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ツナガル羽  作者: はれのひ
第二章 少年期
10/35

世界樹の森へ

どんなにテアを羨んでも、テトには風読の眼はない。


テトは不断の努力を続けた。


日進月歩。亀の歩み。


少しずつ、少しずつテトは腕を上げていった。


飛行訓練は、テトという落ちこぼれを出しながらも、順調に進んでいった。


そして二か月の訓練期間を終え、最終試験の時を迎えた。


ペアを組んでのサバイバル遠征。


早朝に帝国城を離れ、世界樹の森を飛び回り、一夜、野営したのち再び帝国城に帰還する。


それが最終試験の内容だった。


支給されるのは、腰ポーチに収まる一食分の食料と、幼い兄妹たちが錬成した高回復薬が一つ。後は、自らの手で獲物を狩るなり、世界樹の樹液場を見つけるなりして、食料を調達する。


試験の合否は、帝国城に生還できるか否か。


帝国城の中で守られてきた若い羽人にとって、帝国城から離れて遠征に繰り出すのは命がけの挑戦だ。


毎年、この試験では少なからずの未帰還者を出す。


経験が乏しい若い羽人は危機察知能力が未熟なため、外敵の接近に気付かず襲われてしまうことも多い。


しかし、危機察知能力はどんなに兄、姉たちが口頭で伝えても、実践が伴わなければ鍛えられない。


そう遠くない将来、一人前の戦士として、一人で世界樹の森を翔けていくためには、この試験は、とても重要だった。


出発の日、テトたち兄妹は発着場に集合した。


真新しい槍を誇らしげに掲げ、発着場に整列する。


テトたちは皮胸当の上に毛皮製の外套(マント)を着込んでいる。防寒のためだ。夜中でも暖かい帝国城とは違い、夜の世界樹の森は冷える。


発着場には世話役のサス以外にも、年長者の羽人の戦士たちの多くが発着場に見送りにきてくれていた。


世界樹の森へ羽ばたいていく弟たち、妹たちに惜しみないエールを送る。


事前にペアとなる兄妹は決めていた。


テトのペアは、テアだ。


このペア決めに際して、ひと悶着あった。


同い年の兄妹の中で、テアは群を抜いて飛翔に長けている。そのため、誰もがテアとペアを組みたがった。


「テア、俺とペアを組んでくれ」


テロもテアにペアを申し込んだ。


テロは同い年の兄妹の中で、テアに次ぎ飛翔がうまい。恵まれた体躯を活かし、槍を用いての攻撃に関してはテアを上回っていた。


誰しもがこれ以上のペアリングはない、と身を引いた。


しかし、テアはにこやかにテロの申し出を断った。


「ごめんね、テロ。私のペアは決まっているの。――テトよ」


これには、テトも含めて兄妹たち全員が驚いた。


一番飛行の上手いテアが、なぜ落ちこぼれのテトを選ぶのか。


みんなの気持ちを代弁するように、テロがテアに訊ねる。


「なぜテトなんだ? 俺とテアが組めば一番間違いなしなのに」


テロの質問に、テトも含めて全員が頷いた。


その中、テアだけがかぶりを振った。


「テロ、一番って何かしら? 私はあなたが勘違いをしているように思う。これが狩り勝負なら、あなたと私が組めば一番の成績をあげれるでしょうね。でも、この試験は狩り勝負じゃないわ」


テアは、同い年の兄妹の年長者として、兄妹たち全員に向かって言った。


「過酷な世界樹の森の中で一夜過ごして生還できるかどうか、これが試験の合否よ。だとしたら一番の成績って何かしら? ――それは、ここにいる兄妹全員、ひとりも欠けることなく生還することだわ。競うべき相手は私たち兄妹同士じゃない。過去の兄さん、姉さんたちの成績と競うのよ。そう考えれば、あなたと私、飛行が得意な二人がペアを組むのはもったいないと思わない?」


「なるほど……」


得心がいったと、テロは頷いた。


こうして、もっとも飛行が得意なテアと不得意なテトの凸凹ペアが結成された。


出発を前に、世話役のサスがテトたち若い羽人たちに最期の忠告を伝える。


「日が沈む前に野営地を決めるんだ。夜中は絶対に飛ばないこと。暗闇では昼間以上に敵を察知するのは難しい。必ず守るんだ。絶対に、みんな生きて帰ってくるんだ」


テトたちは頷くと、それぞれに発着場から離陸した。


「テト、準備は良い?」


テアの言葉に、テトは緊張気味の表情で頷いた。槍を持つ右手に、自然と力がこもる。


テトは慎重に羽に力を込めた。ゆっくりとテトの体が地面から離れる。


そのまま、ゆっくりと発着場から世界樹の森へ翔けだした。


舞うような軽やかさで、テアがテトの横に追いついてくる。その顔には緊張の色は微塵もない。


テアがテトに微笑む。


「さあ、行きましょう」


テアはテトの眼前でくるりと宙返りすると、先陣を切って世界樹の森を進んでいった。








テトとテアは、世界樹の森を東に向かって行った。


森の深部に向かう航路だ。


天を衝く世界樹の樹々の中を縫うように、二人は飛翔した。


森の深部に近づいていくほど、群生する世界樹の若木たちは歳を取り、太く大きくなっていく。


最深部、森の中央には母なる世界樹と言われる、大樹がそびえているらしい。


そう伝承されるが、羽人の中でその姿を見た者はいない。


羽人がたどり着ける距離ではないのだそうだ。


帝国城が居する世界樹。若木と言われるが、樹内に、数百の羽人を内包することができるのだ。小さき羽人にとっては自分たちの生活を支える世界そのものと思えるほど大きい。


二時間も飛行した先に居並ぶ樹々の幹の太さは、帝国の世界樹の倍以上の太さになっていた。


帝国城の世界樹が千年の若木と年長者たちは言うが、ここにそびえる樹々の樹齢はいかほどのものか。


テトは空を見上げた。


世界樹の樹々から生い茂る葉で、空は覆い隠されている。


葉の隙間から覗く空が、青い。


飛べども飛べども続く世界樹の森。いったいどれだけの広さなのか。多い茂る葉の天井を越えて飛翔すれば、その広大さを掴むことができるかもしれない。


しかし、それは兄たち、姉たちから固く禁じられている。


森を飛行するうえで、先人たちから受け継がれたルールがいくつかある。


その一つが、世界樹の葉を越えて高く飛んではいけない、だ。


葉が茂る世界樹の高枝には、飛竜(ワイバーン)人面鳥(ハーピー)が巣を作っていることが多い。


飛竜と人面鳥は、世界樹の空に君臨する猛獣であり、羽人の天敵だ。


高く飛び過ぎた故、飛竜、人面鳥のテリトリーを侵してしまい屠られた兄妹の数は決して少なくない。


「少し休憩しましょう」


テアが、地上に流れる小川を見つけた。


「先に様子を見てくるから、テトはゆっくり降りてきて」


テアは軽やかに降下していく。


テトは慎重に羽の力を調整して、ゆっくりと降下を始めた。テアに比べれば緩慢な動作だが、初飛行の時に比べれば大した成長ぶりだ。


眼下では、テトが水面付近を哨戒飛行を行っている。


充分に安全だと判断したのだろう。テアが川面にある大きな岩の上に降り、テアがこちらに向かって手を振る。


テトは、慎重に岩の上に着地した。思わず、ふうと息を吐く。


「きれいね」


テアが小川を指さした。


「ほんとだ」


世界樹から零れる木漏れ日が水面に反射し、小川はきらきらと輝いていた。川のしぶきに冷やされた空気が、頬をなでる。


テトは川の音に耳を澄ませた。


「ずいぶん遠くまで飛んできたのかな」


帝国城付近に漂う空気とはまた別の空気。


湿り気を帯び、冷えた空気をテトは胸いっぱいに吸い込んだ。


「ちょっとドキドキするね」


テアが茶目っ気たっぷりに笑った。


テトも笑顔を返した。


不意に、テアが飛翔し水面に近づく。両手で水を掬い、口に運んだ。


「つっめたーい! おいしーい!」


無邪気にはしゃぐテア。


テアはもう一度水を掬うと、テトの元に戻ってきた。その美しい銀髪が、水しぶきで濡れ、額にくっついている。


「はい、テトの分」


どうぞと、水を掬った両手を差し出してくる。


テトはテアの気遣いを察した。


空中で小川から水を掬うには、水面付近までの降下と適度な高度を保つホバリングが必要である。すこしでも誤ると、川に墜落する。水面上では川の流れによる気流の乱れを乗りこなさなければならない。また、とめどなく上がるしぶきにも耐えなければならない。水しぶきは、気流よりはるかに重く、簡単に身体を揺さぶってくるはずだ。


テアは軽くやってみせたが、難易度が高い。


「ありがとう。でも、自分でやるよ。これくらいできるようにならなくちゃね」


「そっか。――そうだね。それがいいね」


テトは慎重に飛翔を開始した。


「頑張ってね」


テトの言葉を背中に受けながら、テトはゆっくりと水面に近づく。


岩の上から見る小川と、水面付近で見る小川は別ものだった。きれいだと思った水しぶきが、容赦なくテトの体を濡らす。


上流から下流へ。川の流れに従って流れてゆく気流に、テトの身体がぐらつく。


絶え間なくあがる水しぶきが、テトの身体を打ち据える。


しぶきが目に入り、テトは思わず目を瞑った。その拍子に、うっかり右脚が川面に触れる。テトは慌てて右脚を引き上げた。


途端に身体が前のめりにぐるんと回り、頭から小川に突っ込みそうになる。


テトは必死に高度を保ち、その場でホバリングした。


逆立ちするような恰好で、両手を川に着ける。


――冷たい。


びっくりした。冷えた水の感触。テトはその感触に感動を覚えた。


逆立ちしたまま、両手で水を掬い、飲み干す。


「なにこれ! すっごく冷たいよっ! こんな水、今まで飲んだことがないっ!」


「でしょう?」


いつも口にするのは、年長者たちが川から汲んできてものを帝国城内で保管した水だ。充分に美味しく飲んでいたが、汲みたての水がこんなにも冷えて美味しいとは知らなかった。


「水汲み当番の兄さんや姉さんが、こんな味を独り占めしてたと思うと腹立たしいわよね」


口を尖らして言うテアに、幼い日の憧憬が重なった。最近はすっかり大人の羽人としての振る舞いが身についたテア。懐かしい無邪気さが垣間見れて、テトは嬉しくなった。


「僕、この試験が終わったら、率先して水汲みに行こうかな」


「あー、ずるいわよ、テト。私も行きたいわ」


岩の上で、テアがふくれっ面をする。


その顔を見て、テアは声を上げて笑った。








二人で話し合い、この小川を拠点にすることに決めた。


もっと森の奥に行ってみたい気持ちもあったが、あまり帝国城から離れすぎるのは危険だ。


体力がある往路と違い、疲れた体で戻らなければならない復路はきついものとなるだろう。


この位置であれば、復路も問題なく踏破できると二人は判断した。小川も近いため、水の補給にも困らない。


二人は小川周辺で野営に適した場所を探索した。


ほどなくして小川から少し離れた大きな藪の中に、岩が折り重なってできた洞穴を見つける。


「他の生き物が住んでいないかしら?」


警戒しつつ身を屈めて、中を覗き込む。


何もおらず、二人は安堵のため息を漏らす。


洞穴は小さかった。


身を屈めていないと頭を打つくらいに天井が低い。しかし、横幅は広く二人が寝泊まりすることは十分にできそうだ。


野営地には最適な場所だと、テトは思った。


洞穴の中であれば、もし天候が崩れても雨風も防げる。なにより洞穴を作る大岩を覆う藪は、優に羽人の身長を越えるほど高く、空からの外敵の目を遮ってくれる。地を這う外敵も好き好んで藪の中を行進したりしないだろう。


「決まりね」


テアも同じ結論に至ったらしく、二人の意見は一致した。


野営地が決まったので、次は狩りだ。携行食はあるが、それだけでは次の日まで空腹に耐えなければならない。それに、狩猟生活を送る羽人にとって、獲物を狩る力を養うのは必要不可欠だ。近い将来、戦士として狩りを生業とするのだ。この試験の段階で挑戦するのは、通例だった。


「さて、何を狙いましょうか」


テアがテトに訊ねる。


「手堅く角豚(ホーン・ピッグ)が良いと思う」


テトの回答に満足そうにテアが頷いた。


幾多の命を育む世界樹の森において、羽人たちが主たる獲物としているのが角豚である。額に三本の角をはやした体長五○センチ程度の小柄な豚だ。雑食性だが、主に草や木の実を食し、性格は攻撃的ではない。動きは鈍重で、目もよくない。額から生えた三本の角にさえ気をつければ、組み易い相手だ。


ただ、嗅覚だけは鋭いので注意が必要だ。気を付けなければ羽人の臭いを嗅ぎ取り、遠く離れた位置でも接近を察知する。しかし、それもきちんと風下に回り込めば済む話だ。狩るのはそう難しくない。


狩り初体験の若き羽人がターゲットとするには、最適な獲物と言えた。これは生還することが肝の試験だ。背伸びをして大物を狙う必要はない。


「じゃあ、手分けして角豚を探しましょうか。一時間ほど探して見つからない場合は、ここで落ち合いましょう」


洞穴の中でテアが腰を上げた。


テトは、テアの意見に異を唱えた。


「いや、別れるのは駄目だ。一緒に探そう」


「あら、テト? 私と別れてひとりで捜すのは怖い?」


テアがテトを試すような目を向けてくる。


「――怖いわけじゃないよ。……いや、違うか。……ごめん。ほんとは怖いんだ」


テトはテアに向かって言った。


テアはテトの言葉の続きを待つ。


「分かれて探すほうが効率的だと思うけど、その分危険が増すと思うんだ。片方に何かあっても、一緒にいたら助けてあげることができる。別々に行動すると、何かあってもすぐに助けることができない。そう考えると、別々に行動することが、すごく怖いんだ」


「――うん。テト、あなたは冷静ね。それがいいと思うわ。とても頼もしい。あなたがペアでとても心強いわ」


テアは、テトの言葉に満足そうに微笑んだ。手を引っ張り、テトを立ち上がらせる。


「さあ、狩りに行きましょう。今日は二人で初狩りのお祝いよっ!」

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