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ツナガル羽  作者: はれのひ
第四章 青年期
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犠牲者の選別

ほどなくして、戦場から小鬼族の姿が消えた。


小鬼たちの屍は、五十体を超えていた。


テトは戦士たちを呼び寄せると、状況の確認をする。


戦士たちの数は出発時より二十人減っていた。目の届く範囲にいたハクとナニ以外にも、十八人もの兄妹が戦死していたのだ。


悲しみで胸が張り裂けそうになる。自前の右目から涙がこぼれそうになるのを、テトは必死で堪えた。


この大戦果は、二十人の誇り高き戦士たちの死の上に成り立っている。


ただの死ではない。帝国の明日を支える、尊い死だ。涙を流せば、弟たち、妹たちの死を侮辱することになる。


――願わくば、亡くなった弟たち、妹たちの魂が、偉大なる神聖母の命の肚からに戻らんことを


テトは、黙して願った。


自然と戦士たちがそれに倣った。


生き残った戦士たちは一様に傷ついていた。疲弊の色も濃い。


テトと言えど、無傷ではない。乱戦時に手足や強く打たれた。小さな切り傷も身体のあちこちに散っている。


しかし、他の戦士たちと比較すると軽症と言えた。


獅子奮迅の活躍を見せたテロの巨躯にも無数の切り傷が走り、全身血だらけだ。中には、重傷を負った兄弟がいる。処置をしなければ、ほどなく息絶えてしまうだろう。


すぐにテトは戦士たちの高回復薬の在庫を確認した。


三瓶すべて消費してしまっている戦士も多い。特に経験の浅い若い戦士に、高回復薬を使い切った者が多かった。戦士一○○人全員に、高回復薬を三瓶ずつ支給した。全体で三百瓶用意した高回復薬は、全体で四十瓶ほどしか残っていなかった。とても全員の傷を塞ぎ、体力を回復させることはできない。


見渡す限りの大草原。日が地平線に消え始めている。小鬼たちの奮戦は、大いに時を削っていたのだ。


今から帝国城まで戻るのは不可能だ。テトは野営を決意せざるを得ない状況だった。


夜は特に冷え込む。野営はいやおうなく体力を奪うだろう。傷つき、疲弊した戦士中から見張り役も立てる必要がある。そして、明朝には帝国城まで、解体した獲物を抱えての長距離飛行が待ち構えている。


「テロ、明日のために高回復薬を半分は残すことにする」


テトは、戦士団の実質的なナンバー二であるテロに言った。


テトの発言に、テロが沈痛な表情を浮かべた。


残った高回復薬すべてを使っても、戦士たちを癒すには足りない。その状況で高回復薬を温存するという決断。戦士の中から、特に体力が低下した者は命を落とす可能性が高い。


テトは深手の傷を負った兄妹を見捨てる決断をしたのだった。


「……俺は、テトの決断を支持する。それが正しい決断だ。みんな分かってくれる」


テロの回答は、テトの決断の責任を一緒に背負うと言ってくれるものだった。


「すまない。ありがとう」


テトは、テロに心から感謝すると、戦士たちに指示を飛ばした。


「高回復薬の残り二十瓶を使って、みんなの傷だけは塞ぐ。悪いが、体力の回復はなしだ」


テトの指示に、戦士たちは文句の一つも言わずに従った。


二十瓶の高回復薬でやり繰りをし、なんとか戦士たちの傷だけは塞ぐ。重症の兄妹たちも一命をとりとめるが、その場しのぎにしかならない。一人当たりに使われる少ない高回復薬の量では体力の回復までは望むことができない。重症の兄妹は、栄養を取り、安静にしなければ命はないだろう。


野営を行うあたって、勝手の知れぬ平原で一夜を過ごすのは不安だが、テトは平原での野営を決意した。


狩った獲物は早く血抜きをしなければ、どんどん腐ってしまう。


いまから解体作業をして、世界樹の森に戻り、野営地を探すには時間も体力も無い。


「ここで野営を行う。せっかく狩った獲物を腐られるわけにはいかない。疲れているところすまないが、ただちに解体作業にはじめてくれ。それと、――夜通し寝ずの見張りを行う必要がある」


テトは一旦、言葉を切った。


すでに決断していたが、口に出すのを躊躇してしまった。テトは一度固く目を瞑ると、意を決して目を開けた。


戦士長からの指示を待つ戦士たちの視線を、真正面から受け止める。


「見張りは、重傷を負い体力が低下している者から選びたいと思う」


傷は塞いだとしても重傷者に見張りを行わせる。それは、他の者たちのために死んでくれと言っているのも同じだった。


テトは自分の発言の重さから逃げないために、言葉を振り絞った。


「はっきりと言う。これは、帰還可能な者を優先して休ませるためだ。帰還可能性が低い者は、帰還の可能性が高い者のために、ここで犠牲になってくれ」


戦士長の言葉に、戦士たちはしんと静まり返った。


そして、しばらくして五人の兄妹が、手を上げた。


重傷者たち三人だ。片腕を失った者、片脚を失った者、腹を大きく斬られた者。傷こそふさがっているが、見るからに血が足りておらず、全身が青白く、疲弊の色があまりに濃い。


残り二人は、一見大きな傷は追っていなかったが、羽がちぎれていた。これではもう飛行はできない。


テトは、名乗り出た五人に深々と頭を下げた。


「ありがとう。君たちは僕の誇りだ」


その中のひとり、妹のネネがテトに言った。ネネの羽は大きく引きちぎれ、片側の二枚しか残っていない。


「テト兄さん……、いや小竜テト。あなたこそ私たちの誇りよ。あなたの決断が、私たちを最後まで誇り高き帝国の戦士として生きさせてくれるの。必ず肉を帝国に届けて」


ネネの言葉に、他の四人が頷いた。


戦士たちの中から、鼻をすする音が聞こえた。


「さあ、小竜テト。指示を出して。無駄にできる時間なんてないんだから」


誇り高き妹ネネの言葉に、テトは頷いた。


「戦士たちよ、さあ解体作業を進めてくれ。誇り高き兄妹たちのためにも、僕らは帝国にこの肉を届けなければならない」


戦士たちが勇ましく声を張り上げる。


そして、戦士たちは黙々と小鬼族の解体作業を進めた。








大平原の冷え込みは、世界樹の森より厳しかった。


兄妹たちの不断の努力のおかげで、解体作業は何とか終えることができた。この冷え込み具合であれば、明日まで肉が腐ることもないだろう。


しかし、大平原には冷風を遮るものは何もなく、容赦なく羽人たちをなぶった。サスが用意してくれた外套のおかげで、ずいぶんと冷えに耐えられる。そのうえで、少しでも暖が取れるように、テトたちは一か所に群集して一夜を過ごす。お互いに共有する体温だけが、唯一の暖だ。


見張りを買って出てくれた五人の兄妹は、テトたちを囲むように周囲に散った。


何もない大草原に落ちる、吸い込まれるような闇夜を見張り続ける彼らのことを思うと、とても眠りにはつけそうになかった。しかし、すこしでも寝て、体力を回復しなければ。兄妹たちの肉林の中で、テトは固く目を瞑った。


翌朝、目を覚ます。見張りを行っていた兄妹のうち、三人が息を引き取っていた。いずれも重症を負った兄妹たちだ。


その姿を見て、耐えきれずテトは涙を流した。右目からとめどなく涙が溢れる。冷たくなった兄妹に縋りつき、テトは泣いた。


「しっかりしろっ! 泣くのは兄妹を侮辱することになるっ!」


テロが強引にテトを引き起こした。


テロの目にも涙が浮かんでいた。しかし、テロはその強い意志で、涙が流れ落ちないよう堪えている。


「亡くなった兄妹は、私たちが弔っておくわ。テト兄さんたちは、少しでも早く出立して。それが、今回の遠征で亡くなった兄妹たちへの、そしてここに残る私たちへの手向けになるんだから」


憔悴しきったネネが、気丈に言う。


無駄にできる時間も、命も無い。


残した高回復薬を分け合い、少しだけでも体力を回復させる。なめた高回復薬は、いつもの甘美さはなく、ただただ苦く感じた。


テトたちは、ネネたちを置いて、飛翔した。持ちうる限り小鬼族の肉を抱えて。


ひとつ残さず帝国に届ける。


固い決意を胸に、戦士たちは世界樹の森に戻って行った。


その姿が見えなくなるまでネネたちは兄妹たちを笑顔で見送った。


疲れ切った体で、獲物の肉を抱え、四半日もの長距離飛行。


――どうか、無事に帝国まで戻れますように。


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