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ツナガル羽  作者: はれのひ
第一章 幼年期
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飛竜の爪とキアの愛

太陽が昇り始めた頃、キアが帝国城に帰還した。


その姿を見て、発着場付近で哨戒に当たっていた羽人の戦士スクは悲鳴を上げた。


「キア姉さんっ!」


キアは大けがを負っていた。両腕は無残に引きちぎれ、右脚も無かった。全身は自身の血で濡れていた。


フラフラと頼りなく飛翔し、キアは発着場に着地した。そして、そのままうつぶせに倒れ込んだ。


スクは急いで駆け寄り、キアの体を抱き起こす。


「しっかりっ! キア姉さんっ!」


キアの口には双剣の突き立った、巨大なかぎ爪が咥えられていた。


「この飛竜のかぎ爪の肉を……、テトに……」


飛竜のかぎ爪を離し、荒い息でキアは言った。


「キア姉さん、飛竜と闘ったの!? 何て無茶をっ!」


うつろな目を浮かべ、キアは力なく笑った。


「何とか……指一本奪ってやった……。飛竜の肉を食った者は、……その身に飛竜の力を……宿すと言う……。これで、テトは……きっと助かる……」


スクは、自身の腰にあるポーチに手を伸ばした。中から、幼き兄妹たちが錬成した高回復薬を取り出す。


羽人の身に活力を与え、どんな傷をもふさぐ秘薬。


スクは高回復薬の入った瓶のふたを、肉切歯でかみ砕くと、高回復薬をキアの傷に流しかけた。右腕、左腕、右脚。ちぎれて無くなった四肢に、惜しみなく高回復薬を塗り付ける。


高回復薬の効果はすさまじく、淡く発光しながら、みるみるとその傷を塞いでいった。とめどなく流れる鮮血が止まる。


かと言って、失った手足が戻るわけではない。


見るからに血の気の引いた姉の顔。たったひとつの高回復薬では、命をつなぎ留められない。


「キア姉さん! 気をしっかり持って! すぐに手当てをするっ!」


「……私のことはいい……。もう助からない……。それよりも、テトの元へ連れて行って……。私も、テトも、……時間がない……」


キアの言葉にスクは頷いた。


高回復薬は傷を塞げても、失った血を戻すことはできない。


スクは残った一滴の高回復薬を、キアの口に含ませた。せめて、数分でも命を永らえさせるために。


スクは、救けを呼んだ。瀕死の鬼姫キアの姿に息を呑む羽人の戦士たちに、飛竜のかぎ爪を託す。


自らはキアを背負い、城を下へ下へと降りていく。


「どいてっ! 急いでいるのっ! 通してっ!」


城内の通路は、起床し始めた兄妹たちでごった返していた。


スクの喧騒と、背に乗る帝国最強の戦士の惨状。尋常ならざぬ事態に、理解が追いつかぬまま、兄妹たちは道を空けた。


スクは兄妹たち間を駆け抜け、育児室に向かった。


「テトッ!」


育児室に飛び込むと、ベッドの上でほとんど蛹化したテトの姿が目に入った。


世話役のサスが振り向き、スクの背負われたキアの姿を見て、驚愕する。


「キア姉さん!」


「サスっ! キア姉さんが飛竜のかぎ爪を獲ってきてくれたっ! すぐに他の兄妹が持ってきてくれるわっ! 手を貸して、キア姉さんがテトに会いたがっているっ!」


サスがスクに駆け寄る。


「なんて、無茶を……!」


キアの体を下ろすと、サスとスクは二人でキアの両側を支えるように立たせる。両腕を失っているため、肩で支えることができずバランスが取りにくい。


キアが倒れないように注意しながら、二人はテトの眠るベッドに連れて行き、ベッド横の椅子にキアを座らせる。


二人はキアが倒れないように両脇に寄り添った。


「テトッ! テトッ! 分かるかっ!? キア姉さんだっ!」


サスはテトの顔が見えるように、繭糸をかき分けた。


テトはうなされながら、眠っていた。


「テトッ! テトッ! 目を開けるんだ! キア姉さんが飛竜の肉を獲ってきてくれた! もうすぐここに届く!」


テトは、うっすらと目を開けた。


蒼い瞳が、力のなく動き、キアの顔を捉える。


「キ……キア姉さん……」


か細い声がキアの名を呼んだ。


「……テト……」


返すキアの声もか細い。


キアは涙を流した。


「テト……、私の可愛い弟……。ちいさくて、いつも熱ばっかり出して……いっぱい心配させる弟……」


「……ごめん……なさい……」


テトも涙を流した。


キアはかぶりを振ると、大きくせき込んだ。口から飛んだ鮮血が、テトの繭と顔を紅く染める。


「飛竜の肉だっ!」


飛竜のかぎ爪の解体を終えた兄妹が、育児室に駆け込んできた。


飛竜の肉をのせた皿を、サスが受け取る。


「さあ、テト! キア姉さんが獲ってきてくれた飛竜の肉だっ! これを食べるんだっ! そうすればきっとお前は助かるっ!」


飛竜の肉をフォークに差して、サスはテトの口元に持っていった。


テトの歯が肉を咥える。しかし、力ない咀嚼は飛竜の肉を噛み切れなかった。


「テト! がんばれ! 食べるんだ!」


サスの言葉に、テトは再度、飛竜の肉に歯を立てる。しかし、歯は肉に埋まるだけで、噛み切れはしなかった。


「……まったく……、最期の最期まで……、手のかかる弟だ……。サス、……その肉を寄越して……」


キアは、サスに向かって大きく口を開けた。


サスは頷くと、手に持った飛竜の肉をキアの口に入れる。


キアは飛竜の肉を咀嚼した。その強靭な肉切歯で分断し、奥歯で丁寧に潰す。


キアは飛竜の肉を丹念にペースト状にすりつぶすと、サスの持つ皿に吐き出した。


サスはスプーンですりつぶした肉を掬い、テトの口に押し込んだ。


テトの舌が肉をすくい取り、なんとか喉を通す。


「いいぞ、テト! その調子だ」


サスは何度も何度も、肉をテトの口に運んだ。


テトは懸命に、その肉を腹に流し込んだ。ひと呑みするたびに、力強い何かが腹に収まる様に感じた。すべてを平らげると、テトの呼吸が少し落ち着いた。


「テト、大丈夫……。あなたはきっと大人になれる……。心配せずにお眠り……」


慈愛に満ちた声で、キアが言う。


その声に、テトは暖かい安心感に包まれる。


「テト、あなたは覚えてるかしら……。あなたを卵から取り上げたのは私だよ……。初めてお乳を上げたのも私。テトはとても小さくて……可愛くて……。あなたのためだったら何でもしてあげたいって思ったわ……。幼い頃から身体が弱くて……、甘えん坊で……、抱っこしてあげたら子犬のように喜んでくれて……」


キアはゆっくりと目を閉じた。キアはその体から命の力が抜けていくのを感じた。


最期の時が来た。


不思議と恐怖は無かった。幸福感でいっぱいだった。


「きっと、私の命はあなたの命を繋ぐためにあったんだわ……。……ありがとう、テト」


テトはゆっくりと目を閉じた。


ゆっくりと、深い眠りに落ちていく。


――ありがとう、キア姉さん。


声にならない声で、心からの感謝の気持ちを伝えた。






長い、長い眠りの中、何度も何度もキアの夢を見た。強く、逞しい姉の夢を。優しく、暖かい姉の夢を。何度も何度も。


快活に笑いながら、キアは育児室に飛び込んでくる。


熱にうなされながら、ベッドの上でその姿に心を躍らせる自分。


キアは迷うことなくベッドに近づき、小さな自分の体を抱き上げ、膝に置く。


そして、まだ見ぬ広い世界の話をしてくれるのだ。


キアの語ってくれる一言一言。長い眠りの中、自分の命に、キアの言葉が溶け込んでいくような感覚。言葉とともに、キアの命の欠片が自分の命に溶け込んでいく。卵の中に還ったように心地よい繭の中で、テトは眠る。


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