くなるほど遠い。


「まずは穴から上にゆっくり浮上して、ゆっくり戻ってくる。それだけだ。大丈夫。羽人なら自然とできるはずだ」


サスの言葉に、兄妹たちは順々に羽を震わせ、見事に飛翔していく。


「飛べた! 飛んでるよ!」「すごい! これが世界なのね!」


「気を付けろよ! 絶対に墜ちるなよ!」


感嘆の声と、注意の声。


次々と空に昇る兄妹たちの中、テトは羽を震わせた。


ぶうんと羽が低い音を奏で始めると、次第に体重が無くなっていく感覚。


――翔べるっ!


思った瞬間、発着場の地面から脚が離れた。


みるみると眼下の風景が小さくなっていった。


テトは、初めて飛翔した。


先に飛翔した兄妹たちを追い抜き、ぐんぐんと昇っていく。


「テト! ゆっくりだ!」


サスの声と裏腹に、テトはどんどん加速し、空に昇っていく。その勢いに身体がぐらつき、バランスを崩した。今度は逆に、ぐんぐんと下に墜ちていく。


「テト! 体勢を整えろ! 墜ちてしまうぞ!」


サスの言葉に従って、テトは必死に体勢を整えようともがいた。


テトの身体を荒れる風が容赦なくもてあそぶ。


テトはなんとか頭を上に向けると、落下が収まった。再びぐんぐんと上昇していく。しかし、そのすさまじいスピードは明らかにテト本人の意図するものではない。


見かねたサスは発着場から飛翔した。上昇していくテトを追う。しかし、テトのスピードは速く、中々追いつけない。


上空の気流に身体があおられ、スピードが緩まったところで、サスはテトの身体に飛びついた。


「落ち着いて羽の回転を抑えろ、テト。大丈夫だ、俺が支えてる」


テトは頷くと、羽の回転数を落とした。羽音が次第に小さくなる。


「よしっ、そのままだ。そのままの回転で空を飛ぶんだ」


サスがテトを離した。


テトの身体が、高さを保ったまま空中で制止する。


「そのまま、ゆっくりと下に向き直るんだ。ゆっくり、ゆっくり、下に降りるんだ」


言われたまま、テトは体を下に向けた。


ゆっくりと身体が下降を始める。


その飛翔から生まれる気流に身体が煽られ、身体が少しだけぐらついた。


――墜ちる!


咄嗟に羽に力が入った。羽音が大きくなり、テトの身体が急降下を始めた。


「何をやってるだ!」


サスの悲鳴じみた声が、上から聞こえた。


サスがすぐに急降下をはじめ、テトを追う。


「落ち着いて体を起こせ! そうすれば止まる!」


ぐらぐらと体のバランスを崩しながら、テトは必死に体を起こした。


降下のスピードが少しだけ緩まった。


その瞬間、サスがテトを抱きかかえた。そのままゆっくりと発着場に降下する。


「こりゃあ、特訓が必要そうだな……」


サスが呆れて言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ