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ツナガル羽  作者: はれのひ
第五章 死期
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ひとりの決意と泣き言

戦士長であるテトの強硬姿勢により、テトの考えた三つの施策は実行に移された。


サバイバル遠征は中止され、羽化したばかりの若い兄妹たちは、特に経験豊かな年長者とペアを組むことになった。


そのうえで、戦士たちの半分が新たな樹液場の開拓業務に入った。


今までは、自然に樹液が流れ出す樹液場を見つけて、そこから樹液を確保していたが、自分たちで世界樹の幹を切りつけ、新たな樹液場を作ることに試みた。


同じように見える幹であっても、樹液が滲むものとそうでないものがあった。テトを先頭に、羽人たちは根気よく何日もかけて樹液を出す世界樹の幹を探り当てていった。


ペアを組み、半分を樹液場の開拓に回したため、狩りを行う回数は以前の四分の一まで落ち込んだ。結果、獲物の獲得量は激減した。


しかし、新たな樹液場の開拓に成功すると、安定的な食料の調達を確保できた。樹液の採取、搬送は狩りを引退した者であっても、空を飛ぶことさえができれば十分にこなせたため、生産部門から人を狩りだした。右下の羽だけが発達せずに小さいミアも樹液の採取、搬送に汗を流した。


しかし、テトに反対するテロは、調達した樹液を一切口にすることはなかった。ペア制も頑なに拒否し、今まで通りひとり狩りに出て獲物を探した。


テロの行動に、テトは心を痛めた。


また、独断専行するテトに不信感を覚えた兄妹たちも少なくなった。目も合わせないテロほどではないが、なるべくテトを避けるようになった。


今までと変わらず接してくれるのは兄のサスと、妹のミアぐらいだ。


テトからきつい一言をくらったミアであったが、会合後は変わらずテトと接した。むしろ率先してテトの手伝いをしてくれる。


しかし、二百人近い兄妹たちのほとんどが、テトと話すときにどこか遠慮がちで、ご機嫌を窺うようなそぶりを見せる。


月日が経ち、帝国が安定していくにつれて、テトが感じる孤独は強くなっていった。


いっそ、すべてを話してしまえば楽になるのだろうか。


――巣立ちの時のため、何よりも羽人の数を維持することを優先しなければならないんだ。遠くない未来に最期を迎える神聖母の願いなんだ。


しかし、テトは自分の中に押し込んだ。誰にも打ち明けていない。


神聖母の願いは、帝国の終わりを予言するものだ。


テトは兄妹たちを動揺させたくなかった。


そして、口に出すとその予言が現実化するように思えた。頑なに神聖母の願いを叶えるべく行動しながら、怖かったのだ。


たった一人で、帝国を維持させるために奔走する日々に、テトは神経をすり減らしていった。何も考えず、ただ獲物を追った日々のなんと平穏だったことか。テトは、次第に食が細くなった。また、夜の眠りも浅くなっていった。滅ぶ帝国の姿が夢になって襲い掛かってくる。


そんなテトの変化に気付いたのはミアだった。


「テト、最近痩せたんじゃない? 顔色もあまりよくないわ」


瞬間、しまったとテトは思った。しかし、すぐに取り繕う。


「そう? いつも通りだけど?」


ミアが、疑うような目線を送ってくる。ミアは手を伸ばし、テトの頬に触れた。


「肌も乾燥してる」


テトは、ミアの手を軽く払いのけた。


「大丈夫だから、気にしないで。あ、それより蛹化した兄妹たちが羽化するのはそろそろじゃないかな?」


言って、テトは後悔した。ずしんと鉛を飲み込んだように、腹の底が痛む。


神聖ヤムリル帝国最後の世代が蛹化して、そろそろ一年が経つ。それは、神聖母ヤムリルの死がほど近くなっていることだ。


「羽化の時期は確かにそろそろだけど、なんか無理やり話題を変えようとしていない?」


ミアが目を半眼にして睨んでくる。美しい顔が台無しだ。


「そ、そんなことはないよ。僕は大丈夫だよ。本人が言ってるんだから、間違いないさ」


「ふうん……」


これ以上追及されては溜まらないと、テトはそそくさとミアから離れようとした。


その手をミアが掴む。


「私はテトのことをしっかり見てるんだから、テトの体調が崩れてるのなんてお見通しよ。テトにとっては、うっとおしいのかもしれないけど、私はあなたを心配してるのよ。お願い、疲れているなら、ちゃんと休んで」


「……うん、ありがとう」


テトは、ミアの手から逃げるようにその場を後にした。


その背中を、ミアが寂しそうに見つめていたことを、テトは気付かなかった。








ついに最後の世代の兄妹たち六人の羽化が始まった。神聖母ヤムリルが予言した、帝国の終わりの時が来たのだ。


その最中、一人の羽人が息を引き取った。


工房の長を務める兄のサスだ。寿命だった。


若かりし頃は狩りに精を出し、羽が傷つき戦士を引退した後は、工房で戦士たちの装備の製造、整備に注力した偉大なる兄の死に、残されたすべての羽人が嘆いた。あのテロですら、人目をはばからず涙を流した。


テロにとってサスの死は堪えた。


特別な兄だ。


サスは幼い頃から羽化直後まで世話役を買って出てくれた。よく熱を出した幼い頃、飛行が苦手だった若い頃、つねにサスが支えてくれた。一人前の戦士になった後、戦士長の座についたテトを、年長者として支えてくれたのもサスだ。狩りに出る戦士のため、工房で装備の製造、整備を一切手を抜くことなくやり遂げてくれた。サスが造った装備のおかげで命を救われた羽人は少なくない。生産部門をサスが仕切ってくれるから、テトは戦士長としての責務に励むことができた。


自分の半身を失くしたかのように、強い不安感がテトを襲う。膝を着いて、その場に突っ伏したくなる。しかし、テトはみんなの前では気丈に振る舞った。


テトたちは、サスを丁寧に弔った。


羽人は墓を作らない。躯は、世界樹の森に還す。


テトとテロ。サスの世話になった二人は、サスの躯を抱きかかえ、帝国城を内包する世界樹のふもとに降りた。二人とも目を合わせようともしない。


ただ、それぞれにサスの事を偲ぶ。


多くの羽人が付き添う中、二人は地中深くに穴を掘り、サスの躯を横たわらせる。すすり泣く声が響く中、二人はサスの躯に土をかけていった。


――サス兄さんは、テトは立派な戦士長だと言ってくれた。その言葉に応えたい。


土葬されたサスに向けて、心からの黙祷をテトは送った。








その夜、テトは自室で眠れぬ夜を過ごしていた。


いつも以上に寝付ける気配がない。


ベッドに腰かけ、うなだれ、何もない床を、ただただ見つめていた。


灯りを小さくしたヒカリゴケが、ぼうっと部屋の中を照らす。光量が乏しいせいか、目に映る床はぼやけている。


不意に扉が開き、誰かが部屋に入ってくる気配を感じた。


「誰? 何か用かな? もう休みたいんだけど」


テトは顔も上げずに言った。


「別に用なんかないわ」


ミアの声だ。バタンと扉が閉められる。


「だったら、ごめんだけど、一人にしてくれないかな」


ミアは、テトの言葉に反して、ベッドに腰を掛けた。


「私は、テトの泣き言を聞きに来ただけだよ」


その言葉に、テトが顔を上げた。


ミアが、愛おしそうにテトの右頬を撫でた。その手が濡れる。


そこで、テトは自分が涙を流していることに気付いた。


「ほら、泣いてるじゃない……」


一度光を失った左目からは涙は流れなかった。その代わり、右目からはとめどなく涙が流れていた。


「言ったでしょう? 私はテトのことを見てるって。涙を流していなくても、いっつも、いっつも泣いてるの、知ってるよ」


ぎゅっとミアがテトの頭を胸に抱いた。


「いいじゃない? 泣いたって。悲しければ泣けばいい。辛かったら泣けばいい。泣いたり、笑ったり、怒ったり、そうやって過ごしてくことが、きっと生きてくってことなんだよ」


テトは、ミアの胸に顔をうずめて、声を出して泣いた。言葉にならない思いを嗚咽として吐き出して。


ミアがテトの頭を抱きしめながら、やさしく頭を撫でた。


テトは、ずっと泣き続けた。


ミアは何も言わず、テトを抱きしめ続けてくれた。涙とともに、テトが腹のうちにため込んだ想いを泣いて吐き出し切るまで、何も言わず抱きしめてくれた。


やがて、テトが泣き疲れ、眠りについた。


テトの身体を冷やさないように、テトの身体に毛布をかけ、ミアはそのままずっとテトを抱きしめ続けた。


テトは久しぶりに深く眠りについた。


悪夢を見ることもなかった。


朝、目を覚ました時に感じたのは、暖かさと柔らかさだった。


見上げると、ミアがやさしく微笑んでいた。


ミアの胸に抱かれて寝てしまっていたと悟り、気恥ずかしく、慌ててテトは身を起こした。


自然と、腹の虫がぐうっと鳴いた。腹の虫の声を聞いたのも、久しぶりだ。


「お腹空いた? すぐご飯にしましょう」


ミアが居住まいを正し、ベッドから腰を上げた。んんっと声を上げ、背を伸ばす。


「ずっと、座ったままで寝てたから、身体が凝っちゃった。次に抱っこしてあげるときは、寝っ転がってさせてね」


ミアが悪戯っぽく舌を出した。


その日から毎晩、ミアはテトの部屋を訪れてくれた。


テトは毎晩涙を流した。


何も言わず、思いを言葉にせず、ただ嗚咽を上げた。そして、泣き疲れると、ぐっすりと眠った。


ミアは何も言わず、何も聞かず、ただただテトを抱きしめてくれた。


そんなミアにテトは感謝した。テトの中に、兄妹愛とは違う感情が生まれていたが、テトはその感情の名前を知らない。ただ、ミアのためにも使命を果たさなければならないと強く想う。


テトは、最後の最後まで、ひとり背負った帝国存続の役目を、誰にも話さずに完遂していった。

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