正体
「……罪兎さんは、あいつらと同じ‘犯罪者’――?」
胸に穴があいたみたいに、ココロが闇色に染まっていくのがわかった。
自然と拳を握りしめる。
「まあ、俺のリストに載ってれば十中八九そうだろうな」
「凶悪犯罪者しか載ってないでしょ、そのリストには」
「“罪斬り”と関係してるんだ。載ってない方が不思議だろ」
罪兎さんを信じたい僕に、アルバートは容赦なく事実を突きつける。それに胸を痛めている間に、彼は分厚い紙の束を出して驚異のスピードでめくり始める。
「……嘘だよね、罪兎さん。犯罪者だなんて」
安らかな寝息を立てている彼の美形顔を見ながら、首筋に手をやる。それは癖だった。現実から目をそらそうとする、弱い僕のココロを現しているように……。
「……おい、嘘だろ?」
ポツリとアルバートが言葉を零す。リストをめくっていた手はいつの間にか止まっていた。
「どうしたの、アル―――」
「和泉―いずみ―」
部屋全体が凍ったように感じられる。時が止まったような感覚―――。
「俺は、知らない……、はずだ!!和泉しか、……知ら、ないっ…」
アルバートの手からリストは滑り落ち、彼はその場に頭を抱えて崩れ落ちる。
「誰だよ、お前……知らない、分からない…、和泉っ……!!」
「しっかりして!アルバート、落ち着いてよ!!」
彼は首を何度も横にふり、苦しそうに顔を歪めている。
「私がなんとかしてみます」
「月夜ちゃん、お願い!」
アルバートを彼女に預ける。元‘姫巫女’の彼女なら、なんとでもできるはずだ。
「問題は、アルバートの持ってた‘リスト’の内容」
リストを拾い上げ、開かれていたであろうページを探す。
「……えっと、和泉っていう名前?かな…。あと罪兎さんの名前……が載ってるやつは――あ、これかな」
そのページには罪兎さんと和泉という女性の名前と一枚の写真が入っていた。
「この写真って、罪兎さんと若いけどアルバート……、この人が和泉さんかな……?」
挟まっていた写真には3人が写っていた。罪兎さんとアルバート、そして見知らぬ女性。多分、この女性が和泉という人なのだろう。
「でも、何で罪兎さんとアルバートが一緒に写ってるの?アルバートは罪兎さんと初対面なはずなのに……」
物思いにふけっていたその時、月夜ちゃんの声がかすかに聞こえた。だが、その時には後頭部に鈍痛がはしり、その場に倒れる。
「っ……!! 」
「いい隠れ家持ってんじゃねぇか。ボスの手土産にしようぜ、ヒヒッ」
いきなり現れた男達は、荒らしに来た盗賊団のようだった。彼らは僕を素通りして月夜ちゃんの方へぞろぞろと近寄っていく。
「……月夜、ちゃん……!!!」
体がいうことを聞かない。ただ眺めていることしか、僕にはできなかった。
――また、僕は何も出来ない……
男達が武器を振り上げる。
――誰かっ!!!!!!!――
ココロで強く叫んだ。
「な、なんだこれは!!!」
けたたましい金属音とともに、男達の動揺した声が次々とあがる。月夜ちゃんたちの方をよく見ると、彼女達の周りには透明な壁が構成されていた。どうやら、それで男達の武器が折れたらしい。
「あれって、結界……?」
「俺の家に勝手にズカズカ入ってくんなよ、虫けらが」
ベッドの方で声がする。でも、その声は信じられないほど低くて、ドスの効いた冷たい声だった。
「……え」
振り返ると、ベッドには無表情な罪兎さんがこちら側を睨んでいた。その見たことのない表情に背筋が凍る。
「……そいつらに手ぇ出したんだ。全員後悔してもらおうか」
その言葉にその場の全員が息を呑む。殺気がビシビシと伝わってくる。
「ルミナ」
「え、はいっ!!」
「そこから動くなよ」
「……しょうがないから聞いてあげます」
「素直に返事ができないのかお前……」
罪兎さんはうんざりしながら前髪をかきあげる。
「ふざけんなよ!!テメェなんかボコボコにしてやる!!!」
5、6人が一斉に罪兎さんに襲いかかる。手には刀などの武器が握られている。何も持っていない罪兎さんが圧倒的に不利だ。
「死ね!!!!!!!」
「1つ、覚えとけ」
その瞬間、男達の動きがピタッと止まる。
「自分の犯した罪は、いつか必ず自分に返ってくるってな」
罪兎さんが指を鳴らすと、男達は何かに縛られている様に悶え始める。
「天音罪兎、俺の顔と名前忘れんなよ」
さらに罪兎さんが指を鳴らすと、男達は一塊の団子状になる。その塊を罪兎さんは軽々と片手で持ち上げ、家の外に放り投げる。男達の絶叫が聞こえなくなると、罪兎さんはドアを閉めた。
「……な、何したの罪兎さん」
「糸に絡めてひとまとめにした」
「意味がわからなんだけど」
状況がつかめないまま、一歩踏み出すと――――
「うわっ!!!!!!!」
なにかに足を絡め取られ体が逆さ吊りになってしまった。
「な、なんだよこれ!?」
「だから言っただろ、そこ動くなよって」
「あれ、そういう意味だったの!?」
「そこら辺コイツらでいっぱいだから、動くなよ(笑」
「(笑)じゃないですよ~、早く下ろして下さい!!!」
「仕方ないな……。小夜、離してやれ」
すると、僕の足に絡まっていい糸のようなものがするっとと解け、そのまま頭から床に激突してしまった。
「……もっと何か方法なかったんですか?」
「小夜に言えよ」
「誰ですか……?」
「ルミナの足に絡まってた糸」
「…………は?」
よく見ると、罪兎さんのまわりには不思議な光を帯びた糸が浮遊している。
「何それ……」
「俺の能力だよ」
そう、罪兎さんはサラッと言う。
あれか、超能力とかいうやつか。美形で強くて超能力者とか、最強すぎでしょ。なんか、イライラとしてきた。
そんなことを考えていると、先程までうずくまっていたアルバートが罪兎さんの胸ぐらを掴む。
「お前は、誰だ?」
未だ苦しそうに顔を歪めているアルバート。そんなアルバートの顔を見て、罪兎さんは俯く。
「……ごめん、アル」
「俺が聞きたいのは、お前の正体だ!!!俺を知ってんだろ!!!でも、俺はお前を知らない!!……はず、なんだ」
「……ごめん」
尚も罪兎さんは謝る。それしか方法がないとでもいうように。
そんな2人を見ていたら、何か馬鹿馬鹿しくなってきて、僕はストンと言葉を落とす。
「罪兎さんが誰かなんて、どうでもいいじゃない」
この言葉にアルバートと罪兎さんは僕の方へ顔を向ける。
「何だって?」
「罪兎さんは、罪兎さんでしょ。アルバートはアルバート。それでいいじゃない。罪兎さんがもし“あいつら”みたいな犯罪者でも、僕達を助けてくれたんだ。信じればいいんだよ、美形で極強な天音罪兎だって」
この言葉にアルバートは苦笑しながらその場にへたれこむ。
「……あー、わかった。そうするよ、それがいいわ!」
「天音さんは天音さんですもの」
月夜ちゃんも笑いながら僕の意見に賛成してくれる。でも、罪兎さんは違った。
「俺を簡単に信じるのは、どうかと思うぜ、ルミナ」