信頼の理由
「俺を簡単に信じるのは、どうかと思うぜ、ルミナ」
そう、罪兎さんは言った。
「……それは、どういう意味?」
「こういうこと―――――」
罪兎さんが言葉を紡ぐ途中、僕の視界は反転した。それと同時に背中に鈍痛がはしる。どうやら、罪兎さんに投げ飛ばされたようだ。
「っ痛……!!!」
痛みに顔をしかめていると、両腕を後ろ手に拘束され、首筋にはひんやりとした何かが当たる。恐る恐る見てみると、それは紛うことなき刃物だった。
「俺は、“犯罪者”だ。いつ、お前たちを手にかけるか分からないだろ?」
僕の位置から、罪兎さんの表情は見えない。感情を押し殺した声で、そう彼は言った。
「罪兎さんが“犯罪者”なら、今の時点で僕は死んでなきゃおかしいでしょ」
「……何だって?」
僕の言葉が意外だったのか、罪兎さんは聞き返してくる。
「普通の犯罪者なら、油断した僕をすぐさまズバッと殺っちゃってるっての。それを躊躇してるような罪兎さんは、僕を殺せないよ。勿論、あそこの2人もね」
「……躊躇なんかしていない!!」
罪兎さんは僕を蹴り飛ばして、仰向けになった僕の上にまたがり、思い切りナイフを振り下ろす。しかし―――
「ほらね、殺せないでしょ?」
そのナイフは、床に刺さっていた。
最初から、罪兎さんは僕たちを殺す気なんて無いのだから。
「……何で、言いきれるんだ」
ポツリと罪兎さんは言葉を零す。その答えが安易すぎて、呆れ顔で僕は言った。
「決まってるでしょ。僕が罪兎さんを選んだから」
「……は?」
罪兎さんは目を見開いている。その肩は微かに震えているように見えた。
「僕が、罪兎さんを信頼出来ると思って、護衛として選んだの。だから、あなたは僕を殺せない」
「……馬鹿だろ、お前…」
消え入るような声で言葉を零す。すると、僕の肩にポツリと何かが落ちた。
罪兎さんを見上げると、彼は顔を片手で覆って泣いていた。
「――――僕が罪兎さんを選んだから」
そう、ルミナは言った。思いがけない言葉だった。
「僕が、罪兎さんを信頼出来ると思って、護衛として選んだの。だから、あなたは僕を殺せない」
こいつは、身勝手だ。勝手に信用して、勝手に選んでおいて、俺のことを解っているかのように話す。
そんなところが、あいつにそっくりだった。
「……馬鹿だろ、お前…」
そう、言葉にしながらも、信頼されている事が嬉しくて――……。
ルミナの信頼が、痛くて―……。
自然と、涙が溢れた。
「罪兎さん、泣き虫~」
そんなからかう言葉も、今の俺には心地よい、安らげる言葉だった。