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ツナガル羽  作者: はれのひ
第三章 思春期
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他国のメスとの出会い

ほどなくして、ミアたち十人の幼い兄妹たちそれぞれは、繭糸を吐き出し始めた。


蛹化が始まったのだ。


年長者たちは、一年間にも及ぶ長い眠りにつく兄妹たちのため、一層狩りに励んだ。


蛹化が始まっても、ミアの右下の羽核は発達が遅れたままだった。


「ねえ、テト。ミアはちゃんと大人になれるかなあ?」


不安そうに言うミアに、テトは「大丈夫」と何度も言った。テトは心配に思ったが、できることは狩りに精を出し、少しでも栄養価の高い肉を与えることだけだった。


あとはミア自身が、無事に成体となるように祈るだけ。


テトは早朝から狩りに出た。なかなか見つからない。


獲物が少なくなってきていると、テトは感じていた。世界樹の森の中の気温は、心なしか以前より冷え込んでいる。


テトは太陽が真上に上がる頃に、ようやく一頭の剣牙猪(サーベルボア)を見つけた。


地中の虫でも漁っているのだろうか。天に向かって反り返る刃物のような牙で草をなぎ倒し、短い前足と大きな平たい鼻で懸命に地中を掘っている。


剣牙猪は、その昔テトの左目を奪った獲物だが、成長したテトにとっては組みやすい相手だ。


急所である顔は地面に向けられており、上空からは狙えない。


テトは首を狙うことにした。


テトは羽に力を込め、剣牙猪に向けて急降下した。


相手が羽音に気付き、顔を上げる間も与えない。テトは地中に向けて伸びた剣牙猪の首筋、頚椎を正確に捉え、貫いた。


――少し浅かったか。


一撃で仕留め損なった。剣牙猪が、苦痛の雄たけびを上げ、上体を反らした。


二撃目を入れるために、テトが飛翔する。


その瞬間、上空から別の影が剣牙猪の顔面に襲い掛かる。


羽人だ。


その羽人の槍が、剣牙猪の眉間を貫く。


致命傷だ。ぐるりと剣牙猪が白目をむく。


その羽人は、眉間から槍を引っこ抜くと、槍の穂先についた斧のような刃物で剣牙猪の両目を切り裂く。


剣牙猪は絶命し、その巨躯を大地に倒した。


「こいつは、ワタシの獲物だよ」


その羽人は、上空に浮かぶテトを睨みながら、言った。


見たことのないメスの羽人だ。帝国の戦士ではない。他国の羽人だ。


吸い込まれるような美しい黒髪。燃えるような紅い瞳。古びた皮鎧に逞しい体躯。褐色の肌には歴戦を物語る様に、古傷がちりばめられている。


テトは初めて他国の羽人に出会った。


他国の羽人のメスは、テトに近づくと、遠慮なくテトを指さした。


「とどめを差したのはワタシだ。だから、この獲物はワタシのもんだ。他人の獲物を掠め取ろうなんて、姑息なことを考えるんじゃないよ?」


メスはテトより、頭ふたつは大きい。


テトが小柄なことを差し引いても、羽人としては大柄の部類だ。テトの細い腕とは違い、しっかり筋肉のついた体躯は、帝国最強の戦士と目されるサチと比べても遜色はない。


敵意丸出しで突っかかってくるメスに、テトは一瞬たじろいた。しかし、栄えある帝国の戦士として、気持ちを立て直す。


先に獲物に攻撃したのはテトだ。このメスはテトの攻撃に怯んだ剣牙猪の隙を狙って、とどめを刺したに過ぎない。


この獲物は、帝国の礎となるべきだ。帝国では蛹化を控えた兄妹が待っている。


テトは、メスの手を払いのけると、メスに顔を近づけて言った。


「これは僕の獲物だっ! 貴女がどこの誰かは知らないが、譲るわけにはいかないっ!」


「チビのくせに、生意気な口を叩いてくるじゃないか」


メスが獰猛な牙を剥いた。


「ワタシの名前はシズク。お前はどこの国の者だい? ようやく羽が生えたガキが、このワタシに盾突くとはいい度胸だ」


「ガキじゃないっ! これでも十四歳だっ! 偉大なる神聖母ヤムリルの子、テトだっ!」


「ふうん……、神聖母ヤムリルね……。聞いたこともないわっ!」


言葉の最後を気合の声とし、他国のメス――シズクが槍を投げ捨て、テトに殴り掛かってきた。


「うわっ!」


寸でのところでシズクの拳をテトは躱した。


迎撃態勢を整えるべくテトは槍を構えようとしたが、そうはさせじとシズクがテトの懐近くに潜り込み、拳打を放ってくる。


たまらず、テトは飛翔した。シズクと距離を取るために後ろ上空に上昇する。


しかし、それを読んでいたようにシズクが追ってきて、テトの顔面に頭突きを食らわせる。


「あ痛っ!」


テトがひるんだスキに、シズクはテトを空中でテトの両手を掴み、一緒に地面に墜ちる。


シズクはテトに馬乗りとなり、すかさずテトの首筋に獰猛な肉切歯を当てた。


「羽人は攻撃をされると、すぐに上に逃げようとする。悪い癖だ。知っていれば、倒すことは簡単さ」


シズクがテトの首筋に肉切歯を当てたまま、言う。


「さあ、どうする? 獲物を譲れば助けてやる。こっちは、このまま首を噛み切ってやってもいいんだ」


ちくりと、首の皮にシズクの肉切歯が刺さる。


ここで安易に命を落とすわけにはいかない。テトは観念した。


「わかったっ。獲物は譲る」


「その言葉に偽りはないかい?」


「ああ。誇り高き羽人の戦士として、嘘はつかない」


納得したのか、シズクはテトの首筋から肉切歯を離し、テトを解放した。テトの腕を引き、起き上がらせると、さっそく剣牙猪の解体を始めた。


初めて見る他国の羽人に興味を抱き、テトはしばらく解体作業を行うシズクを眺めていた。シズクは見事な手際で剣牙猪を解体していく。


シズクの羽はテトたち神聖ヤムリル帝国の羽人と同じだ。細長い四枚の薄羽。しかし、髪の色と瞳の色は違う。漆黒の髪に、燃えるような紅い瞳。


「何をそんなに見てやがるんだ? そんなにワタシが珍しいかい?」


シズクが立ち上がりながら、言った。


「気に障ったなら謝るよ。なにせ、他国の羽人を見るのは初めてで」


じろじろと見られては不快だろう。テトは素直に非礼を詫びた。


「ふん。それはワタシもだよ。思えば、遠くまで来たものだ」


シズクは感慨深そうに言うと、一番美味い、脂ののった腹肉を塊で切り出した。そして、テトの前に立つと、無遠慮な視線をテトに送り、観察する。

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