オスたちの旅立ち
神聖母ヤムリルの予言通り、五○人の娘たちが神聖母になった。
腹の右下に精子嚢が発達し始めたのだ。
その中に、ミアの姿もあった。
精子嚢の発達に伴い、姉妹たちはひどい腹痛を訴えた。彼女たちは、大事を取り、日のほとんどを寝て過ごした。彼女たち新たな神聖母たちを世話するのは、神聖母にならなかった姉妹たちだ。
オスたちは世話に加わらなかった。兄弟たちには別の使命がある。
「では、テト兄さん、行ってきますっ! 必ず他国の羽人を見つけてみせます」
今日も、六人の弟たちが帝国城を旅立った。中には、羽化したばかりの弟もいる。
テトはそれを発着場で見送る。
神聖母の死と、帝国の血をつなぐ新たな使命。二つの衝撃が、兄妹たちが抱えていたテトへの不信感など吹き飛ばしてしまったのだろうか。テトを見返す彼らの顔には、自分たちの血を残すのだという使命感を帯び、すがすがしい表情が浮かんでいた。
――どうか、無事に他国へたどり着けますように。
見送りながら、テトは祈った。
神聖母の死去後、日に日にオスの羽人たちが帝国城を旅立っていく。
オスたちが全員旅立てば、帝国の人口は半減し、百人を切る。もう、帝国の終わりは秒読み段階に入っている。
テトは、旅立つ兄弟たちに惜しみなく高回復薬を持たせた。少しでも彼らの旅が成功することを願って。
多くの羽人たちの祈りによって錬成された高回復薬、旅立って行くオスたちのため、後に旅立つことになる若き神聖母たちのため、一瓶たりとも無駄にせずに使い切るのだ。
テトは兄弟たちをひとりひとり見送った。
ほとんどの兄弟が旅立つと、同い年の弟テロが出発を決めた。
旅支度を終え、テロは発着場に足を運んだ。
「行くんだね、テロ」
テトは一年振りにテロに声をかけた。
テロが一年振りに言葉を返してくる。
「ああ、もう兄弟たちみんな見送ったからな。神聖母たちの体調も大分落ち着いただろう?」
「そうだね。腹痛は収まってきたみたいだ。あと半月もすれば旅に出れるだろうって」
「きっと、他国も同じなんだろうな」
「うん、きっとそうだね」
「半月のうちに、この広大な世界樹の森で他国を見つけるか……。困難そうだが、腕が鳴る」
「うん、テロならきっと見つけられるよ」
ともに帝国を支えた、勇猛な戦士。名残惜しいが、止めることなどできるはずもない。
「お前はいつ出発するんだ、テト?」
訊かれて、テトは苦笑した。
今まで出発しなかった理由の半分は、姉妹たちを守り、兄弟たちを見送るためだ。しかし、もう半分の理由は胸の内に隠していた。
だから、この質問をされては困るのだ。
ごまかそうかと思ったが、止めた。苦楽を共にした弟との最後の別れに嘘はつきたくなかった。
「僕は帝国に残るよ。他国は目指さない」
テロが目を丸くした。
そして、すぐにその顔が憤慨に満ちる。
「正気かっ? お前ほどの戦士が使命を放棄するなんて……。帝国最強の戦士の血こそ次に繋がなくてはならないのではないかっ?」
「買いかぶり過ぎだ。帝国最強の戦士は君だよ、暴風テロ」
正直な気持ちだったが、テロはそうは捉えなかったらしい。
「おべっかなど使ってごまかすなっ!」
「そんなつもりはないんだけど。……僕は帝国に残る。ずっと前から決めてたんだ」
「……ずっと前から? ……どういうことだ?」
発してから失言に気付いた。
テロが怪訝そうな表情を浮かべ、すぐに憤怒で顔を真っ赤にする。
「まさか以前から帝国の行く末がどうなるか、知っていたのかっ?」
「…………すまない」
詫びを口にした直後、テロの拳が飛んできた。
強かに頬を殴られ、テトは後ろに倒れた。
テロがテトの胸倉を掴み、引き起こす。噛みつくように顔を間近に寄せ、叫んだ。
「いつからだっ?」
テロの目には、涙が滲んでいた。
信頼していた兄妹に裏切られた。言葉にするよりもはっきりと、テロの目がテトにその悲しみを伝えた。
「ちょうど……一年前だ。神聖母から直接聞いた……」
「……一年前? お前が、羽人の数を減らさないように色々施策した頃だな? 妙に思ったが……、まさかこの時のためだったのか?」
テロは実直で、豪胆な性格だが、馬鹿ではない。すぐにこの一年間のテトの行動の裏にあるテトの想いを察した。
「ああ、神聖母の願いだ……。来る巣立ちの時のため、充分な数の羽人を残す必要があった……。僕は必ず帝国を守り抜くと、神聖母に誓ったんだ……」
再びテロが拳を振り上げた。
きつい一撃を覚悟し、テトは目を瞑った。しかし、その拳は振り下ろされなかった。目を開くと、テロは両目から涙を流していた。
「なぜ、……なぜ、相談してくれなかった……? 何も知らずに、俺はひとりで狩りを続けて……。間抜けにもほどがある……」
――なぜ、か。
「怖かったんだ……。帝国が終わることをみんなが知るのが……。動揺する兄妹たちを支える自信が、僕には無かった……。僕は臆病者だ……」
「……俺たちは、ずっとお前に守られていたんだな……」
テロは鼻をすすると、身を起こした。テトの手を引き、起き上がらせる。
「小竜テト!」
テロが叫ぶように言った。
「帝国最強は間違いなくお前だ。俺は腕っぷしが強いだけだ。この神聖ヤムリル帝国を支え、導いたお前の生き様こそ、最強の名にふさわしい。お前の血こそ次につなげるべき我らの血脈ではないかっ! その使命を全うするんだっ! 旅立てっ! 最後の最後でひよるな、テトっ!」
テトを叱責するテロを、テトは目を細めて見つめた。彼の叱責は、テトに対する最大の賛辞だった。
申し訳ないと思いつつ、テトは首を横に振った。
「何と言われようと、僕は帝国に残る」
「……なぜ、そこまでに頑なに……」
テトは、その後テロだけに心中を明かした。包み隠さず、正直に胸の内を語った。
テトの話を聞いても、テロはそれでも納得できないようだった。
「正直、理解はできん。――が、お前の気持ちが固いのだけは分かった」
「十分だよ。自分でも理解できないんだから。悪いけど、帝国の血をつなげる使命は、テロに任せる」
テトは、手に持つ槍をテロに差し出した。飛竜の爪から削り出した逸品。帝国に語り継がれる戦士、鬼姫キアの形見。テトの狩りを支えた相棒。
「良かったら受け取ってくれ。僕にはもう必要ないから」
テロが頷き、飛竜の槍をテトから受け取った。自前の槍と、テトの槍、二槍を抱え、テロは城を飛び立った。
旅立つテロが最後に振り返り、言った。
「正直、お前の気持ちはよくわからん。だが、これだけはお前に伝えておいたほうがいいと思う。ミアに同じ話を聞かせてやれっ! 必ずだっ!」
そう叫ぶと、テロは帝国を飛び立った。その力強い羽ばたきが、大きな羽音を響かせる。
遠ざかってゆくテロの背に、テトは大きく頷いた。




