大遠征への決意
「相談したいことがある」
その晩、テトが自身の居室で休もうとしている、同い年の弟、テロが訪ねてきた。
恵まれた体躯と不屈の勇猛さで歴戦を勝ち抜いてきたテロ。気付けば、同い年の兄妹で生き残っているのはテトとテロの二人だけだ。過酷さを増す世界樹の森の中で、テロも死に物狂いで生き抜いてきた。
戦士長の座こそ、飛竜を狩った功績からテトが担っているが、テロの戦士としての功績は、テトと比較してもなんら遜色もない。
暴風テロ。
その荒々しい嵐のような戦いっぷりから、戦士たちからはそう呼ばれていた。
テトとテロは、帝国城の第五階層、育児フロアに降りた。
ゼロ歳から十歳までの幼い兄妹が住む第五階層。年齢毎に分けられた育児室は、ただ一室を除いてすべて空だ。現在、第五階層には蛹化を待つ十歳の兄妹たち六人が居住しているだけ。神聖母が産卵を再開しない限り、一年たたずに第五階層はもぬけの空だ。
テトとテロは、空いた育児室の中に入った。
「このままではみんな飢え死ぬ」
テロが開口一番に言った。歯に衣を着せぬ、簡潔で的を射た言葉だ。
テロほどの戦士に、ごまかしの嘘を並べても意味がない。その通りだと、テトは頷いた。
「僕もそう思ってる。恥ずかしながら、この三日間一匹の獲物すら見つけられない。それに――」
「飢えているのは羽人だけじゃない、羽人を狙う外敵たちも飢えて凶暴性を増している。未帰還者が絶えないのも、そのせいだと思う」
「気付いていたのか」
テロは頷いた。
「今日、人面鳥に襲われた。相当飢えていたんだろう、凶暴さが尋常じゃなかった。飛竜を狩ったお前のように、俺も人面鳥くらい狩ってみせようかと思ったが、止めた。今、蛮勇を追い、命を安易に落とすわけにはいかないと思ったんだ」
「正しい判断だと思う」
テトは心から感心した。
テロは若いころから大物狩りに執心していた。特に四年前にテトが飛竜を狩ったときの悔しがり方は壮絶だった。しばらくは、飛竜、人面鳥が巣を作る世界樹の上部に向けて飛翔し、無謀にも飛竜、人面鳥を狩ろうとする毎日を送っていた。よく生き残ったものだ、と思う。
テトもテロも、今や帝国を担う存在だ。テトがそうであるように、テロも自然とそれを自覚しているのだろう。
「テト、帝国は今後どうなる? 神聖母は子を産むのを止めた。もう兄妹は増えない。獲物の数はどんどん減っている。このまま滅ぶのか?」
テロが睨むような強い目を向けてくる。
怒っているのではない、ただ真剣なのだ。自分たちの行く末を、真剣に考え、真剣に悩んでいる。
『アンタの帝国にもそう遠くない未来に起こる話さ』
シズクの言葉が脳裏をよぎる。
神聖母が早世し、子が生まれなくなったシズクの帝国。神聖母が亡くなれば、帝国は滅びる。
「……帝国は滅亡するのかもしれない」
テトは言った。
テロの目が動揺に揺れる。
テトは固く目を瞑った。
――でも、僕らの神聖母はまだ生きている。そして、その子である僕も、兄妹たちも生きているんだ。
目を開き、自分に言い聞かせるように、テトは言葉を紡いだ。
「でも、僕はただ滅亡するのを待つ気はない。僕らは生きているんだ。生きている限りもがいてやるさ。僕らにできること、それは帝国を飢えさせないために必死に狩りをすることだ」
テトはテロの視線に答えるように、目に力を込めた。
しばらく、テロはテトの視線を黙したまま受け止めた。そして、大きく頷く。
「帝国を飢えさせない。必死に狩りをする。……そうだな、俺たちは帝国を守らなければならない。兄さん、姉さんたちがそうしたように、今こそ俺たちが頑張らなくてどうするって話だよな」
テロは、気まずそうに少し笑った。
「すまんな。しみったれた話して。柄になく不安だったんだ。こんな話、もはやお前にしか聞いてもらえない。ありがとう」
「構わないよ。いや、むしろ、僕がありがとうって言いたい。テロが話してくれたおかげで僕も気持ちが固まったよ」
テトとテロ。
同い年の兄弟はお互いは強く決意を新たにした。帝国を飢えさせない。帝国を守ってみせる。
話が終わり、テトが席を立とうとしたところで、テロが呼び止めた。
「すまん、今までのは俺の愚痴だ。本当に相談したいことは別にある」
テロの言葉に、テトは席に座り直した。
「大遠征を敢行してはどうかと考えている。戦士長としての意見が欲しい」
「豊富な獲物を見つけた」と、テロは言った。
神聖ヤムリル帝国は世界樹の森の西部に位置すると言われている。
帝国から東に向かえば森は深くなり、西に向かえば浅くなる。そして、いずれは森が切れる。
テロは、探索範囲を広げ、森の切れ間まで飛んだと言った。
テトは驚いた。どんなに距離があるのか、見当もつかない。深く永遠に続くような世界樹の森。それを抜けるとは。
「まっすぐ飛んで、俺の羽で片道四時間。普通の戦士なら片道六時間といったところだろう」
往復だけで半日を費やす計算になる。日が短くなっている今、日のある時間で往復するのは難しい距離だ。
「世界樹の森を抜けると、果ての見えない草原があった。そこで小鬼族の集落を見つけたんだ。五十頭はいた。すべて狩ることができれば、三か月は飢えを凌げる」
テトは、テロの言った「大遠征」という言葉の意図を理解した。
帝国の戦士たちで群れを成して、小鬼族の集落を襲おうというのだ。
小鬼族。
世界樹の森の中ではほとんど見かけないため、テト自身は見たことがないが、兄、姉たちから伝え聞いてはいる。
体長九十センチくらいの小型の鬼だ。群れを成し生活をしている。知能は高くないらしいが、武器を扱い、簡素な家を作るくらいの知能は有しているはずだ。道具を使う知能があるだけで、油断できる相手ではない。
「すべてを狩るのか?」
テトはテロに訊いた。
五十頭すべてを狩るとすると、相当の戦力で臨まないと無理だろう。
いま帝国にいる羽人の数は二百。うち、狩りに出られる人数は最大で百三十。他は傷を負うなどして退役した羽人と羽のない子どもたちだ。
「ああ、すべて狩る。中途半端に狩って、生き残りを残せば警戒して集落を移すだろう。そうなれば、せっかくの肉を失うことになる。なにより中途半端な数で攻めては、返り討ちにあう可能性だって高くなる」
テトは思案した。
帝国から戦士を空にするわけにはいかない。遠征を敢行にするにあたって、城の防衛に三十人は残したい。遠征に連れていけるのは百人が限界だろう。
片道六時間の行軍後の戦闘、そして、帝国城への帰還。相当にリスクが高い。体力が持つはずがない。
テトは、高回復薬の備蓄を計算する。
疲れをかき消し、身体に活力を戻し、どんな傷も瞬時に塞ぐ羽人の妙薬。幼い羽人にしか錬成できない高回復薬は、幼い羽人が枯渇している帝国にとって限られた貴重な資源だ。しかし、この遠征には高回復薬が、必須だろう。一人当たり複数は持たせないとまずい。
そのうえで、大遠征を敢行するなら今しかないと、テトは思った。
時が経てば、テロの見つけた小鬼族が集落を移す可能性もあるし、これ以上に帝国の飢えが進行すれば遠征を行うこと自体が不可能になる。
テロは、すべて狩れれば食料は三か月は持つと言った。
自身の目で小鬼族を見たわけではないが、現実的な数字だろうとテトは思った。うまく運用すれば半年持たせることも可能かもしれない。
三か月にしろ、半年にしろ、それだけ長い期間も食料危機から脱せられるのであれば、その間に次の施策を立てることもできる。飢えながら施策を練るのと違い、取れる手段も多くなるはずだ。
テトは覚悟を決めた。
「よし、遠征しよう。小鬼族の集落を狩るんだ。大事ゆえに神聖母に奏上する。時間が惜しい。不敬ながら僕は今すぐ神聖母の元に行く。テロはいますぐ準備を進めてくれ。明日一日は休息と準備に充てる。明後日の早朝に出発だ」
「分かった。任せてくれ」
テトとテロ、帝国を担う同い年の兄弟は、固い決意とともに互いに頷きあった。




