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ツナガル羽  作者: はれのひ
第一章 幼年期
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テトの誕生

かつて世界樹の森の西方に羽人(ハネビト)の帝国があった。


女王たる神聖母(しんせいぼ)ヤムリルと、五○○人を超す羽人が住まう一大国家だ。


五○○人を超す羽人のすべてが、神聖母ヤムリルの子どもだ。羽人の国家は、ひとりの母とその子どもたちで形勢される。


神聖母ヤムリルが君臨するその帝国の名は、神聖母の名を冠して神聖ヤムリル帝国と言った。


神聖母の子たちは皆、戦士だ。


背中に生やした四枚の薄羽で空を翔け、身の丈を越える槍を操り、自らよりも巨大な動物を襲い、狩る。優秀な戦士たちの働きで、帝国は大いに栄えていた。


天を衝く世界樹のひとつに向けて、羽人の戦士が飛翔する。


メスの羽人だ。年のころは十四、五とまだ若い。大きな肉の塊を抱えながらも、その飛翔は力強い。


まだ若木と言えるその世界樹の幹の中腹には、ぽっかりと空洞があった。


空洞の入口には多くの羽人が浮遊していた。哨戒中なのだ。


幾多の生命を育む世界樹の森には、羽人以外にも数多くの種族が存在する。生きるための獲物に困ることが無い反面、羽人を狙う外敵の存在も多い。


偉大なる神聖母ヤムリルは、巨大な世界樹の若木の空洞の中に、城を築いた。地上からの外敵を阻み、空からの外敵から身を隠す、計算された立地だ。


大きな肉の塊を抱えたメスの羽人は、哨戒中の兄妹と挨拶を交わすと、空洞の中に入った。


空洞の中は、泥を固めた地盤で覆われている。巨大な帝国城の天井であり、羽人の戦士たちの発着場。その地盤の上にメスの羽人は降り立った。


空洞の入口は五メートルくらいだが、内部は外からでは想像もつかないほど巨大だ。若木と言えど巨大な世界樹の幹は、胴回り二○メートルは超す。城は巨大な若木の空洞内いっぱいに造られている。


城は空洞の中で円柱の形をしている。城全体を覆う外壁には土に砕いた岩の粉を混ぜ込み強度を補強し、しっかりと樹に貼り付けられている。


その内部は平たい円盤状の地盤が幾層にも重なり連なっている。地盤の階層は六層にもおよび、羽人たちの献身的な働きによって、巧みに区画整理され、羽人たちの生活を支える拠点となっている。


メスの羽人は、第一階層である発着場から、下に降り、第二階層に降りた。


日光の届かない城内であっても視界に困ることが無い。城の中は、天井に塗布されたヒカリゴケの柔らかな灯りのおかげで、十分な明るさが確保されている。


羽人の戦士たちの居住区である第二階層を素通りし、メスの羽人は、第三階層に降りた。


第三階層は生産施設として利用している。羽人の戦士たちが狩ってきた獲物の肉を解体や調理を行ったり、獲物の角や牙、骨を素材に武具を製造したりするための階層だ。


メスの羽人が、肉の塊を調理場に持っていくと、肉の解体作業に精を出していた兄妹が声をかけてくる。


「やあ、キア。精が出るね。こっちの肉が終わったら精肉するから、そこらへんに置いておいてくれ」


「了解」


そう言って、メスの羽人――キアは、肉の塊を置くスペースを探した。


調理場の台の上には他の兄妹たちが狩ってきた肉が、所狭しと並べられている。生来働き者である羽人の戦士たちの戦果はすさまじく、キアの肉を置く場所など無い。仕方なく、キアは肉を床に置いた。


「それじゃ、頼むわね」


キアは踵を返し、料理場を後にする。


いつもであれば再び狩りに出るが、今日は別の仕事があった。


キアは帝国城を下に、下に進み、第六階層まで降りる。


六階層にもおよぶ帝国城の最下層、第六階層には、女王たる神聖母ヤムリルの居室と神聖母が産卵した卵を保管する産卵室がある。産卵室には神聖母ヤムリルが産んだ多くの卵が安置され、まだ見ぬ兄妹が孵化の時を待っている。


産卵室では、ヒカリゴケの柔らかな灯りの下、三十ほどの卵が並んでいた。羽人の小さい両掌で抱えられるほどの大きさしかない卵。ひとつひとつ大切に、土で造られた寝台の上寝かされている。


今日、一つの卵から羽人の子が孵る。


その子の孵化を助けるのが、今日のキアの仕事の一つだ。


並ぶ卵の状態の確認を行っていた兄妹に挨拶をすると、件の卵の前にキアは向かった。


寝かされた真っ白な卵。孵化直前であることを示すように、ときおり、ぐらぐらとひとりでに動く。中で赤ちゃんが動いているのだ。


キアはまだ見ぬ兄妹の姿を想像し、心を躍らせた。








コツコツと絶え間なく、誰かが外から叩く。その音が中に響く。


羊水の中に浮かびながら、誕生の時を待つ。


しばらくして卵の殻にひびが入る。


――眩しい。


ひびの隙間から差し込む光に、思わず目をギュッと瞑った。


「さあ、出てきなさい」


掛けられる言葉に、覚悟を決め、割れたひびを中から叩く。


懸命に。懸命に。


ひびが大きくなって、羊水が外に流れ出る。


「ほらっ、頑張って!」


一層力を込めて、中から叩く。


懸命に。懸命に。


なんとか頭が出るくらいの大きさまで殻を割って、外に顔を出す。


腹の中にたまった羊水を吐き出すと、思いっきり外気を吸った。


「おぎゃああああああ」


「おうおう、元気な子だ。あ、男の子だ。よろしくね、お姉ちゃんだよ」


固く暖かい手が、卵から抱き上げてくれた。


慈しむように胸に抱かれ、安心して一層大きな声で泣いた。


姉は手足の指を数えると、うつぶせにして背中を確認する。小さな背中に、小さな突起が四つ。


「うん。きちんと羽核(うかく)もあるね。でも、ずいぶん小さいな子だ。神聖母、この子は無事に大人になれるでしょうか?」


姉の言葉の意味は分からなかったが、その声の感情を読み取り、不安になる。大きく泣いた。


「大丈夫ですよ、キア。この子も貴女たちと同じ。等しく私の子なのですから」


別の手が、頭をなでてくる。柔らかく、暖かく、大きな手。途端に、絶対的な安心感が胸中を満たす。


偉大なる母、神聖母ヤムリルは、生まれた我が子の頭を撫でながら、その子に名づけを行った。


「あなたの名前は、テト。この神聖母ヤムリルの八四七番目の子です」


小さい羽人の中でもひと際小さい子として、テトはこの世に生を受けた。








孵化したテトは、産卵室から一つ上、第五階層にある幼き羽人を育てるための育児室に運ばれた。


第五階層の敷地はすべて幼い羽人を育てるために使われている。ゼロ歳から十歳まで、計十一室、年齢毎に分けられた育児室が並ぶ。


テトは新生児用の育児室に運ばれた。そこには今年生まれた兄たち、姉たちがベッドに寝かされている。


兄妹たちにはお腹を空かせて泣いていた。テトはそれに習い、姉の腕の中で大きく声を上げて泣いた。


テトを抱く姉のキアが、服をたくし上げ自分の乳首をテトに咥えさせる。


テトはそれを懸命に吸った。


「痛たたっ。ちょっと落ち着いて飲みなよ、テト」


テトが十分に初乳を飲むと、キアはテトをベッドに置いた。


「また後でね」


キアは名残惜しそうに泣くテトの頭を撫でると、腹を空かせた他の兄妹に乳を与えていく。


テトたち幼い子どもたちは、堅守な城の中で守られながら成長していく。


テトと同じ年に生まれたた羽人の子は全員で二十四人。これから一人前の羽人になるまで、同じの育児室の中で、一緒に寝起きし、一緒に食事し、一緒に学んでいく。


身の回りの世話は、年長の兄たち、姉たちの役目だ。神聖母ヤムリルは産卵に専念し、子育ては子どもたちが行う。新生児への授乳も姉たちが行う。発達した羽人の国では当たり前のこと。無償の愛情を注いでくれる兄たち、姉たちのおかげで、羽人の子たちはすくすくと育っていった。


テトは、他の兄妹に比べて体が小さく、食も細く、発育もゆっくりだった。


授乳期が終わると、幼い子どもたちには、兄、姉たちが狩ってきてくれる栄養価の高い食材が惜しみなく振る舞われる。


羽人は雑食性だが、肉を特に好む。


勇敢なる羽人の戦士たちは、帝国のため、弟、妹たちのため朝早くから狩りに出て、獲物を探す。体躯三○センチ程度の小さな体躯を、その強靭な四枚の薄羽で飛翔させ、縦横無尽に空を翔ける。その強靭な闘争心で、自分たちの何倍もある獲物に挑みかかり、勝利を収める。兄、姉が狩った獲物は、丁寧に解体、調理され、幼いテトたちに振る舞われた。


遠慮なく食事をむさぼる他の兄弟たちが丸々と大きく太っていくのに対して、食の細いテトはかなか肥えない。筋肉もなかなかつかない。


結果、発育も遅く、他の兄弟たちが二本足で走り回る様になったとき、テトはつかまり立ちをするのが精いっぱいだった。


時が過ぎ、言語を解する年齢になると、テトは、よく他の兄妹たちからからかわれた。


小さく、弱いテトは、幼い子たちにとって格好の遊び道具だった。


「テトのチビー! やせっぽっちー!」


同時期に生まれた姉のテアが、木の棒を振り回して、追いかけてくる。


「うわーん! テア、やめてよおぉ!」


テトは泣きながら、必死に逃げる。


しかし、ひと回り以上大きなテアは易々とテトに追いつき、ペシペシと木の棒で頭を叩いてくる。


「うわーん! うわーん!」


その様子を見て、周りの兄妹たちがケラケラと笑う。


中には自分も参加しようと、立ち上がる者もいる。


「こらこら、どうしたの?」


テトの泣き声を聞きつけ、世話役の兄と姉が育児室に入ってくる。


――助かった。


テトはすかさず姉の胸に飛び込んだ。弱い者の特権と言わんばかりに、姉の柔らかい乳房に顔をうずめて、泣きじゃくる。


「テアがイジワルするのー!」


テトは一瞬の迷いもなく告げ口をした。


「私、イジワルしてないもんっ!」


それが気に食わないテアがふくれっ面をする。


世話役の兄と姉は、やれやれとため息をつくと、「仲良くしなさい」と二人をたしなめた。

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