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ツナガル羽  作者: はれのひ
第二章 少年期
11/35

初めての狩り

三時間ほど探索を行ったが、獲物は見つからなかった。


休憩ははさんでいるが、二人に疲労が貯まってきていた。


実際のところ、二人の三時間に及ぶ探索中に、幾度か獲物とニアミスしている。


羽人の目は良い。


高速飛行中でも、獲物が起こす小さな草木の揺らぎも見落とさない。


しかし、それは鍛えられた注意力があってこそだ。


若い羽人二人は、獲物の痕跡をすべて見落としていた。


また、二人の探索飛行は稚拙だった。


角豚を見つけたら風下に回ればよい、と考え、風向きを考えずに探索を行っていた。


その結果、二人の臭いが風に乗り、警戒した角豚は即座に逃亡を行った。


「ちょっと、休憩しましょう」


そう言って、テアが眼下の草むらに降りた。ひとしきり大きく育った草々は、背丈五十センチ以上はあり、葉の上にテアが腰を下ろしても、少したわむ程度で折れはしなかった。


テアの横に、テトも腰を下ろした。


「なかなか見つからないものだね」


「兄さん、姉さんたちって、やっぱりすごいのね。もっと簡単だと思っていたわ」


年長者たちは、ひとりで日に最低一頭は獲物を狩ってくる。


その姿を見ていると、狩りとは簡単なものだと鷹を括っていたが、実際にやってみるとその難しさが身に染みる。


休憩は取っているとはいえ、早朝から今まで飛びっぱなしだ。


テトの腹の虫がぐうと鳴く。


「ご飯にしましょう。お腹が空いていたら、狩りなんてできないわ」


二人は腰ポーチから支給された携帯食を取り出した。


磨り潰した木の実を水でまとめただけの団子。夢中で、胃に流し込んだ。お世辞にも美味しいとは言えないが、とりあえず空腹は癒える。


若い二人は、ここでもまた一つミスを犯した。


不用意に地上に降り、無警戒に休憩をとった。


二人が降りた場所には、羽人の身長を大きく越える草木が茂っている。


上空を飛ぶならまだしも、地に降りては見通しがあまりに悪い。


二人の臭いに気付くのは、獲物だけではない。


羽人を獲物にする者たちも、二人の臭いを嗅ぎ取っていた。


先に気付いたのはテアだった。


かすかに大地を震え、眼前の草木が二つに割れていく。


何者かが、草木をかき分けながら、怒涛の勢いで迫ってきている。


「テト、飛んで!」


二人は即座に、羽を力強く震わせ、草から離陸した。


一瞬後、二人が座っていた草が巨大な影になぎ倒される。


巨大な影は、獲物を捕り逃し、咆哮を上げた。


剣牙猪(サーベルボア)だっ!」


テトは叫んだ。


巨大な影は、二本の巨大な牙をもつ剣牙猪だった。


角豚に似ているが、別の生物である。


体長は角豚の倍、一メートルにも及び、性格は獰猛で肉食を好む。動きも俊敏で、強靭な脚力を活かした突進の勢いはすさまじく、身体の軽い羽人が食らえばひとたまりもない。何より恐ろしいのはその牙だ。剣のように鋭く尖った牙は、羽人の身体など容易に切り裂く。


剣牙猪が、上空に浮かぶ二人に向かって再び咆哮をあげた。


その迫力にテトは身をすくませた。


「テア、どうする?」


テトの頭に逃亡の二文字が浮かぶ。しかし、テアは反対の意見だった。


「狩りましょう、テト! 大丈夫。角豚に比べると厄介だけど、そんなに難しい相手じゃないわ。兄さんや姉さんたちは、ひとりで狩ってくるんだもん」


テアが槍の穂先を剣牙猪に向けた。


その姿に、剣牙猪が威嚇の唸り声を上げる。


「前衛は私が! テトは後ろから援護してっ!」


「――わかったっ!」


一切の迷いも見せないテアに、テトは覚悟を決めた。


テアが剣牙猪に向かって飛翔する。


剣牙猪が短い助走から、降下してくるテアに向かって突進する。


「たああああああ!」


テアは迫りくる牙を、身を翻して躱し、剣牙猪の背上に回る。


通り過ぎていく剣牙猪の背に、槍を突き立てた。


剣牙猪が苦痛に悲鳴を上げて、後ろ足で立ち上がり、テアを振り落とそうとする。


テアは即座に槍を引き抜き、飛翔した。


立ち上がり無防備となった脇腹に一撃を見舞う。


首を回し、テアを攻撃しようとする剣牙猪。しかし、テアはすぐさま宙に上がり、その攻撃を避ける。


――すごいっ!


テトは、テアの戦いぶりに感嘆した。


刺しては離れる。


テアはお手本のようなヒットアンドアウェーをテアは繰り返した。


自分の回りを縦横無尽に飛び回るテアを追って、剣牙猪が牙を振るう。


しかし、風読の眼を持つテアは軽々と躱し、剣牙猪を槍で突いていく。


突かず離れずの絶妙な距離を保ち、スピーディーに攻撃を加え、確実に剣牙猪に傷をつけていく。


剣牙猪の注意はテアに集中していた。


――チャンスだっ!


テトは剣牙猪に向けて全力で飛翔した。テアとは違い、直線的な飛行。その分、スピードははるかに速い。自身の飛行が巻き起こす風圧に耐えながら、無我夢中で飛んだ。


一陣の突風と化して、飛行の勢いそのままに、テトは剣牙猪の背骨付近に突撃した。


ゴキリと鈍い感触が槍から伝わってくる。


テトの槍が剣牙猪の背骨を貫き、深々と突き刺さった。


「ゴアアアアアアア!」


剣牙猪が宙を見上げて、大きく叫ぶ。致命的な一撃に、剣牙猪の体躯がぐらりと傾いた。


「すごいわっ、テト! 今、とどめを刺すわ!」


テアが苦痛に苦しむ剣牙猪の顔を狙い飛翔する。駄目押しの一撃。顔面の急所、目を狙う。軽率な行動だった。経験豊かな戦士であれば、絶命間際の獲物を不用意に攻撃し、刺激することはない。


若い羽人の戦士は、初めての狩りに興奮していた。


テアの槍が剣牙猪の瞳を貫く。


そう思った瞬間、剣牙猪が必死に首を振った。


反り上がった剣牙猪の牙の腹がテアの体を横にから強く叩く。


「きゃあっ!」


悲鳴を上げるテアが、大きく吹き飛ばされる。空中で体勢を整えることもできず、テアの体が草むらの中に消えていった。


「テアっ!」


テアを追って、テトは剣牙猪の背から離れた。


抜いた槍の傷から、ごぼりと血がこぼれだし、剣牙猪の背中を汚す。


テトは地面すれすれを飛翔し、テアの元に翔け付け、墜落するような勢いで着地した。


勢い余って、テトはその身を地面に転がす。すぐに起き上がり、テトはテアの体に飛びついた。


意識はない。


テトはテアの胸に耳をあてた。とくん、とくんと心臓の音が聞こえる。


――よかった。生きてる。


運よく、牙の刃に当らなくて済んだようだ。テアの身体には目立った傷はない。


早くテアを安全な所へ。テトははやる気持ちで、テアを抱きかかえ、羽に力を込めた。


そこに狂ったように荒ぶる剣牙猪が迫ってきていた。


最期の力を振り絞り、二人に覆いかぶさるように突っ込んでくる。


「うああああ!」


剣牙猪の強靭で鋭利な牙がテトに向かって振り下ろされる。


テトは、テアを護る様に身を丸めながら、剣牙猪から逃れるように背面に向けて上昇した。


必死に、羽だけに力を込める。


飛翔するテトと突進する剣牙猪の影が交錯する。


左の牙の切っ先が、テトの顔を掠めた。鋭い痛みとともに、テトの左目の視界が消えた。痛みからテトは左目を閉じながら、上へ上へ飛んだ。


剣牙猪はそのまま頭から地面に突っ込んだ。そして、そのまま動かなくなった。


「……勝ったっ!」


テトは左目の痛みに耐えながら、上空で停まった。


眼下では、剣牙猪の体躯がゆっくりと横倒しに崩れる。


テトは槍を脇に挟み、空いた右手で腰ポーチから高回復薬を取り出した。幼い羽人が錬成した高回復薬。疲れ切った体に活力をみなぎらせ、どんな傷でも立ちどころに塞ぐ万能薬。


テトは、瓶のふたを肉切歯で噛み砕き、中身をあおる。


――お願い! テア、飲んで!


口いっぱいに高回復薬を含むと、口移しで高回復薬をテアの口内に流し込んでいく。


こくん、こくんとテアの喉が鳴った。


淡くテアの身体が発光する。そして、数秒後、テアが目を開けた。


テトは安堵の息を吐いた。


「テア、良かった……」


テトの顔に焦点が合った途端、テアが悲鳴を上げた。


左目から流れる鮮血で汚れるテトの顔。テアは瞬時に自分の失態と、そこからテトが救済してくれたことを悟った。


「テトっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」


「大丈夫。平気だよ……」


言ったそばから、テトの身体から力が抜けていった。左目の痛みに意識が遠のいていく。


テトの顔を濡らす鮮血は、止まることなく流れ続けていた。血を失い過ぎた。


ぐらりと傾くテトの体をテアは必死に抱きしめて、支えた。


「テト、しっかりしてっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」


左目から血を流すテトの胸で、テアは泣きながら何度も何度も謝った。

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