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ツナガル羽  作者: はれのひ
第四章 青年期
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大遠征

翌朝、帝国に住まうほとんどの羽人が、帝国城入口に集まった。


発着場には収まりきれず、遠征に赴く戦士一○○人は、帝国城入口上空に隊列を組んだ。その先頭にはテトがいる。戦士たちは一様に外套を羽織っている。サスが間に合わせてくれた。外套の生地から見え隠れする繭糸がきらりと戦士たちを輝かせる。


早朝、太陽が昇る前。


発着場にて、その様子を見守る兄妹たちに目を向ける。テトは大きく息を吐くと、居並ぶ兄妹たちに声を発した。


「必ず、大戦果を挙げて帰ってくるっ! 待っていてくれっ!」


発着場に並ぶ兄妹たちが歓声を上げ、テトたち戦士団を見送る。


そして、テトは世界樹の森を西に向けて飛翔した。


目指すは、世界樹の森の切れ目。果てしない大草原に居する小鬼族の集落。


テトの後ろには、帝国が誇る戦士たち一○○人が付き従った。帝国を護る頼もしき弟と妹たち。現在の帝国が用兵可能な最大戦力。


数えるほどとなった兄、姉たちの多くは退役し、テトを筆頭とする若い世代が、帝国の主力を担う。


羽人たちの戦士たちが奏でる羽音が、世界樹の森に、低く、力強く響く。


年々、世界樹の森に住まう獲物の数は減ってきている。しかし、帝国を飢えさせるわけにはいかない。


先日のテロの偵察で、五○体近くの小鬼が生息していることを確認されている。うまく狩ることができれば、当分の間食料に困ることはない。少なく見積もって三か月、肉の保存をうまくやれば六か月は持つかもしれない。


テトたちは、強い使命感を持って、遠征をおこなった。


進めど進めど続く世界樹の森。しかし、だんだんとそびえる世界樹の背が低くなっていった。世界樹の森は、その深淵に近づくほど世界樹の背は高くなり、逆に離れるほどに背が低くなる。生える世界樹が若くなっていくほどに、テトたちは世界樹の森の果てが近づくのを感じた。


しかし、世界樹の森は深く、羽人の羽をもってしても抜けるまでには相当の時間を要した。休みなく飛び、ようやく森の切れ目に差し掛かった時には、天頂に太陽が登りきっていた。


森が切れると、一気に視界が開けた。どこまでも続く草原が眼下に広がる。


数キロ先に、目的地である小鬼族の集落があった。昼餉の準備でもしているのだろう。家々から煙が立ち上っている。


不休のロングフライトに、戦士たちには疲労が貯まっていた。


テトは決戦の前に、休憩を取った。草原を見渡せる世界樹の葉に停まり、戦士たちに羽を休めさせる。


しかし、帰りのフライトを考えると、長々と休憩に時間を割くわけにはいかない。日が落ちれば、野営をしなくてはならなくなる。冷え込む世界樹の森での野営は、命の危険を伴う。


「一気に攻め込むぞ。高回復薬をひとつ使うんだ」


戦士たちは、テトの指示に従い、各々の腰に巻いたポーチから高回復薬の瓶を一つ取り出し、中身をあおる。


テトも、高回復薬を体内に流し込む。極上の甘さが口を満たす。頭が痺れるような甘美さに、酔いしれる。一滴たりとも残さずに飲み干すと、とたんに身体から疲れが消えた。肚の奥底から力がみなぎる。


帝国に残る幼い弟、妹たちが錬成してくれた貴重な高回復薬。今回の大遠征に向けて、戦士ひとりに三つの高回復薬を支給してある。


幼体の兄妹はほとんど残っていない帝国において、高回復薬の生産力はほぼ皆無となった。これからは消費する分だけ、減っていくだろう。


しかし、テトは出し惜しみをしなかった。この遠征に失敗すれば、帝国に未来はない。 戦士たち全員が高回復薬を飲み干すのを待ち、テトは檄を飛ばす。


「帝国の行く末はこの戦いにかかっている! 必勝を胸に、誇り高き羽人の力を存分に振るえ!」


戦士たちが鬨の声をあげる。


テトを先頭に、誇り高きヤムリル帝国の戦士団が空に舞った。








テトたち戦士団は、小鬼(ゴブリン)族の集落上空に布陣した。小鬼たちに悟られぬように十分な高度を取る。


眼下に広がる集落に、テトは目を走らせた。


泥を固めただけの平屋の家屋が、草原に無秩序に並び、小鬼たちがその間を行き来している。緑がかった肌に、小さな頭。黄ばんだ目だけがぎょろっと大きく、だらしなく開いた口が知性を感じさせない。細い手足とは比べて、腹だけは大きく肥えている。


食べ頃だ。


小鬼といっても、その体躯は九○センチ程度あり、テトたち羽人の三倍ほどの大きさを誇っている。羽人の中でもひときわ小さいテトと比べれば、四倍近い巨大さだ。


集落は草原の中でも、ひときわ見渡しの良い場所に建てられていた。外敵の接近を察知するためだろう。雑な造りの物見やぐらが、集落を囲うように四方に建てられている。


空を飛べない種族ゆえか、上空への警戒は皆無と言っていい。


集落内を行き来する小鬼の中に、皮製の胴当や兜をかぶった者たちがいる。小鬼族の兵士たちだろう。それらの装備のほとんどが、劣化している。手にする大鉈や弓矢といった武器も同様にお粗末だ。


「戦士たちよ! まずは外にでている小鬼たちを掃討する! 腹は貴重な食料だ! 必ず頭を狙え!」


テトがよく通る声で指示を飛ばす。


戦士たちが、密集隊形から散開し、地に向けて槍を構える。


「てえっっ!」


テトの合図とともに、羽人の戦士たち一○○人が、小鬼族の集落にむけて急降下を開始する。


全力で背中の羽を回転させ、雷のごとく飛翔しながら、ターゲットとなる小鬼を見定める。


テトは徘徊する小鬼の中で武装した小鬼に狙いを定める。


狭まる視界の中、戦士たちの羽音に気付き、小鬼の戦士が空を見上げる。


――遅いっ!


テトの槍が、小鬼の頭を捉えた。


飛竜の爪を研いで造られたテトの槍が、小鬼の戦士の兜と頭蓋骨をやすやすと貫いた。小鬼のギョロ目がぐるんと上を向く。


テトは、小鬼の頭から槍を引き抜くと、急上昇した。


十分な高さまで昇ると、集落を見渡す。


攻撃を終えた弟、妹たちが、テトと同様にすぐさま離脱し、上空に戻ってくる。


羽人の戦士たちの第一撃は成功した。


雷雨のごとく降り注いだ一○○本の槍。今の一撃で十以上の小鬼たちを屠ったようだ。集落に屍が散乱した。こちらの損害はない。


小鬼たちは、突然の空からの強襲にパニックに陥っている。


テトたちには解せない言語で叫びまわり小鬼たちが右往左往と逃げ惑う。


家屋の中から、大勢の小鬼たちが姿を現す。中には武装した兵士たちもいる。


小鬼たちの体制が整う前に、第二撃を加える。


「第二撃、てえっ!」


テトたちが、再び小鬼たちに襲い掛かる。


第二撃から第四撃まで、つづけざまに放ったテトたちの攻撃は、順調に小鬼たちを屠っていった。


地に転がる小鬼たちの屍は優に二十を超えた。


しかし、体勢を整えた小鬼たちが迎撃を試み始めると、テトたちの勢いが陰る。


小鬼たちは弓矢を構え、石を拾い、テトたちに向けて放つ。稚拙な弓と力任せの投擲。遅く、飛距離も短いが、テトたちの突進を鈍らせるには十分な効果を発揮した。


間断なく矢と石が、テトたちを狙い、空に放たれる。統率は取れておらず、無作為に放たれ続ける。しかし、無作為ゆえに発射のタイミングが読めず、攻撃の隙を捉えづらい。


「テトっ! ひるむことはない! 行くぞっ!」


テロが槍を構えて、我先にと戦場に降りる。巨躯を翻し、矢を躱し地上付近まで降下すると、手にした槍を大いに振るい、小鬼たちをひるませていく。


テロの奮闘ぶりに、羽人の戦士たちが闘志を燃え上がらせる。


元より簡単な戦とは思っていない。


迎撃態勢をとられては、一団となっての強襲は小鬼たちへの的を大きくするだけだ。ここからは乱戦となる。


「誇り高き帝国の戦士たちよっ! 正念場だっ! 小鬼たちの矢を掻い潜り、殲滅せよっ! この戦に敗北は許されないっ!」


戦士たちが雄々しく叫ぶ。


テトたちは、空に向けて降り注ぐ矢と石の中を、地上目指して飛翔する。


矢や、石に撃たれた兄妹たちの悲鳴が耳に届く。


テトは、急降下でひとりの小鬼を屠ると、上空まで離脱するのではなく、孤をえがくように集落の中を翔ぶ。


戦士たちもテトに習い、その飛翔力を存分に発揮し、縦横無尽に戦場を翔ける。


羽人と小鬼。お互いの生死を懸け、刃を交わしていく。


小鬼たちは次から次へと、テトに向かってきた。矢を放ち、大鉈を振るい、テトの槍を恐れず、戦い続ける。


小鬼たちの攻撃を避けながら、テトはそのひとりひとりに槍を繰り出していく。


小鬼たちの剣林の中、頭だけを狙うのは困難を極める。しかし、テトはテアから受け継いだ風読(カザヨミ)の眼の力を駆使し戦場を翔け、的確に小鬼たちの頭を狙っていく。


一時間も休みなく戦いを続け、スタミナが切れると、テトは矢の及ばぬ上空まで離脱した。二本目の高回復薬を飲み干す。とたんに、身体に力が戻った。


他の戦士たちも各々の判断で回復に努める。


すでに小鬼たちの戦死はおびただしい数に及んでいるが、まったく怯む様子はない。頭上という急所を抑えられながらも、応戦をつづける小鬼たち。


テトは小鬼族の闘志に感嘆した。


「なんて勇敢な兵士たちなんだ」


テトは小鬼族を、素直に称賛した。そして、飛竜爪の槍を構え直し、テトは再び戦場に降り立つ。


敵を称賛しようとも、手心を加えるつもりはない。その闘志に驚いたとしても、おののくことはない。


必死の抵抗を試みる小鬼の群れに、テトは襲い掛かる。








小鬼族の奮闘ぶりはすさまじく、羽人の戦士たちの勢いは徐々に落ちてきていた。体躯に勝り、肥えた小鬼族の体力は底が知れず、羽人たちは次第に圧されていく。


日が傾いてくる頃、回復のタイミングを誤り、動きが鈍くなった戦士ハクが小鬼たちの攻撃をかわし切れず、地面に落ちた。


そこに多くの小鬼が群がる。


戦士ナニがハクを救出に翔ける。不用意な直線的な飛翔が災いし、腹部に矢を受ける。負傷に飛翔速度が鈍り、小鬼たちに取りつかれた。


ハクとナニの悲鳴が、テトの耳に届く。


「ハクっ! ナニっ!」


テトは羽を千切れんばかりに羽ばたかせ、二人のもとに翔けた。しかし、間に合わない。ハクとナニに多くの小鬼が群がり、一斉に大鉈を振るった。


声なき声をあげ、可愛い弟二人が絶命する。


その瞬間、テトの中で何かが弾けた。自分でも制御できない闘志に支配される。


――小鬼たちを殲滅せよ!


ただ一つの本能の言葉が、心を占める。


帝国最強の戦士、小竜テト。


身に宿す飛竜の力と風の流れを読む左の風読の眼。


テトは空高く昇ると、尋常ならざる速度で戦場を飛翔する。小鬼たちに死をもたらす一陣の風となり、次々に小鬼たちを屠っていく。


羽人の戦士たちは、その姿に伝説と化した最強の姉、鬼姫キアの姿を重ねる。


兄弟の死とテトの戦い振りが、落ちかけた士気を奮い立たせる。


小鬼たちは、予期せぬ羽人たちの攻勢に戸惑ったようだ。次々と屠られていく同胞たちの姿に、ついに小鬼たちの心が恐怖に染まる。恐慌状態になった小鬼たちが、一斉に散開し、ついに集落を捨てて逃亡を開始する。


戦闘と同様に、統率が取れていない退却。西へ、東へ、北へ、南へ。我先にと蜘蛛の子を散らすように、ただただ逃げていく。


その姿に、テトは我に返った。重い疲労がテトを襲う。テトは平屋の家屋の上に、降りた。


怒りに囚われた羽人の戦士たちは、ひとりでも多くの小鬼を殺そうと、執拗に小鬼たちを追った。


テトは一気に決着させる時と見極めた。


「愛すべき弟たち、妹たちっ! 逃がすなっ! すべて狩れっ! 力を振りしぼるんだっ!」


これは狩りだ。


テトの言葉に、戦士たちが闘いに身を舞わせる。四散する小鬼族を追い、背後から槍を突き立てて行った。


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