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ツナガル羽  作者: はれのひ
第四章 青年期
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神聖母の過去

テトはテロと別れると、その足で第六階層に降りた。


第六階層には卵を保管する産卵室と、神聖母ヤムリルの居室である神聖母の間がある。


とうの昔に産卵室は空だ。


テトは神聖母の間の扉の前まで行くと、警護役の羽人の戦士に、神聖母への取り次ぎを頼んだ。


突然の夜分の訪問に、警護役は難色を示したが、戦士長であるテトの言葉には逆らえず、中に通してくれた。


広くドーム状に造られた偉大なる母の居室。


ここを訪れるのは、一年ぶり。戦士長の拝命式以来だ。生涯を通して、テトが神聖母ヤムリルと顔を合わせたのは数回しかない。


神聖母ヤムリルは、帝国の女王であるが、為政者ではない。君臨すれども、統治せず。


そもそも羽人の帝国に為政者はいない。為政者に一番近い役割が戦士長であるが、あくまで羽人の子たちは等しく平等であり、帝国の戦士たる本能に従い、それぞれにただ帝国のために命を捧げる。


神聖母の間から、玉座は無くなっていた。


その代わりに玉座のあった位置には寝台が置かれ、その上に神聖母ヤムリルが横たわっている。


広い神聖母の間に、寝台一つ。なんと寒々しいことか。テトは、胸が締め付けられる想いに駆られた。


「テトですね。さあ、私の近くに」


「はい、神聖母」


テトは寝台の元に近寄り、膝をついた。


神聖母は寝台の上でやせほそっていた。かつては老いながらも大樹のような荘厳さを見せた神聖母は、いまや枯れ木のように頼りなく、かよわい。


テトは神聖母が放つ甘い香りが弱まっていることに気付いた。それは、神聖母の命が弱まっているかことを告げるようで、テトの心を締め付ける。


その心中を悟られないように気を付けながら、テトは神聖母に遠征について説明した。


神聖母はテトの言葉を黙して、最後まで聞いた。


「分かりました。すべて、あなたたちに任せます」


「よろしいのですか?」


寝台の上で、神聖母は力なく頷く。


「とうの昔に外の世界と別れた私が、どうして戦士であるあなたたちの考えに口が挟めることでしょう。私にできることは、帝国に命を捧げるあなたたちを信じ、任せることだけです」


神聖母が寄せてくれる信頼に、テトは身が震えるほどの喜びを感じた。


「テト、外の世界の様子はどうですか? もう随分と寒くなってきたのではないでしょうか?」


「ご存じでしたか。はい、昼間も冷え込み、獲物の数も日に日に少なっています」


「過酷な時代が来ようとしています。若かりし頃、同じ時代を私は経験しました。もう八十年以上昔のことです」


八十年。


テトには想像もできないほど長い時間だ。羽人の戦士の寿命はながくて三十年。ただ一人、神聖母だけが百年という悠久の寿命の中、子を産み、帝国を栄えさせる。


先立つ子を見送りながら、ひたすら悠久の時を生きる神聖母の心中はいかばかりかと、テトは想いを馳せる。


「寒い世界を、必死になって飛びました。毎日毎日、必死に獲物を探しました。飢えと闘う辛い日々でしたが、今思うとそれも懐かしく思います。信じられないでしょうが、私はその頃、神聖母ではなく、ひとりの戦士でした」


テトは驚いた。神聖母ヤムリルが、戦士であった事実にではない。戦士であったことをテトに話したことにだ。


「ある日、私の母である神聖母が亡くなりました。そうすると、私の身体に母なる神聖母の魂が分け与えられたのです。私は新たな神聖母になりました」


「な……なぜ、そのようなお話を僕にしてくれるのですか?」


神聖母ヤムリルは、力なく微笑んだ。


「伝えねばならぬときが来たと思ったのです。年寄りの昔話など退屈でしょうが、聞いてくれますか?」


「……はい、神聖母」


テトは、恭しく頭を下げた。


「その頃、私の名前はリルと言いました。私のほかに五十人ほどのメスが新たな神聖母となりました。神聖母となるとお腹に新たに精子嚢(せいしのう)という器官が発達し始めます。私たちは城の中で安静にし、精子嚢が十分に発達するのを待ちました。


その間に、多くのオスの兄弟たちは帝国を旅立ちました。他国の新たな神聖母を探す旅です。オスたちには帝国の血を後世に繋げる相手を探し、交尾をするという重要な役目を負っていました。この広い世界樹の森の中で、他国の羽人を探すのは困難極まることでしょう。勇敢な兄弟たちは、おそれず旅に出たのです」


神聖母の独白は続く。


「帝国に残った羽人もいます。その羽人たちは、私たち新たな神聖母の世話をかいがいしく務めてくれました。おかげで、わたしたちは無事に神聖母として成熟することができたのです。


そして、ついに私たち新たな神聖母が旅立つ日が来ました。その日のことは、今でも鮮明に覚えています。


城の入口付近には、多くの他国のオスが飛んでいました。私が生まれた帝国を探り当てた勇敢な戦士たちです。オスたちは新たな神聖母と交尾をしようと待ち構えていたのです。


私たちは城の外に出て、飛翔しました。自分の身体から甘い香りが放たれるのを感じました。オスを誘引する香りです。すぐに数人のオスが私に向かって飛んできました。初めて見る他国のオスたちは、逞しく勇敢でした。


私は、オスたちから逃げました。他国のオスを本能的に恐ろしいと感じたのです。私は悲鳴を上げました。


すると、城に残った姉妹たちが他国のオスを襲い始めました。私たちを助けるために、命を懸けて他国のオスと交戦したのです。姉妹たちと他国のオスは互いに傷つけ合い、その多くが命を落としました。


今思うと、これも必要なことだったのかもしれません。


後世に繋げていく命に、弱き血は必要ありません。ここで淘汰されるオスの血など受け入れるわけにはいかないのです。


そして、ついに私を捕まえた一人のオスの羽人がいました。兄妹たちの攻撃で傷ついた体は、とても逞しく、思わず見とれるほどでした。


そのオスの羽人は、ヤムと名乗りました。


そして、ヤムは私を組み敷くと、力強く交尾をしました。やがて、私の中にヤムの精子が、命の片割れが注ぎ込まれるのをはっきりと感じました。私の身体は、自然とそれを精子嚢に蓄えていきました。


恍惚とする交尾の中、ヤムの命は長く残っていないと私は悟りました。兄妹たちがつけた傷は深かったのです。交尾を終えると、ヤムはそのまま息絶えました。その命の片割れを私に託して。


それから、私は神聖母ヤムリルとなったのです」


話を終え、神聖母は大きく息を吐いた。


テトは自分が知らずに右目から涙を流していることに気付いた。自分の中に流れる血が、命を賭して父がつなげた血が、熱くたぎっているように感じる。


「テト、疲れました。少し眠ります」


涙を流しながら、テトは頭を下げた。静かに、神聖母ヤムリルの元を離れる。


神聖母の間を後にする際、神聖母がテトに声を掛けた。


「おやすみなさい、かわいいテト。どうか、強く生き抜いてください」


「おやすみなさい、神聖母。必ず、生きて帰ってきます」


テトは深々と頭を下げると、神聖母の間の扉を閉じた。

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