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ツナガル羽  作者: はれのひ
第三章 思春期
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姉の仇

飛竜はテトに的を絞ったようだ。


嵐のような風を巻き起こしながら、テトに向けて降下してくる。


テトはかろうじて、飛竜のかぎ爪を躱す。


乱気流に巻き込まれて、テトの体が振り回される。なんとか体勢を整えると、また上空から飛竜が再び降下してきていた。


テトは姉の言葉を思い出す。飛竜のかぎ爪から二回も生還した、帝国伝説の戦士、鬼姫キア。


『私が飛竜から逃げおおせたのは単に運が良かっただけさ。賢い戦士は飛竜に接近される前に気付いて逃げるもんだよ』


シズクに惑わされ、飛竜の接近を見逃した自分を、テトは恥じた。何のためにキアが、兄たちが、姉たちが、何度も何度も飛竜の恐ろしさを伝え教えてくれてきたのか。先人たちの想いをないがしろにするような失態だ。


テトの命は、テトだけのものではない。


キアがその命と引き換えに獲得した飛竜の肉、テアがその命と引き換えに与えてくれた風読の眼。


二人の偉大なる姉のおかげで、テトは生きている。


こんなところで無様に死ぬわけにはいかない。


飛竜がテトに迫る。


テトは左目の風読の眼に意識を集中する。


「見えるっ!」


飛竜の飛行が巻き起こす乱気流が、光の波となって映る。


テトは恐れず、飛竜に向けて翔けた。かぎ爪を躱し、乱気流を乗りこなし、飛竜の回りを旋回するように翔け、飛竜の背後に抜けた。


体勢は崩れていない。


この調子で躱し続けられれば、飛竜の追って来られない世界樹の密集地点まで逃げおおせるかもしれない。


やり過ごした飛竜が、再び上昇していく。


テトはその隙に、世界樹の密集地点に向かって翔ける。


それ追い、飛竜が降下してくる。


テトは飛翔しながら、背後に向き直る。風読の眼で、風の光を捉える。


先ほどと同様に、乱気流を乗りこなし、かぎ爪を躱す。


躱しながら、飛竜の右脚のかぎ爪が二本しかないことに気付いた。一本足りない。


「まさかっ!」


――キアを殺した飛竜かっ!


激しい怒りが噴き上がる。


怒りとともに、驚くほどの力が湧いてくる。獰猛なその力に耐えきれず、身体が爆発しそうだ。


――狩ってやるっ!


テトは槍を構えた。激情とともに、歯を食いしばり、発達した獰猛な肉切歯をむき出しにする。


飛竜がテトに向かって迫る。


テトは飛翔した。飛竜に向かって。その凶悪な咢を持つ貌に向かって。


飛竜が咆哮を上げながら、咢を開く。巨大な鋸のような牙がテトを狙う。


風を乗りこなし、高速度のままテトは舞うように飛翔する。


易々と飛竜の牙を躱すと、飛竜の目に槍を突き立てた。貫いた飛竜の眼球から硝子体が弾ける。


『ゴアアアアアアア』


飛竜が悲鳴を上げながら、急上昇した。


テトは振り落とされないように、飛竜に突き立てた槍にしがみつく。


飛竜の腕は翼と一体化している。そのため、貌に取りつかれては、自力で振り払うことができず、飛行の勢いで振りほどこうとする。


飛竜は全速力で飛翔した。


テトはその風圧に、必死に耐える。手を離せば終わりだ。湧きだす力がテトの体を支えきった。


飛竜は限界高度まで上昇すると、一瞬だけ上空で止まった。


このまま全速力で降下するつもりだろう。降下時の速度は、上昇時の速度の比ではない。


この一瞬が勝機だと、テトは確信した。


飛竜の目から槍を引き抜くと、飛竜の体躯の回りを縦横無尽に周回した。前宙するように飛翔しながら、背に、腹に、貌に、槍を突き立てて行く。


飛竜が痛みに耐えかねて、空中で身もだえる。


テトは構わず、飛竜の身体を傷つけていった。飛竜を切り裂く風と化して。


そして、痛みにもがく飛竜の腹に潜り込むと、槍を立て力の限り上昇した。


「おおおおお!」


槍が飛竜の腹を切り裂き、槍の持ち手が腹に触れるほど深く、深く突き刺さる。


『ゴアアアアアアア』


最期の雄たけびをあげ、空中で飛竜は二度、三度と身体を痙攣させて絶命した。


ぐらりとその体躯が傾き、地上に落下していく。


落下する飛竜に巻き込まれないように、テトは空中で飛竜から離れた。


どおんっと地響きを立て、飛竜の身体が墜落する。


「はあっ、はあっ……。や、やったっ! やったぞおおおおっ!!」


荒く息を乱しながら、飛竜の屍を見下ろし、テトは雄たけびを上げた。


飛竜との死闘が終わっても、シズクが戻ってくることはなかった。


当たり前だろう。


テトが勝つなど、微塵も思うはずがない。彼女に出来ることは、少しでも遠くに逃げることだけだ。これからも、この厳しく残酷な世界樹の森で、たった一人で生きていく彼女を思うと、胸が苦しくなった。


しかし、テトはシズクに、また会いたいとは思わなかった。シズクから学んだこと、体験したこと。テトはそれを胸の中に閉まっておくことにした。


神聖母でなくとも、オスとメスが交われば、子を産むことができる。


このことは知ってはいけないことだったのだとテトは思った。


しかし、『その時が来れば、嫌でも知ることになるよ』と、シズクは言った。


その時とはいつなのか。


考えながら、テトは飛竜の屍を解体に入った。


かぎ爪を彫り出し、強靭な鱗をはぐ。


持ってきたロープを使って括っても、爪は二つが限界そうだ。


腰のポーチに詰めれるだけ鱗を詰め込むと、テトは空に昇った。


日が暮れてきている。


大戦果だが、仕方ない。


今から帝国に戻って応援を頼んでも、向かえるのは明日の朝だろう。それまでに肉は腐ってしまう。


テトは飛竜に黙祷をささげると、帝国に向かって飛んで行った。

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