つながる命
洞穴の中に、人面鳥とテアの争う音がこだまする。
けたたましい人面鳥の鳴き声。
威嚇するようなテアの叫び。
人面鳥の爪とテアの槍がぶつかる鈍い音。
その中にテアの悲痛な声が混じり始めると、ルキアは思わず耳を塞いだ。溜まらず、洞穴の中で横になるテトに駆け寄り、その身を揺らす。
「テトっ! 起きなさいよっ! 寝ている場合じゃないのよっ! テアがっ! テアがっ!」
力の限りテトを揺らす。
しかし、妖精の鱗粉を吸い込み、深い眠りについたテトは健やかな寝息を立てたまま起きる気配を見せない。
「……離せっ! ……離せえっ!」
切迫したテアの声が洞穴に届く。
「もう、勘弁してよ……」
ルキアは涙を流しながら、強く耳を塞いだ。目をきつく瞑った。洞穴の中、外に背を向けて、ひたすらと丸く屈んで、時間がすぎるのをただただ待った
そして、無限につづくように思った時間が終わった。
耳を塞いでもなお届く、人面鳥のけたたましい鳴き声。
思わず顔を上げると、血だらけのテアが、洞穴の前に降りてきて、そして、そのまま崩れ落ちた。
ルキアは洞穴から這い出し、テアに駆け寄る。
抱き起したテアが荒い呼吸を繰り返した。
「……人面鳥の……片目をくりぬいてやったわ。懲りて、もうここには来ないでしょうね……」
テアの右手には折れた槍が握られていた。穂先が無い。人面鳥の目に刺さったままなのだろうか。
ルキアは血に濡れるテアの体に目を走らせた。
そして、沈痛な気持ちで目を閉じた。
テアは腹を大きく切り裂かれていた。
割けた傷は深く、内臓まで達していた。どくん、どくんと脈打ちながら、大量の血が腹部から外に噴き出る。
助からない、とルキアは思った。
「……せめて痛みだけでも、取り除いてあげる……」。
ルキアは羽を羽ばたかせ、鱗粉を舞わせる。光り輝く鱗粉がテアに降りかかる。
「ありがとう、ルキア。大分、楽になったわ」
テアが礼を言った。
テアは片手で腹部を触り、血に濡れた掌を眺めた。まるで、近づく死を確認するかのように。
「ルキア、お願いがあるの。私が死ぬ前に、精気を吸いだしてくれない?」
「はあ? なんのために? そんなことをしたら、あなたが死んでしまうわ」
「分かってる。私は助からない。お願い、精気を吸いだして……。そしてそれをテトに……。どうせ死ぬなら、この命の欠片だけでも、テトと一緒に……」
ルキアは首を振った。
そんなことをすれば、ルキアがテアの命を奪うことになる。
「お願い、ルキア。お願い……。はやく……。時間が残っていない……」
テアの切なる願いに、ルキアは覚悟を決めた。
テアに触れて、精気を吸いだす。
テアの身体から、か細い光が立ちのぼり、小さな小さな光の玉を作る。
そして、眠る様に、テアが息を引き取った。
ルキアは涙を流しながら、洞穴に戻った。
テアの命の光が、洞穴を暖かく照らす。
ルキアは、眠るテトに近寄ると、その光の玉をテトの顔に持っていった。
生々しい傷跡のある左目。
ルキアは傷に埋め込む様に、テトの中にそっと、テアの最後の命の欠片を沈めた。
世界樹の森に生きる羽人の人生は過酷だ。常に死と隣り合わせ。せっかく羽化を経て、成体になったとしても一人前の戦士になれる者は少ない。
テトたち若き羽人の兄妹。運悪く嵐に遭遇したサバイバル遠征では、半数以上のペアが未帰還となった。
その中、飛行が苦手なテトが帰還してきたことに、兄妹たちは驚き、喜んだ。
しかし、すぐにテアの姿がないことに気付き、動揺した。
帰還したテトは憔悴しきっていた。
うつろな表情でテアの名前と謝罪の言葉を繰り返すテト。
その様子に、兄妹たちはテアの死を悟った。