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ツナガル羽  作者: はれのひ
第四章 青年期
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帝国の衰退

四年の月日が流れ、ゆるやかに帝国は衰退の道を歩んでいた。


神聖母(しんせいぼ)が老いに逆らえず、床に臥せったまま起きなくなった。神聖母が産卵を止めて久しい。


今では、帝国城の育児室のほとんどが空になっている。


年長者たちの数も確実に減っていた。寿命を迎えた者、狩りに出たまま帰らぬ者。厳しく、残酷な世界樹の森では、常に多くの死が付きまとう。


全盛期には五○○人近い人口を抱えた誇り高き神聖ヤムリル帝国。いまではその人口は二○○人程度に落ちていた。


十八歳になったテトは、帝国の戦士長の座についていた。


その顔からは幼さと甘さが消え、精悍さが身についた。いまだに、他の兄妹たちより一回り以上小さな体躯だが、弱弱しさはまるで感じさせない。


小竜テト。


兄妹たちは、飛竜(ワイバーン)を狩ったテトを、敬意を込めてそう呼んだ。


テトは、その二つ名にふさわしい覇気を備えるようになっていた。


世界樹の森を、テトは飛翔する。


早朝から狩りに出て、すでに日は傾き始めていた。


今日は、まだ一頭の獲物も狩れていない。


帝国の羽人(ハネビト)の数が減るのに呼応するかのように、世界樹の森からは獲物の姿が消えていっている。


世界樹の葉は、いつのまにか緑から茶色に変わっている。落ち葉も目立つ。世界樹の森の中の気温はずいぶん下がり、昼間でも身体が暖まらない。凍てつくように冷たい空気は、普通に飛行するだけで体力は奪っていく。


寒さに鈍る羽を懸命に動かし、テトは世界樹の森を飛翔した。


草木の間に獲物が潜んでいないか、いつも以上に低空を飛行する。あまり地上に意識を持っていきすぎるのは、本来は愚行だ。


上空への警戒が弱まってしまうからだ。しかし、こうも獲物が見つからないのであれば、背に腹は代えられない。


昨日もおとといも、たった一頭の獲物も狩ることができなかった。


他の戦士たちの戦果も芳しくない。


テトたち羽人の戦士は、帝国城から遠く離れた土地まで探索範囲を広げているが、成果は上がらなかった。


反面、帝国城から遠く離れて探索することは、それだけで未帰還のリスクを高めた。遠く遠征し過ぎ、帝国城に戻れぬまま夜を迎えてはまずい。昼以上に、夜は冷え込む。その寒さに耐えきれず、凍え死ぬ運命が待っている。


最近では、翌朝になっても狩りから戻らない戦士の数が以前より増えた。一晩明けても帰還しないことは、その戦士の死を意味していた。


テトは、今日の狩りをあきらめ、帝国城に向けて帰還を開始した。早朝から飛びっぱなしで、体力はすでに尽きかけていた。


三日続けて獲物数ゼロという結果。戦士長として、帝国のみんなに申し訳なく思う。


数年前に出会った他国の羽人シズクの言葉を思い出す。


神聖母が死ぬと、帝国は滅びる。


神聖母の老い、羽人の減少、世界樹の森の冷え込み、獲物の減少。


自分たちが滅びの道を着実に歩んでいるような気がして、テトは身を震わせた。








帝国城の入口近くに到着すると、若い羽人たちが飛行訓練を行っていた。


今年羽化し、成体になったばかりの弟、妹たちだ。


テトが飛行訓練を受けていたころに比べて、飛行訓練を行う兄妹たちの数は各段に少ない。


今年羽化した兄妹はたったの六人。


「ゆっくりよ! ゆっくり! まずは、ゆっくり丁寧に飛ぶことを意識しなさい!」


若い兄妹たちを指導する凛とした声が聞こえる。


帝国城の入口上空でホバリングし、若い羽人に飛行の指導を行うのは、美しいメスの羽人だった。


流水のように輝く長い銀髪。透き通るような白い肌。細く柔らかそうな肢体は、戦士に似つかわしくない。


そう、彼女――妹のミアは戦士ではない。


ミアの背中の羽は、右下の一枚だけ小さかった。他の羽の半分くらいしかない。蛹化した際、右下の羽核(うかく)だけが発達が遅れたことが原因なのだろう。一年に及ぶ長い眠りを終え、繭から羽化したミアの羽は右下だけが小さく未発達の状態だった。


ミアの懸命な努力もあり、通常の飛行は行えるようになったが、推進力不足により高速で飛ぶことはできなかった。


高速飛行からの槍での攻撃。それこそが羽人の戦士の武器だ。高速飛行が行えないことは戦士になれないことを意味していた。


ミアは戦士の道をあきらめざるをえなかった。


ミアは一度も狩りを行うことなく、帝国城内の仕事に従事していた。若い羽人の飛行指導や幼い弟、妹たちの世話、兄妹が狩ってきた獲物の解体、調理。狩りに出られない分を必死に取り戻そうとするかのように、献身的に働いている。


「ただいま、ミア」


テトは、ミアに声を掛けた。


「あ、テト! おかえりなさい!」


笑顔でテトに振り返り、ミアがテトの元に飛び寄る。


その笑顔は、幼いときと同じで屈託がない。


「ごめん、今日も一匹も狩れなかった」


「あなたのせいじゃないわ。寒かったでしょう。こんなに冷えて」


ミアが自分の両手でテトの頬を包む。冷えた頬にミアの柔らかな掌の暖かさが心地よい。


「早く城に入って、暖まって。すぐに食事の用意をするわ」


「うん。でも、食事はいいよ。途中で世界樹の樹液を口にしたから。最近は全体的に狩りが不調だから、食料が不足してきている。保存食にも限界があるからね」


帝国の食料不足は深刻になってきていた。


獲物が取れないことから、新鮮な肉の供給は滞り、今では角豚(ホーンピッグ)の肉であっても貴重品だ。肉を諦め、木の実で飢えを凌ごうにも、木の実も世界樹の森からどんどんと消えている。先人たちが備蓄してくれた乾燥肉の消費量は日増しに多くなっている。


帝国全体が少しずつ飢えに苦しんできている。


「ダメよ、ちゃんと食べなくちゃっ!」


ミアが強い口調で言った。


透き通るような蒼い瞳が、幼い子を叱る様に釣り上がる。


「戦士たちがちゃんと食べなくちゃ、狩りができなくなるでしょう? 特に、テトは戦士長なんだから、自覚を持ってよねっ! ご飯を我慢するのは、城内の仕事をする私たちの役目よ!」


テトは妹の成長ぶりに喜びを感じた。


「ちょっと前まではおしゃまなお子様だったのに、ずいぶん一端の口をきくようになったね。ミア」


褒めたつもりだったが、ミアは嫌味を言われたと受け取ったようだ。ミアが不機嫌そうに口をすぼめる。


「あら、戦士長さまに対して生意気な口をきいてしまったかしら? 戦士ではない私が発言するには差し出がましいことかもしれないけど、私も十四歳よ。それなりに大人になったつもり」


「他意はないよ。不快にさせたなら謝る。ごめんよ。それと、戦士長、戦士長と特別扱いするのもやめてほしいな。僕は元々そんな器じゃないだ」


口をすぼめたまま、むーっと顔を歪めるミアは、ふっと顔を緩ませると、テトの手を取った。


「まあ、いいわ。さあ、ご飯を食べましょう。テト、あなたは立派な戦士長よ。狩る獲物の量が減っているのなんて関係ない。帝国のため、私たちのために身を粉にして働いてくれるあなたの姿に、私たちがどれだけ救われているか」


――本当にいっぱしの口をきくようになった。


テトは気持ちが軽くなるのを感じた。


しかし、ミアがどう言ってくれたとしても、帝国の食糧難は重大な問題であり、帝国の戦士長として、何か打開策を講じなければならない。


しかし、どうすればいいか見当もつかない。


滅びに向かう帝国。兄妹たちが飢えに苦しみ、その数を減らしていく。その姿が脳裏に浮かび、テトは顔を曇らせた。








ミアはテトが苦悩していることを察知した。


テトの気を紛らわせるために、努めて表情を明るくする。


「何か不安なことがあるの? 元気だしてね、テト。私でよかったらいつでも話を聞くから」


「ありがとう、ミア。でも、大丈夫。心配しないで」


そう言うテトが、ミアには強がっているように見えた。そして、自分に胸の内を明かしてくれないことが、少しだけ寂しかった。


ミアはその心中を隠し、からかうように言った。


「あら釣れないのね、テト。私でよければいつでも甘えてくれていいのに。姉さんたちに比べると大きさはちょっと物足りないかもしれないけど、若い分、張りがあると思うんだけど」


ミアは膨らんだ胸に両手を添えた。


案の定、テトが顔を真っ赤にする。


「なっ、何言ってんだっ! 僕はもう大人なんだぞっ! そんな、おっぱいなんて興味ないんだからっ!」


戦士長、帝国最強の戦士、小竜テト。肩書にそぐわず、可愛らしい兄だ。


狼狽するテトを見て、ミアはクスクスと笑った。


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