訪問者
まるで少女のような少年。細い手足、大きな瞳、低めの背。どこからどう見ても、かっこいいと言うより可愛いが似合う少年―ルミナ・カーダ―は、自分の事をこう思っていた。
「僕よりイケメンとか…、ムカツク」
そう“イケメン”だと。そして、彼に自分よりイケメンと言われているのは、ベッドで安らかな寝息をたてている青年―天音罪兎―である。彼もまたルミナのように細めの体つきで、男にしては瞳もやや大きい。だが、ルミナとは決定的に違う所があった。それは、見た目とは裏腹に恐ろしく“強い”というところである。
そんな彼の寝顔をマジマジと見ていたルミナは、ふと言葉を落とす。
「……超美形、ナルシなのに。ムカツクんで~踏んじゃおっかな~(笑)」
そう言って、彼はベッドよりも高めの椅子の上に跳び乗り、右足を振り上げて思い切り彼の顔を標準にして踏み潰した。いや、踏み潰そうとしたのだが、いつの間にか起きていた、天音罪兎の右手でガッチリとルミナの右足は捕まれていた。
「……何してんだ、ルミナ?」
「寝顔が美形すぎてムカついたので、踏んじゃおうと思っただけです~。ただのちょっとした好奇心なんです~、お願いですから…そんなに睨まないで下さいよ~」
「お前がこの右足の力を抜いてくれたら、やめてやるよ!!」
「ナルシさんの超美形顔を踏み潰すまで、力抜きたくないです~」
「ナルシじゃねぇし、お前、こんな脚力で俺の顔踏めると思ってんのか?」
「バカにしないで下さいよ~。ナル兎さんの細腕ぐらい僕の全体重で押し退けれ――…………?あれ?」
確実に全体重をナル兎さんの右腕にかけているのだが、全く、一ミリも動かない。どんなに力をいれてもピクリともしない。
(この人どんだけバカ力なんだ!!!!!)
冷や汗をかきながら必死で踏みつけていると、彼は言った。
「俺の名前(罪兎)とナルシストをプラスして略して呼ぶな!!ナルシじゃねぇって言ってるだろ!!」
(え、今更その事にふれる?)
「何でですか。僕の常識では、僕よりもイケメンな奴は皆ナルシストなんですから、ナル兎さんもナルシストですよ~」
といいながらどや顔を見せつけると、彼は深々と項垂れながらため息をつき、諦めたように懇願した。
「……わかった、ナルシストだとかはもうお前の好きに言えばいい。だから、せめて名前ぐらいは普通に読んでくれ………」
そんな消沈した顔さえも美形すぎて同じ男でも思わず目を見張った。
(こんな美形顔、見れるなら名前ぐらい……)
自然と顔が綻び、ニヤニヤしているとその顔が間に障ったのか、キレ気味に彼は口許をワナワナさせながら怒鳴った。
「いい加減この足を引っ込めろよ、ルミナ?じゃないとこの足握り潰すぜ!?」
「じゃあ、顔踏み潰させてください~」
「やっと見つけたぜ、鎌月夜叉!お前の持ってる情報洗いざらいはいてもらおう――…」
「煩いな!!今取り込み中なんだよ、消えろ雑魚」
不法侵入してきたルミナ(おそらくはルミナの持ってる情報)狙いの若い女は、罪兎のいい放った言葉に絶句したまま動かない。一方、ルミナは不法侵入者の女の顔を目を細めて確かめている。
「あ――……?月夜ちゃん?」
「誰だよ、知り合いかよ!!」
ルミナが足の力を抜いた一瞬の隙をついて、ルミナを押し返す。すると、それでバランスを崩したルミナは椅子ごと後ろに派手な音をたてながら落ちる。それでなにかしら文句を言っているルミナを無視して、ドアの前で立ち尽くしている女に声をかける。
「おい、そこの小動物」
「へっ!?わ、わたし…?」
「月夜、だっけか。別に外の奴らみたいな犯罪常習犯じゃないんだろ?なら、さっさとこっちに来て用件を言え」
彼女は驚きながらも、渋々としながら、ベッドの方へ歩を進めた。ベッドの前に来ると、俺の顔をじっと見つめていくるのでそのまま見つめ返した。すると、いきなりパッと目をそらしてしまった。
「?どうした、月夜ちゃん」
「ちゃん付けで呼ばないで下さい!そのままでいいですから!!」
彼女は顔を真っ赤にしながら先程とはうって変わって、丁寧な口調で懇願する。
「?まあ、別にかまわないが…」
「バカですね、罪兎さん。月夜ちゃんは照れてるんですよ。ムカツクことに罪兎さんものスッゴい美形、絶世の美男子ですから」
「お前、俺をけなしたいの?誉めてんの?どっち?」
「前者ですけど?それより~」
ルミナの即答にワナワナしている罪兎のことを無視して、ルミナは月夜に抱きつく。
「ひっさしぶり~!月夜ちゃ~ん、会いたかったよぉ~!」
「ちょ、夜叉!」
「そっちじゃなくていいよぉ~。この超美形さんは僕の護衛だからぁ~。月夜ちゃんから会いに来てくれるなんて、僕嬉しい!!」
「うっ、だって!!いきなりどっか行くから!」
「お取り込み中悪いんだけど」
なんとか怒りを静めた罪兎が根本的な疑問点を口にする。
「ルミナ、そいつ何なの」
それにルミナは平然と衝撃的な事実を口走った。
「あれ~?言ってなかったっけ。月夜ちゃんは僕の婚約者、許嫁だよぉ~」