羽人との別れ
神聖テトミア帝国の戦士が語り終えると、眼前の人間は涙を流していた。
「なぜ涙を流す?」
戦士は、人間に問うた。
「これほどの壮絶な生涯を生きる君たちなら、この涙の理由も分かるだろう?」
人間――ハレノヒ生物博士は言った。
「約束の礼だ」
博士は神鋼で拵えた指輪を戦士に渡した。
「ぜひとも、君たちの帝国のために役立ててくれ」
「言われるまでもない。――だが、貰いっぱなしというのも悪いな」
羽人の戦士は腰のポーチから小瓶を取り出した。
博士の親指程度しかない、小さな、小さな小瓶だ。
戦士はその蓋を逞しい牙でかみ砕くと、博士に差し出した。
「飲め」
博士は、小瓶をつまみ口に含んだ。
ひとすすり程度の小瓶の中身。
口の中に、ひりつくような強い甘みが広がる。
喉を鳴らし飲み込む。
途端に、身体から疲労が消えた。活力がみなぎる。
そして、不思議なことに、たた一啜りにも関わらず、全身の渇きが嘘のように消えた。「よかったな。人間にも効くようだ」
そう言って、戦士は腰のポーチからもう二瓶出すと、博士に渡した。
「我らが偉大なる父に涙を流してくれた礼だ。さあ、世界樹の森を去り、自分の国に帰れ。ここは人間の住まうべき土地じゃない」
博士は、羽人の戦士の心遣いに、深々と頭を下げた。
死を覚悟した命が、羽人によって繋がれた。
羽人を前にして、この命をどうやって無駄にできようか。
博士は世界樹の若木の幹から背を離し、二本の両足でしかと大地を踏みしめた。
王国までは、果てない大草原を横断しなけばならない。
しかも、たったひとりで。
途中で力尽きるかもしれない。それでも歩むしかない。
生物学者として、この誇り高い羽人族を書物に残さなければならない。
それが繋がれた命に応える使命だと、博士は思った。
「ありがとう、羽人の戦士よ。よければ君の名前を教えてくれないか」
一度宙返りすると、羽人の戦士は誇らし気に言った。
「テトだ。偉大なる父と同じ名前を、僕は賜った」
「ありがとう、テト。私は必ず生き抜いてみせる」
「お前が生きようが死のうが、興味はない。しかし、出来る限り生きてみせてくれ」
博士は頷くと、戦士に別れを告げた。
懐からコンパスを持ち出し、森の出口の方角を確認する。深い世界樹の森、まずはこれを踏破しなければならない。
背中越しに、羽人の戦士――テトがぶうんと羽音を立てる。
去ろうとしているのだろう。一度だけ博士は振り向いた。空に昇っていくテトに向けて、叫ぶ。
「君の燃えるように紅い瞳は、とても美しい!」
テトは振り返らず、叫び返した。
「だろう? 僕たちの誇りだっ!」




