出発の準備
次の日、テトはすべての狩りを中止させた。
帝国城の守備にあたる者を残し、狩りに出られる戦士たち全員に休息を与える。
生産部門の羽人たちは、早朝から大忙しだ。人がごった返す工房に、テトは立ち寄った。
工房では戦士たち百人分の装備の整備に追われ、活気に溢れていた。飛行訓練中の若い羽人も動員し、対応に当っている。
工房の長である兄のサスが、若い羽人たちに指示を飛ばしている。
「サス兄さん、準備は順調かい?」
「ああ、テト。慌ただしくしてるが、大丈夫だ。戦士たちの槍も防具も、毎日丹念に手入れしてるからな。きっちり見直すが、そう時間は掛からんよ。バタバタしてるのは、――こいつだ」
サスがテトに外套を手渡してきた。外套は角豚の毛皮で作った防寒着だ。
サスから受け取った外套が、うっすら光を放ったように感じた。
「いま、外套に羽人の繭糸を編み込んでいるんだ」
「繭糸を?」
サスが、得意気に言った。
「ああ、羽人の繭糸は強靭だし、防寒に優れているからな。すこしでも遠征の役に立てばと思って」
テトは外套を力をいれて引っ張ってみた。
伸びる外套の内に、うっすらと輝く繊維がきめ細かく編み込まれているのが分かる。冷え込む世界樹の森を進む大遠征に間に合うよう、急ピッチで仕事を進めている。
テトは、自分たちの狩りが、生産部門のたゆまぬ工夫で成り立っていることを改めて実感した。
「ありがとう、サス兄さん」
テトは礼を言った。
「狩りを引退した身としては、こんなことしかできないからな。少しでも工夫して、戦士たちの命を守らないかんだろう。それに――」
サスは一旦言葉を切り、声を潜めた。
「本来なら繭糸は産卵室の修繕のために使うんだが……、今や不要だしな。資材を持て余しとくのは忍びない……」
サスの曇る顔に、彼もまた帝国の行く末を案じているのだと、テトは感じた。安心させるようにテトは兄の肩を叩いた。
「必ず遠征は成功させる。僕らが帰ってきたら、大宴会だ」
テトの言葉に、サスは感慨深そうに笑った。
「あの小さくて、泣き虫だったテトが、頼もしくなったな。まあ、テトが小さいのは今でも変わらんが、いまや戦士長だもんな。俺も年を取ったもんだ」
「戦士長なんて、柄じゃないのは分かってるんだけどね」
テトが肩をすくめると、サスが首を横に振った。
「いいや、テトは立派な戦士長だ。みんなが、お前を頼りにしているよ。――なあ、テト? お前も色々大変だろうと思うが、出来る限りみんなに声をかけてやってくれないか? みんな声には出さないが、不安なんだ」
その不安は、遠征についてだろうか。それとも、もっと大きなもの――帝国の行く末についてだろうか。
疑問が浮かんだが、テトは口には出さない。どちらにしろ、みんなの不安をぬぐうのが戦士長である自分の役目だ。
「わかった。できる限り、みんなと話すよ。ちょうど、今日は狩りがお休みで時間があるからね。休みなんて、戦士になって初めてかもしれない」
テトはサスと別れると、生産施設を歩き回り、兄妹たちに声をかけて回った。
羽人の戦士は毎日、単独で狩りに出る。早朝に出発し、日暮れに戻る生活。そんな生活を繰り返していると、兄妹と言えど久しぶりに会う顔は少なくなかった。
狩りではなく裏方業務である生産部門に携わる者たち、約七十人。テトは、すべての兄妹たちと言葉を交わして回った。
気付いたのは、兄妹たち全員が、多かれ少なかれ不安を抱えているということ。直接的に不安を口にする者、不安を押し殺す者。テトはひとりひとりに丁寧に向き合い、話を聞き、偽りのない言葉で励ましていった。
帝国を存続させるために、必ず今回の大遠征を成功させなければならない。
もし失敗し、羽人の戦士たちの多くを死なせれば、帝国は神聖母の死を待たずに滅びるだろう。
しかし、大遠征に出なければ、じりじりと飢え死ぬだけだ。
テトの小さな両肩に、戦士長としての責任が圧し掛かった。
必ず成功させる。
「戦士長! 小竜テト!」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには羽化して間もない若い羽人の弟、妹たちがいた。
若い羽人の後ろには、申し訳なさそうな顔をこちらに向けるミアの姿があった。
「どうした?」
若い兄妹たちに訊ねると、先頭に立つ弟が口火を切った。
「俺たちも、遠征に連れて行ってくださいっ!」
鼻息荒く言うと、他の兄妹たちも口々に、「お願いしますっ!」と嘆願してくる。
――まいったなあ……。
テトは頭を掻いた。
兄妹たちの後ろで、ミアが、ごめんなさいと両手を合わせて頭を下げている。この兄妹たちは、ミアの制止を振り切って来たのだろう。
弟、妹たちの気持ちは嬉しいが、テトは今回の遠征に彼らを連れて行くつもりはなかった。羽化したばかりで飛行訓練中である若い弟、妹たちに、世界樹の森の切れ目まで飛ぶ遠征は無理だ。小鬼族との戦闘は言うにも及ばない。
意気高い若い兄妹たちの申し出を無下に拒否するのは忍びないが、足手まといにしかならない彼らを連れて行く余裕などありはしない。
「ダメだ。残って帝国を守ってくれ」
しかし、血気盛んな若い弟、妹たちは引き下がらなかった。
帝国を守るのも大切な使命だ。お前たちは帝国の未来のために必要なんだ。もしもの時のために、お前たちを残していくんだ。
言葉を尽くして説得を試みるが、聞く耳を持たず喧々諤々と食い下がってくる。彼らの根幹にあるのは、若さゆえの功名心ではなく、純粋に帝国のためになりたいという忠誠心だ。
それが分かるからこそ、テトは手を焼いた。
「何を騒いでいるんだ?」
そこに、テロが通りかかった。
「あ、暴風テロ……」
突然現れたテロに、若い兄妹たちが鼻白んだ。
互いに顔を見合わせる中、先頭に立つ弟が意を決して、テロに言う。
「俺たちも遠征に連れて行ってくださいっ! 必ず役に立ってみせますっ!」
「ダメだ。足手まといにしかならん。分を弁えろ」
テロは、若い弟を一蹴した。
それでも食い下がろうとする弟を、強い眼力で黙らせる。
「無駄話で戦士長を困らせる時間があれば、他にできることがあるだろう? 周りを見てみろ。遠征に行く者も、行かぬ者も、明日の出発に備えてできることを懸命に行っている。そこから何も感じ取らないのか? 自らの行いについて省み、恥を知る所からやり直せ」
歴戦の戦士テロの圧倒的な迫力に、若い兄妹たちは涙目になって、押し黙った。
テロは兄妹たちを一瞥すると、後ろにいるミアに視線を向けた。
「ミアっ! お前がこいつらの指導役だな? こんなことでテトの手を煩わせるなっ! 指導役ならば、きちんと指導しろっ!」
「暴風テロ、返す言葉もありません。ごめんなさい」
テロの言葉に、ミアは頭を下げて謝罪した。
その姿を見て、若い兄妹たちの顔が反省の色を帯びる。
テロは、鼻を大きく鳴らすと踵を返して、去っていた。去り際に、テトの肩に叩き、テトだけに聞こえるように言った。
「しっかりしろ」
テトはその言葉に、深く頷いた。




