己の罪
――貴方の罪、斬ってあげる――
罪を斬られたあの日から、俺の人生は狂い始めたんだ…。
殺人、誘拐、窃盗、器物破損…。これら犯罪を犯せば“罪”となる――――――。
犯罪者を捕まえるのは、警察――――。
犯罪者を裁くのは、裁判官―――――。
しかし、犯罪が日常と化した現在ではそんなもの、存在などしていない。在るのはただひとつ―――。
“罪”を斬り捨て、犯罪者に罰を与える‘罪斬り’だけであった―――。
××××年××月××日。今日も俺は、地獄のなかにいる。
「平和主義なんて、お笑い草だ…」
どこを見ても、どこにいても、犯罪しか起こらない。一昔前の〈平和〉なんて考え、いまや無に等しい。
「死んだ方が、ましなのかもな」
誰に言うでもなく、意味のない言葉を呟く。しかし、それは失敗だった。
「なら、死んでみるか?」
大男が、俺の後ろに大鎌をもって佇んでいた。そいつを見上げながらか苦笑する。
「はあ…。今日は厄日だな」
笑った事がかんにさわったのか、大男は目にもとまらぬ動きで、大鎌を横になぎはらう。
「真っ二つだあぁぁ~」
「誰がだよ?」
「!?」
俺が攻撃をかわしたのがそんなに意外だったのか、大男は目を見開いて、驚いている。そんな男を見据えながら、髪をかきあげる。
「あんた、俺を誰だか知らねぇのか」
大男は俺の顔を再度認識すると、顔をみるみる青くして、その場にへたれこんだ。
「お、おおおお前はぁ!!!!!」
恐怖にブルブル震えている大男の顔面を連続で蹴りまくり、足を相手の顔面にめり込ませたままもう片方の足で相手の手を踏み潰す。それに大男は叫び声をあげる。それを聞きおわってから、足を顔面から外し、しゃがみこんで何とか意識を保っている男の目線に合わすと名を名乗った。
「俺は天音罪兎―あまねざいと―。罪斬りに嫌われた犯罪者」
この世界は“罪”を犯せば、罪斬りに罪を斬り捨てられ、罰が与えられる。だが、俺は数え切れないほど罪を犯してきたはずなのに、罪斬りに裁かれていない。この世界じゃ、知らぬ奴は誰もいないほど名の知れた犯罪者だ。今では、〈罪斬りに嫌われた犯罪者〉とまで言われている。
「ゆ、許してくれぇ!!!!!」
男が懇願する。誰だって死にたくないってことか。だが、こいつだってそんなやつらをたくさん殺してきたんだ。許してやる義理なんか、俺にはない。
「悪いが、俺は心が広くないんでね。俺に手を出したこと、後悔しながら死ねよ」
男の大鎌を首におく。
「地獄で幸せにな」
目を閉じてそのまま大鎌を横に引く。それで男の命の灯火は完全に消え去った。
「悪いな………」
『罪を、犯したわね…』
「!?」
耳元で女の愛らしい声が聞こえた。だが、何処にも女らしき影は見当たらなかった。
「……?」
気のせいだと思って、俺はその場から立ち去った。
『……後で、また会いましょう。――天音罪兎』
「ただいま…」
勿論、返答などない。だが、こんな些細な言葉さえも言えなくなったら、何かが終わる気がして、毎日欠かさず意味のない言葉を紡ぐ。
「……今日も、収穫なしか」
ため息をつきながら、ベッドに身を投げる。
「そう言えば、あの声はなんだったんだ…」
男を殺したあとに聞こえた女の声。あのときは空耳だと思ったが、それにしては声がリアルすぎた気がする。
「女なんて、こんな世界じゃ生存してる方が珍しいだろ…。俺の勘違い―――」
自分の意見を却下しながら、それを忘れようとしたとき――――――――。
―――――――――ガチャン
「!?」
玄関のドアの開く音に反応して、ベッドから起き上がり、すぐさま身構えた。しかし、ドアのところには誰もいなかった。
「……風か?」
『罪を、犯したわね…』
「!!!!!」
聞こえた声の方に振り向くと、髪が長く、真っ白なワンピースを着たひどく綺麗な女が佇んでいた。
距離を取ろうと思い、足に力を入れるが、俺の体は金縛りに合ったようにピクリとも動かなかった。
女は俺の顔に両手を添え、顔をあげさせると儚げに微笑んだ。
『貴方が、天音罪兎ね。貴方の罪、斬ってあげる』
「やっと、来たのかよ?」
『どういう意味?』
女は不思議そうに首をかしげる。
「遅かったな、俺はずっとあんたを待ってたんだ。罪を犯し続けても、あんたは俺を裁きに来てはくれなかった」
女はさらに笑みをこくして言葉を紡ぐ。
『貴方は今日まで一度も、罪なんて犯していない』
「!?」
俺は女の返答に目を見開いて、驚愕する。
『貴方は今日初めて、罪を犯した』
「あの大男を、殺したことか?」
女は首を横に振り、一層顔を近づけた。
『貴方の罪は、それじゃない。裁かれた後に、ゆっくり考えると良いわ……』
「それはどういう――」
―――――――ドクン
「ガァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
いきなりからだ全体に痛みが走る。その様子を女は楽しそうに笑って見ている。
「なっ、んだよっ…!?」
『その痛みは、罪を犯した者への裁き。そしてこれが――』
女は右手を横に構えると、そのまま俺の上半身を斬り捨てるように頭上から右手を振り下ろした。
『罪を犯した者への、罰――』
右手で斬り捨てられた所に刺青のような模様がいくつも浮かび上がる。それは熱をもっているようで、上半身が焼かれるような衝撃がはしる。その影響か、意識が急に遠のいた。
『目が覚めれば、貴方はもう、存在しない者となる。さようなら、天音罪兎』
「あんたにまた会える日を、楽しみにしてる…」
俺の紡いだ言葉に驚いている女の顔が、俺の見た最後の映像だった。
天音罪兎が気を失ったあと、罪斬りは悲しげに目を伏せて呟いた。
『……もう二度と、貴方と会うことは無いわ。さようなら、罪兎』
罪斬りはその場から立ち去った。一言を残して――――。
――――私の、大切なひと。