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ツナガル羽  作者: はれのひ
第二章 少年期
7/35

一年ぶりの目覚め

そして、一年ぶりにテトは目覚めた。








目を開けると、真っ暗だった。


一瞬混乱したが、自分が光届かぬ繭の中にいることを悟る。


テトは、繭の外壁に触れた。


乾いて固い。


テトは繭の壁に歯を立てた。何度も何度も噛み、繭の壁を削っていく。


暗闇の中、自分の肉切歯が大きく逞しくなっているのを感じた。その肉切歯を繭の壁に当てると、繭はみるみると削れていった。たっぷり一時間かけて、テトは繭を食い破った。


ヒカリゴケの柔らかな灯りが、目をつく。一年ぶりに目にする光に、目が驚いている。


テトは身をゆすり、繭から這い出た。


テトの繭は高い位置に収められていたようだ。そのまま、ずでんと地面に落ちた。


「おめでとう、テト! 見事に大人になったな!」


頭上から知った声が掛かった。


サス兄さんだ。


テトは、腕をつき立とうとする。しかし、うまく力が入らず、立てない。


「一年間も寝ていたんだ。そりゃ力も入らないだろう。ゆっくりでいい、自分の力で立つんだ」


「はい、サス兄さん」


テトは、ゆっくり慎重に立ち上がった。ふらつきながら何とか足を踏ん張る。


立ち上がって、まず驚いたのは視線の高さだった。足元の地面が、以前に比べてずいぶん遠い。やせ細った脚は、記憶にある自分の物とくらべて格段に長くなっていた。


テトは辺りを見回して、新しい視界の高さを満喫した。


微笑むサスの顔が目に入る。


以前は、見上げるほどの高さにあったサスの顔。今でもサスのほうが背は高いが、ほとんど目線をあげなくてもよくなっていた。


「テトは、大人になっても小さいな」


サスが笑った。


「しかし、見事な羽だ。大きくて強そうだ」


羽。


――そうだ、僕は大人になったんだ。


テトは肩越しに背中を見やった。


そこには羽人(ハネビト)の成体が持つ四枚の薄羽があった。両手を広げるよりも大きな半透明の羽。


テトは嬉しくなって、顔をほころばした。


動かしてみようと、背中に力を込める。しかし、羽はピクリと一度動いただけだった。


「羽化したてじゃ、力もでない。しばらくたらふく食って、身体を休めるんだ。すぐに翔べるようになる」


そんなテトの様子を見て、サスは優しく微笑んだ。


「腹が減っているだろうが、まずは大浴場で体を洗って来い。その間に食事の準備をしておくから」


「ありがとう、サス兄さん」


テトは礼を言って、羽化室から大浴場に向かった。








帝国城の第四階層にある大浴場。


浴場は百人同時に沐浴することが可能なほど大きい。忙しなく働く羽人たちが、いつでも身体を洗えるように、浴場には常に水が張られている。綺麗好きな羽人たちは、この大浴場の水を一日二回張り替える。当番の羽人が帝国城と川を何十回と往復し、浴場用の水を搬送する。


大浴場には、他に利用者はいなかった。テトのひとり占めだ。テトは身体を洗いながら、自分の体の変化を確認していく。


やはり身長はずいぶん伸びた。手足も長くなっている。羽化直後でやせ細っているが、幼体の頃に比べて身体全体が締まっているのを感じた。今はまだ細いが、幼体に比べて全身を強靭な筋肉が覆っている。


頭を洗うと、ずいぶん髪が伸びているのに気付いた。首筋にかかるくらいの長さだった髪は、今は肩甲骨の辺りまで伸び、羽に掛かる。


自身の体の変化を楽しみながら、テトは全身をくまなく洗った。


浴場から上がると、見知らぬ羽人が脱衣場にいた。


若く美しいメスの羽人だ。


美しく長い銀髪に、透けるような四枚の羽。控えめに膨らんだ胸と尻。まだまだ筋肉のつきがあまく、肩も腰も細い。歴戦の戦士である姉たちと比べて、逞しさは大きく劣るものの、その美しさは大いに勝っていた。


その羽人は、まだ幼さの残る瞳をテトに向け、テトに祝福の言葉を投げた。


「おめでとう、テト」


その羽人は、真新しい布でテトの体を拭いてくれた。特に羽の水気を丹念にふき取り、成体用の新品の服を着せてくれた。背中の羽通しの穴から、そっと羽を出してくれる。


「うん、相変わらず背はちっこいけど、羽は大きいね」


その羽人はテトの羽を見て、褒めてくれた。


羽化したての自分より先に大人になっているということは姉だろう。テトは礼を言った。


「ありがとう、姉さん」


礼を言われた羽人は、きょとんと首を傾げた。


「あれ? もしかして、私が誰だか分かっていないの?」


図星をつかれ、テトはうろたえた。


「えっと……」


記憶をたどり、目の前の羽人の名前を探すが、見つからない。


テトの逡巡を見透かして、その羽人はクスクスと笑った。その様子はとても美しくて、可愛らしかった。


「私はテアよ」


その羽人――テアは自ら名乗った。


「え? テアなの?」


「そうよお。そんなに変わったかしら」


「うん。すごく。その、……綺麗になった」


「ありがとう」


テアは嬉しそうに笑い、悪戯っぽい瞳を、テトに向ける。テアは自分の胸に両手を持っていった。


「でも、おっぱいはまだまだね。おっぱい大好きなテトには満足してもらえないわ」


「ちょっと! もう僕も大人だよ!」


顔を赤くするテト。


そんなテトを見て、テアがまたクスクスと笑った。


「さあ、食堂に行きましょう。お腹空いているでしょう。いっぱい食べて体を強くしなきゃ」








テアに連れられて、大浴場と同じ階層にある食堂に入った。


数百人を収められる食堂の空間には、若い羽人が集まっていた。すべてテトと同い年の兄妹たちだ。


兄妹たちの中で一番遅く蛹化したテト。その場にはすでに羽化した多くの兄妹が顔をそろえていた。


兄妹たちが次々と祝福の言葉をくれた。


テアと同様、兄妹たちは記憶にある姿から様変わりしており、テトは誰が誰なのか分からなかった。


横に付き添ってくれるテアが、ひとりひとりの名前を教えてくれる。


「相変わらず、テトは小さいな」


成体となった弟、テロが憎まれ口をききながら、右手を差し出してきた。


テトは、テロの体躯に驚嘆した。


同年の兄妹の中で、ひときわ大きな体躯をしていたテロは、羽化を経て、その体躯をより大きくしていた。もともと、小柄なテトより頭二つ大きかったが、成体となった今はそれ以上だ。胴回りは倍以上ありそうだ。骨太で大柄な体躯には、逞しい筋肉がつき、歴戦の戦士である兄、姉たちと比べても遜色ない。


ほれぼれするような見事な体躯に、テトは息をついた。テロの手を握り、握手を交わすと、称賛の言葉を送る。


「すごいね、テロ。もう一人前の戦士のようだ」


テロは自信満々に笑みを浮かべた。右腕を折り、力こぶを作る。


「俺が一番最初に羽化したからな。肉を着ける時間は、他のだれよりもあったのさ」


「きっと、テロは帝国最強の戦士になれるね」


心から、そう思った。


「そう在れるように努力するつもりだ」


男臭く、テロが笑った。


一通り、兄妹たちと再会を終えると、食堂に食事が運ばれた。角豚(ホーンピッグ)の肉が多いが、中には希少な翼鬼(ガーゴイル)の肉もあった。


食事を運んできた年長者の姉が「テトの羽化を祝うごちそうだ。みんなケンカしないように食べるんだよ」と言った。


みんな揃って返事すると、食事を開始した。


一年ぶりの食事に、テトは舌鼓を打った。幼体の頃に比べて、ずいぶんと食が太くなった。食べても食べても、身体が食べ物を欲する。一口一口、咀嚼し胃の中に流し込んでいく度に、身体に活力が戻るのを感じた。脆弱だった幼体の頃が嘘のように、テトの身体には力がみなぎっていった。テトは夢中で食事をほおばった。


「起きたばっかりなんだから、落ち着いて食べなさいよ」


横に座ったテアが、水の入ったグラスを渡してきた。


テトは受け取り、一息で飲み干す。


ほのかに甘味を帯びた水。ただの水ではなかった。するするっと体に吸い込まれていくような感覚。


「おいしいっ!」


その味に、思わず声をあげた。


「世界樹の葉の朝露よ。姉さんたちが羽化のお祝いに余分に獲ってきてくれたのよ」


幼い羽人がその血と祈りで錬成する高回復薬(ハイ・ポーション)の元となる素材である、世界樹の朝露。世界樹の葉の朝露は、日が昇る前の早朝にしか採取できない。帝国城付近の制空権は羽人たちが勝ち取っているとはいえ、まだ暗い中、世界樹の葉が茂る上空まで昇り、朝露を集めるのは危険が伴う。葉が茂る世界樹の上方は、羽人を獲物とする天敵たちが巣を作っていることが多い。


わざわざ希少な朝露を振る舞ってくれた姉たちの心遣いに、テトは感激した。


夢中で腹を満たし、一息つくと、テトは兄妹たちの数が少ないことに気付いた。


さきほど再会の言葉を交わした兄妹は、一九人。幼体の時の記憶では、同い年の兄妹はテトも含めて二四人いたはずだ。四人足りない。


「兄妹たちの人数が少ないみたいだけど、まだ繭の中なのかな?」


訊くと、テアが顔を曇らせた。


「いいえ、羽化したのはテトで最後よ。残りの四人は、残念だけど繭の中で命を落としたわ」


「そんな……」


幼体から成体へ変態する長き一年の眠り。幼体から成体への劇的な変化。その過程で不幸にも死を迎える兄弟たちは少なからずいる。


どんなに兄、姉たちが細心の注意を払って世話をしようと、蛹化した兄妹全員が、無事に羽化することはまずない。


それが、羽人の過酷な運命のひとつだった。


テトは、羽化できずにこの世を去った兄妹たちに向けて、心の中で祈った。


そして自分が無事に羽化を為せた運命を改めて感謝した。


偉大なる神聖母(しんせいぼ)に、偉大なる姉キアに。


自分の命は、多くの兄妹たちの命に支えられている。


――この命を、必ず兄妹のために使う。


そう、テトは誓った。

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